恋に落ちる音

カゲトモ

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 かろん。

 恋に落ちる音を聞いたことがあるだろうか。例えるなら多分、グラスの中で氷が回った時の音だと思う。獅子脅しほど力強い訳ではなく、風鈴ほど華やかじゃなくて、グラスの中で氷が回るくらいの、誰にも気づかれないそんな小さな音、だと思う。

 そして今、俺はそれを聞いてしまった。

 登場人物は無口な男性客、それから男一人女二人の三人組で来店されたうちの、ボブヘアの涼しげな女性客だ。 

 女性は何度か来店されたことがお客様で、男性は常連の多喜さん。若いのに無口で、酒は強い。

 その二人はもちろん接点なんて無い。あるとすれば、先ほどカウンターに座る多喜さんの肩に不意に当たってしまった事だろうか。

 二杯目の注文の時にその女性がわざわざカウンターまでグラスを持って来てくれた時に空のグラスが多喜さんの肩に触れたのだ。

『ごめんなさい』

 多喜さんは相変わらず無口で、小さく頷いただけだ。女性はそれを怒っているのかと勘違いしたのだろう、もう一度覗き込むようにして謝った。

『すみません、濡れませんでしたか』

 両手を顔の前で合わせた女性は小首を傾げるようにして言う。ふんわりと香水のいい香りがした。清潔感があって甘すぎない大人な香り。多喜さんは小さな声で『大丈夫です』とだけ返した。

 二杯目のオーダーを受けて女性は席に戻る。多喜さんはウイスキーの入ったロックグラスを片手に後ろが気になる様子。多喜さんからだと女性の声は聞こえても姿は見えないから。

「多喜さん、次はどうされますか」

 すでに氷だけになっているグラスを多喜さんは気づいていないのか、何度か口に運んでいた。

「え、あ、あぁ、そう、だな。マンハッタン、とかお願いできますか」

「マンハッタンですね、かしこまりました」

 いつももっとシンプルな酒しか飲まないのに。カクテルを頼むなんて、やっぱりあの女性が気になるんじゃないか。だって彼女もマンハッタンを頼んだのだから。

 はてさて、どうにかならないものだろうか、なんて。

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