アンカバーフィクション

志撼

欠けた現実

気づいた時には世界はこんなかんじで

これが普通なのだと疑いもしなかった。






「イシュル!早くしろよ!遅れたら俺らまでおこらえるんだぞ!」


その言葉にハッとして空を見るともうだいぶ日が沈みかかっていた。夕方までに済ませてこいと言われていたのにもう時間がなさそうだ。急いで走り出すがまぁ間に合わないだろう。ここから港まで2、3キロと言った所。前で走っているロイには申し訳ないが今日は夕飯は抜きになるなとため息をこぼす。もしかしたら明日も抜かれてしまうかもしれない。だがどうせ間に合わないなら少しくらいゆっくりしてもいいだろうと思いスピードを緩めた。


「イシュル!!何やってんだよ?」


「どうせ間に合わないよ。ゆっくり行こう」


「バカッ!ゆっくりしてましたーなんて絶対殴られんじゃん!」


そう言ってイシュルの服を引っ張り出す。仕方なく走り始めた時後ろの方でざわめきが起こった。何事かと思い足を止め振り返ると人だかりができていた。ロイも気になったらしく足を止めている。


「なんだ?パレードかなんか?」


「さぁ?パレードは無かったはずだけど…どうでもいいよ、早く戻ろう」


「なぁ、……ちょっとだけ見にいかねえ?」


とても興味があるようでソワソワしながら言うロイを横目に


「あの、今日って何かあるんですか?あの人だかり……」


「あぁ?あれか、英雄様のご帰還だとよ。一目見たいって連中がたかってんのさ」


小さな屋台の端で呑んでいた男がぶっきらぼうに答えてくれる。


「ありがとうございます……」


「英雄か!あれだろ!北の方にいた巨大龍を倒したってやつ!やっぱ見に行こうぜ!」


ロイが興奮しながら人混みの方へ走り去る。取り残されたイシュルは英雄に特に興味はなかったがゆっくりと人混みに足を運んだ。


近づいたはいいもののロイは前が見えずに無意味にジャンプを繰り返していた。なんせ周りはほとんど大人でイシュル達2人はまだ12、3才の子供なのだ。チラホラと子供を見かけるが大体は親であろう者に肩車などをしてもらっている。諦めて戻ろうと言おうとした時歓声が上がった。何事かと振り向くと一瞬人混みの隙間から金髪のいかにも英雄だと言わんばかりの男が見えた。


「ちょっ!通して下さーい!わっごめん!あっ!」


そんなことを言いながら前に出ようとするロイに倣ってイシュルも前に出た。人だかりを押さえようとする衛兵の向こう側に5人、英雄と呼ばれる男女達がいた。


英雄、それは今から六年前北にあるローレンスという炭鉱のそばに突然現れた巨大龍ディザスターを倒した者達だ。ディザスターが現れた時世界中が震撼し一斉に対抗策を考えた。が、そんなものは一向に見つからず誰もが世界の終わりを考えた。最終手段として各国の王たちが集まり世界中から5人、この世界で一番優れているものを選び、巨大龍ディザスターに立ち向かわせることにした。


確か…

聖騎士 レイラル

聖女マリー

守護者テグス

狩人ロウレンス

賢者セイラン ……だったかなぁ


「だっ!?」


「あっ悪い!」


ぶつかったのだろう衝撃が背中に伝わり人混みの中からロイの声が謝罪を伝えてくる。周りの声が少し遠い気がして顔を上げると先程見た5人がこちらを見ていた。


「‥‥!!!?あっ、すみません!えと、……」


混乱する頭を無理やり落ち着かせてとりあえず謝りその場を去ろうとする。


「であっ」


足が絡まり地面に顔からぶつけた。痛みに呻きながら立つ。地面に血がついていて何事かと顔を探る。どうやら鼻血のようだ。良かった。


「ガキ!さっさと引っ込め!英雄様の邪魔だろうが!」

「おい!なぜ奴隷がこんなところに出てきているんだ!主人は?」

「クラン様んとこだよ。ほら、あの港の」


野次馬や衛兵たちの声が飛び交う。これは早く退散しないといけない。ほんとに今日は付いてなさすぎる。


「君!大丈夫かい?血が出てるけど…」


声をかけてきたのは金髪碧眼のロングソードを腰に吊るした男だった。英雄の1人だ。


目を奪われた。自分の顔をのぞきこんでいる金髪の男に後光でも差したかのようで目を細める。


自分とは違う人。力も名声もある人。足掻いたって届かない人。


「どうした?どこか痛んだりするかい?」


「うぁ……だっ大丈夫です!ほんとに!すみません!」


男の言葉で我に返る。とにかくその場を去りたくてさっきいた道とは別の空いている道を全力疾走する。何度か角を曲がると息が続かなくて立ち止まった。

周りを見ると先程の道から大して離れていなかった。もう日は殆どが沈んでいて、月がうっすらとその形を表していた。ロイはまだあそこにいるだろうか。だが、イシュルは額の痛みと英雄に会ったという興奮と混乱で何も考えずにそのまま仕事場の港へと戻った。

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