俺勇者、39歳。
綾部 響
ソロの勇者
初夏の空
そびえる城は
魔王城
見上げる度に
つく吐息かな
By 俺
―――思わず一句歌っちまった……。
いつ見てもこの城は、天高く突き抜ける様な威容と存在感をアピールしているな。
地上十数階、地下数階から成るこんな巨城を、人間界で目にする事はまず無い。
そして俺も、正確にこの城の構造を把握している訳じゃない。
最上階には当然行った事は無いし、地下も必要最低限しか探索しなかった。
ひょっとしたらもっと地下があるかもしれないが、今となってはどうでも良い事だ。
ただそれらだけを捉えてみても、この城が如何に建造物として優れているのか良く分かる話だ。
人間界の技術を遥かに凌駕した建築様式。
人間界にこれ程高く、そして美しい建物はどこにも存在していなかった筈だ。
世界一美しいと謳われていた「白鳳城」でも、これ程の優美さは持ち合わせていないだろう。
勿論、城内に仕掛けられている罠も (罠と言う事自体が残念だが)、魔族の持てる技術をふんだんに使用しており、
高くそびえ立つ天守の先には、雲一つなく抜ける様に青い空が続いている。
頬を撫でる風は心地良く、近付く夏を待ちきれない青葉達の香りも一緒に運んで来る。
こんな日は木陰で寝転び、気の済むまで昼寝としゃれ込むのが最高の贅沢なんだが、今の俺にそうする事は許されない。
何故なら俺は勇者であり、ここは魔界の最深部。
そして目の前には、最終目的地とも言える魔王城がある。
勇者として、この状況で昼寝など有り得ない事だ。……本来ならばな。
最深部……と言っても、魔界に降り立った所から最も遠いと言う意味だ。
人間界の住人はその大半が“魔界はおどろおどろしく瘴気に溢れ、複雑怪奇な
―――サンサンと降り注ぐ太陽……。
―――広く澄んだ青い空……。
―――広大で自然豊かな大地……。
―――雄大で豊かな水を湛える大河……。
なんら人間界と変わる所など無いのだ。
そもそもが人間族と魔族に大きな違いなんて無い。
そりゃー確かに、外見上の違いはある。肌の色や頭から伸びる角、鋭い爪に牙、有翼種なんてのも存在するし、長躯族に至っては身長が5m前後の者ばかりだ。
だが人間族と同じ様に言葉を話すし、村や町等のコミュニティを形成して、魔王を頂点とした社会を形成している。
同じなんだ、人間族と。
“魔界には恐ろしい魔物が蔓延っている”なんていう人もいるし、勿論それも間違いじゃ無い。
美しい草原にも、広大な空にだって、新緑芽吹く森林にすら、人間界では到底お目に掛かれない程強力なモンスターがウジャウジャ生息している。
しかしこれは、結論から言えば環境に依るものなのだ。
濃密な「魔気」を大気に有するこの魔界では、そこに住む人々……所謂魔族は勿論、魔獣からなるモンスターも強大な魔力を有している。
それにより、どの様な存在でも強力な魔法を使う事が出来る様になり、生き残る為には強くなるしか仕方が無い状況に置かれるんだ。
どこの世界も生存競争は行われ、それに打ち勝つ為にあらゆる進化が取り入れられ、結局個体での強さが、人間と比べ物にならない程になってしまったと言うだけなんだ。
俺は意を決して (観念して)、魔王城内へと続く正面の大扉を開けた。
と言っても、もうそんなに大げさな決意も、踏ん切りさえ必要ないんだけどな。何度も来てるんだし。
ここに来たのは都合えーっと……今日で七回目だ。
流石に七回も魔王城を行ったり来たりしていれば、当然中の構造やトラップなんかの位置も把握している。
先に進むルートは確り覚えてるし、どちらかと言うと前回まで攻略している場所へ戻る手間が面倒臭いくらいだ。
一気に飛べないかな……ほんと。
何度もここを訪れて面倒な攻略を繰り返す理由は、当然魔王討伐が目的だからだ。
地上に君臨していた、“魔王”を名乗る“尖兵”はとっくに倒している。
それと同時に人間界に設置されていた、魔界から魔族を送り込む為に開通された“異界洞”も、その殆どを封印済みだ。
これで少なくとも、その異界洞を使った魔族の侵攻は今後数百年無理だろう。
勿論、新たな異界洞を作って再侵攻して来る事も考えられる。
だから俺はここに居るんだ。
人間界侵攻を画策した“真の魔王”は、当然魔界で君臨している。
魔王が再び異界洞を開け、人間界侵攻を指揮する前に、俺は魔王を倒さなければならない。
それが魔族にとって良い事かどうかは分からん。
そもそも考える事はあまり得意じゃないしな。
だから俺は俺の出来る事をすると決めていた。
それが魔王を倒す事だ。俺のこの力は、勇者の力はそれを成す事が出来る様に与えられたものなんだから。
俺が魔王城へと足を踏み入れたと同時に、凄まじいまでの魔気を含んだ空気がピリピリと肌を震わせる。
この感覚は何度来ても慣れそうにないな。
この先には複雑に入り組んだ通路が迷路の様に形成されており、招かれざる客である俺を翻弄する。
……はずなんだが、流石に七回もここに通えば、正しいルートなんか身に付いて覚えてしまった。
何も考えず歩いても迷う事はまずないな。
そしてその通路を進んだ先には、魔王までの道程を守護する十二人の魔族“十二魔神将”が立ち塞がっている。
奴らは流石魔王直属の将軍だけあって、如何に勇者であってもソロ攻略の俺には手強い相手だ。
一度の攻略で全員倒すのは不可能。それが何度も足を運ぶ理由でもある。
つまり過去六度の攻略ですでに六人の十二魔神将を屠り、残りは六人と言う事だ。
漸く半分なのだが、後六人倒せば魔王とまみえる事が出来る筈だ。
半分……そう考えると良くもここまで辿り着いたと、我ながら感心する。
何年も冒険を共にした仲間との別れ。
そこから始まったソロ攻略。何度も死にかけたっけ……。
聖霊様も、もう十何年も見てないな。
魔界に辿り着いてからの死闘の数々。
レベルが半端ないからな、ここの住人は。
「さて、行くか!」
誰にいう訳でも無いが、声に出さないと気合も入らない。
一際大きく俺は独り言つ。
通路の壁に反響して奥へと伝わっていく俺の声に呼応したのか、魔王城を震わす様な低い唸り声が、まるで答える様に返って来た。
さぁ! 七度目の魔王城攻略を始めようか!
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