無名探偵青山石蓴

ホトトギス

第1話しましまパンツ盗難事件


   1.20XX年6月10日

「世界は悲劇に満ち溢れている」

 俺の名前は紺碧(こんぺき)重参司楼(じゅうさんしろう)。十四歳。将来名探偵になることを約束された男だ。尊敬する人物は俺の師である紫(むらさき)鏡(かがみ)。そんな俺はひとり世界の孤独さを噛み締めながら登校している。なぜなら……


~~回想録(メモワール) 1時間前~~

「世界はなんて美しいんだ……」

 俺は朝から浮かれていた。幼馴染の美少女と久々に一緒に登校する約束をしていたからである。別に仲が悪いわけでもない。むしろ仲良しの部類で普段から一緒にすごす時間も多い。しかし、中学に上がってからは忙しさもあり、時間を合わせてまで登校をともにする機会は減少傾向にあった。そこになんとなく寂しさを覚えていたのである。“幼馴染との登下校”という言葉には、なにか幸せな響きがするしな。そんな思いを巡らせつつ琥珀家のインターホンを押したのであった。


「あら、あお君おはよう。瑠璃なら『転校生を見に行く』ってもう登校したよ」

「えっ、一緒に登校するっていったのに」

「あらら、それは悪いことをしたね。あの子忘れっぽいから。それよりクッキーを焼いたの。まだ時間有るでしょ、食べていきなさい」

「いただきます……」

 珊瑚さんの焼いたレモン味のクッキーは、甘酸っぱい青春の味がした。アッサムによく合う。

「ところであお君。瑠璃とはいつ結婚するのかしら」

「ぶっ!」

「はいティッシュ」

珊瑚さんの質問に紅茶ふきだしつつも。すぐに平静を装った。

「珊瑚さん、僕はまだ13歳です。結婚できる歳ではありませんよ。それに僕たちは交際してるわけではありませんし」

「あら、まだ付き合ってもいなかったの?幼稚園の頃はよく『瑠璃ちゃんか珊瑚さんと結婚する!』って言ってたじゃない。やっぱり私と結婚したくなっちゃった?どうしましょう。私には愛すべき夫の珈琲さんが!」

「幼稚園児の戯言(たわごと)ですよ!」

「あら残念。でもあお君が瑠璃と付き合ってくれると私も珈琲さんも嬉しいわ。あお君はもう家族みたいなものでしょう?」

「うー、あんまりからかわないで下さいよ」

「ふふっ、あながち冗談ってわけでもないのよ」

 珊瑚さんの言ったことは正直嬉しかったが、色恋沙汰について話すのは面映ゆいものがある。

「ほらあお君。そろそろ学校に行く時間よ。あ、そうそうこれ持って行って頂戴。いつか必要になる時がくるわ。」

 そう言って珊瑚さんに紙袋を渡された。海外のお菓子のブランドだろうか。可愛らしいデザインでA4サイズぐらいだ。中身はそんなに重くない。クッキーののこりかな。

「中身はなんですか」

「ひみつよ。お昼休みになったら開けなさい」


~~回想終了~~


「まったく瑠璃のやつ、置いてくことないよなあ。まあ珊瑚さんのクッキーを食べられたからいいけど。ふふふ、紺碧重参司楼は心が広いのさ」

「おーい、あおさー、青山(あおやま)石蓴(あおさ)」

 後ろから話しかけてきたこの真面目そうな眼鏡の少女は碧緑(へきりょく)翡翠(ひすい)、同じクラスの委員長だ。まだあどけなさを残しつつも整った顔立ちで、クラス内でもそこそこ人気を誇っている。しかも眼鏡っ娘(ここ重要)。

「翡翠、俺は探偵だ。事件で恨みを買えば周りにも危険が及ぶ。だから探偵名(ディテクティブネーム)である紺碧重参司楼と呼べといつも言っているだろう」

「いや、あんたが解決してるものなんて、大したことない事件ばっかりじゃない」

「なにおう。昨日だってすごい事件を解決したんだぞ。」

 俺は日々この町で起きる事件を解決して回っているのだ。 

昨日も俺は偶然事件に居合わせたので、ちょちょいっと解決してやった。

「プッチンプリン連続プッチン事件。恐ろしい事件だった」

「まあ、石蓴のレベルで解決できる事件なんてその程度よね。知ってた」と、翡翠は呆れ顔で言う。

「えっ、俺って翡翠のなかでくだらない事件しか解決できないという認識なの?」

 翡翠が目を逸らす。

「……そういえば今日転校生が来るらしいよ」

 あれっ、俺ってもしかして評価低い?


   2.


「早く学校についてしまったな」

「遅刻するより良いじゃない」

 その時つんざくような悲鳴が聞こえた。

「きゃぁぁぁぁぁぁっっっ」

「む、事件か。俺のいるこの学校で事件を起こすなんて愚の骨頂だな」

「自信満々だね」

 悲鳴が聞こえた方へ走ると人集りができていた。

「おい、どうしたんだ?」

「あっ重参司楼さん。人が倒れてて。胸から血が」

「被害者は?」

「そこです」

 そこには、胸元を真っ赤に染めた幼馴染、琥珀(こはく)瑠璃(るり)が倒れていた。いつも俺たちに振り撒いている天真爛漫な笑顔はなく、その顔はすべての血液が抜けてしまったかの様に青白かった。

「瑠璃っ」「瑠璃ちゃん」

 俺と翡翠がそばに駆け寄る。

 俺は幼馴染の変わり果てた姿に逡巡しつつも瑠璃を抱き起こした。まだ温かい。そして脈がある。血圧は低めだ。呼吸もしている。あとなんかケチャップ臭い。

「ケチャップじゃねぇか!」

 俺の心からの叫びだった。

「ううぅん、あれ、あおくん、どうしたの?」

意識が戻ると、時期に瑠璃の頬はいつもの薄紅色に戻っていった。

「お前大丈夫なのか、ケチャップまみれで倒れていたんだぞ」

「瑠璃ちゃん、なにがあったの?」

「ええとねぇ、朝ご飯を食べるのをわすれちゃったから、なにか食べようと思ったんだけど、ケチャップしか持ってなかったの」

 まったく意味が分からなかった。

「ケチャップを吸いながら歩いていたら、転んじゃったみたい。えへへ」

 確かに、瑠璃が倒れていた場所にケチャップの容器が潰れている。

「瑠璃は五秒前のことも忘れちゃうあほな子だからな、朝ご飯を食べるのも忘れちゃったのか」

「もぉぉ、瑠璃あほじゃないもん」

 俺は幼少のころから瑠璃のその残念な記憶力のせいで何回もひどい目にあわされていた。かくれんぼをしていた時、隠れている俺を忘れて帰っちゃたのも、今では懐かしい思い出だ。五時間ほど放置される破目になったが。

「っていうか、今日だって朝早く起しに来てっていうから瑠璃の家に起しにいったのに忘れてただろ。瑠璃は先に行ったっていうから、珊瑚さんと優雅にブレックファストを嗜んじまったよ」

「あぁぁ、そうだった。あおくんごめんね。てへぺろ」

 瑠璃の天使のような笑顔と幼い顔に似合わない豊かな胸は、俺に世界の全てを許せる気持ちにさせるのには十分すぎる程であった。

天にまします我らの父よ。

私たちの罪をお赦しください。私たちも人を赦します。

アーメン。

「また石蓴があほなことを考えている時の顔をしているわ」

「翡翠、一応言っておくが、お前がみだらな妄想をしている時の方がよっぽどあほな顔しているからな」

「なっ。みだらじゃないしっ。ただ男の子同士の熱い友情について考察しているだけよっ」

 翡翠は隠しているつもりだが、翡翠が男の子同士の熱い友情やその先についての第一人者であることは周知の事実である。

「そんなことより瑠璃、女の子がケチャップを吸いながら歩いちゃダメだぞ」

「そうだよ。ケチャップだけじゃ栄養バランスが悪いよ」

「そういう問題じゃないだろ」

「うん。今度からはマヨネーズも持ってくるよ」

「オーロラソースになっちゃうぞ!?」

 その時チャイムの音が聞こえた。

「そろそろ朝礼の時間ね」

「もうそんな時間か。まったく瑠璃のおかげで時間を無駄にしたぜ。制服がケチャップまみれになったし」

「私もケチャップまみれだから問題ないよ」

 問題しかないな。


   2-2.

「あいつが青山石蓴ね」 

職員室の開け放たれた窓辺には、ケチャップにまみれた少年たちを見る人影があった。


   3.

「皆さん…おはようございます…無色(むしき)透過(とうか)ですよ…」

 この妙に自身の無さそうな影の薄い先生は無色(むしき)透過(とうか)。担任だ。ちなみに、名前をよく忘れられる先生ランキング一位だ。

「突然ですが、今日は転校生が来ています。紅さんどうぞ」

 えらい美少女が入ってきた。大変喜ばしいことに、ツインテールだ。クラスの男子も「すげえ」「可愛い」「美しい」「付き合いたい」「でも胸なくね」「そこがいい」などと盛り上がる。

「紅(くれない)紅葉(もみじ)。祖父の仕事の都合で転校してきました。趣味は推理。将来は名探偵になります」

 名探偵だと。名探偵と聞いちゃあ黙ってられねえな。俺は早速、転校生に絡むのだった。

「おいおい、紅紅葉とやら、この学校にはすでに名探偵の俺がいる。名探偵は二人いらないぜ。」

「私の席はどこですか?」

「あそこの開いている席に座ってください……」

「ありがとうございます」

 あれれー、聞こえてないのかなー。

「おいおい、紅紅葉とやら、この学――

「うるさいわね、聞こえてんのよ。私、あなたみたいな馬鹿っぽい人と会話したくないの」

「なっ、なにをー俺は昨日もプッチンプリン連続プッチン事件をってもう聞いてない!!}

 紅葉はいつの間にか小説を読んでいる。

「青山君座ってください……、そして紅さん朝礼中に本を読まないでください……」

「「はい」」

 くっ、こいつのせいで怒られたじゃないか。


   4.

 二時間目まで紅紅葉を観察してみた。どうやら勉強はできるようだ。名探偵を名乗るだけはある。

「まあ、俺の頭脳に比べたらたいしたことはないがな、はっはっは」

「石蓴、次プールだから早く着替えたほうがいいよ」

 周囲にはもう俺と翡翠以外いなくなっていた。

「しまった、遅れてしまうではないか」

「だからそう言っているでしょ、とっとと来なさいよ」

 そう言って翡翠は行ってしまった。早く更衣室へ行くことにしよう。

 プールへつくと悲鳴が聞こえた。

「きゃあぁぁっっっ、瑠璃ちゃんが!」

「プールが赤く染まってるぅー」

「って言うかケチャップくさい」

 どうやら瑠璃の水着にケチャップがついていたらしい。まったく、紛らわしいやつだ。

 そうして三時間目は慌ただしく過ぎて行った。


   5.

 四時間目やっと自由時間だ、半分になってしまったが、まだプールは終わっていない。

「ふっ、どうやら俺の超絶水泳テクをお披露目する時が来てしまうとはな。勝負だ、紅!」

「……あれいない、おかしいな、恥ずかしいな」

「一人でオーバーアクション気味にどこに話しかけてんの?」

 ちょうど、どこからか紅葉と戻ってきた翡翠がいった。

「今のはただの練習だ」

「何の練習よまったく。」

 あきれる様に紅が言う。その顔をすぐに屈辱の色にそめてやるぞぉ紅ぃぃ。

「ふっ、恐れをなして逃げたかと思っていたぞ」

「逃げる?私がにげるですって?格下の奴から逃げてどうするのよ!」

「どうやら雌雄を決する時が来たようだな。勝負だ、紅。種目は200メートル自由形、負けた方が勝った方の言うことを何でも聞くというのはどうだ」

 俺の言葉に観客が沸き立つ。

「良いじゃない、叩きのめして私の下僕にしてあげるわ」

「ふん。下僕になるのはどっちかな」

   五分後

「あいつって運動もできるんだ」

 下僕になった俺はいった。


   6.お昼休み

 俺は紅葉の命令で、食堂までジュースを買いに行かされた。いくら勝負に負けたからといって、授業を抜けださせてまで買いに行かされるとはジュース買ってる間に授業終わっちゃったし。

 教室に戻ると何故かざわめいていた。何やら事件の予感。

「おーい、あおくん、たいへん、事件だよ、いつもみたいに解決しておくれ」

 いつもながら、事件が起きたというのにのんきなもんだ。制服がケチャップでぐしょぐしょのまんまだし。

「どういう事件なんだ?」

「私のパンツがないんだよ。」さらりと言う。

「大事件じゃないか。だが安心しろ、お前のパンツは名探偵の俺が今日中に取り戻してやる。有り難く思え」

「待ちなさい、事件を解決するのは“名探偵”のこの私よ。下僕にはむり」

 名探偵を強調してくる。この学校の名探偵は俺だというのに。

「よくわからないけど二人共ありがとう」

「よし。瑠璃。翡翠。紅。捜査開始だ!」


  7.

「まず犯行時刻を整理してみよう。犯行が可能だったのは何時から何時だっただろうか?」

「当然だけど三時間目から四時間目の間ね」と翡翠。

「そう。つまり瑠璃のオレンジのしましまパンツが無くなったのは十時四十五分から十二時三十分の一時間四十五分に絞られる。まずはその時間帯にアリバイがないものに話を聞こう」

「そうね。まずはそれしか!?」

 翡翠の顔が驚愕の色に染まっている。なにか気づいたのだろうか。

「石蓴。あなたなんで瑠璃ちゃんのパンツの柄しってるの!?」

「しまった!」

「しまった!ってどういうことよ!」信じられないという顔をしている。

「いやっ俺は授業を受けていたじゃないか。俺に犯行は不可能だ」

「あなた、最後の二十分、私の命令でジュースを買いに行ってたじゃない。なんで食堂へ行くだけで二十分もかかったのかしら?」

「くっ、紅め、余計なことを」

「あおくん、るりのぱんつ取ったの?」瑠璃が純粋な目で見つめてくる。

「しょ、証拠はどこにある!」

 紅葉が携帯に三桁の番号を入力している。

「待つんだ紅、俺にはアリバイがある」

「へぇーアリバイって?」紅葉が怪訝そうな目で見つめてくる。

「俺のアリバイは奴が証明してくれる。いくぞ」


  8.

「十時四十五分から十二時三十分の間に校内に居つつもアリバイの無い人間は五人いるね。真白(ましろ)雪月(ゆきづき)、無色(むしき)透過(とうか)、山吹(やまぶき)橙(だいだい)、青山(あおやま)石蓴(あおさ)、そしてこの僕、黄花(きばな)空木(うつぎ)の五人だ。各クラスから3人ずつランダムにピックアップして裏付けをとったから、統計学上かなり信頼できる情報さ」

「この子はなんなの?」

 さすがの紅も特大いちごパフェを食べながらタブレット端末を操作するこいつが気になるようだった。

「転校生のお前が知らぬのも無理は無い。こいつは黄花空木、この学園の情報屋だ。対価として甘いものを要求されるが大抵のことは調べてくれる。何よりその可愛い外見から校内で人気が高い、日常的に女子用の制服をきてる男の子あだ」

「この学園には変な人がたくさんいるのね」

 お前も十分変だがな。

「とりあえずこの五人について話しを聞くべきだな。特に俺のアリバイを」

「それよりまずは僕の行動を話した方がいいんじゃないかな。

 僕は十一時五十分頃、この食堂のチャレンジメニュー季節のフルーツ山盛りエベレストパフェで山吹さんとフードファイトをするために教室を抜け出したんだ。

 そして十二時十分ごろ山吹さんがお腹を壊して保健室にむかった頃石蓴くんが食堂にやってきたのさ。石蓴くんがジュースを買うのに時間がかかったのは、かわいい僕とのおしゃべりに熱中しすぎたからかな。食堂のおばさんが証人となってくれるだろう。

 ついでに言うと、僕は当然パフェを完食しているよ」

「つっこみどころがありすぎて、どこにつっこんだらいいかわからんが、まあ俺のアリバイは証明されたな」

「突っ込むだって?僕がかわいいからって、どこになにを突っ込むつもりだい?」

「誰もそんなこといってないわ!」

「石蓴が女の子に全然モテないからってついに男にまで!?きゃっ、石蓴×空木グッドあだわ。いや落ち着くのよ私。空木君が攻めも捨てがたい、はぁはぁ、ぐふふ」

「落ち着け翡翠、女子がする顔じゃないぞ!」

「あおくんが女の子のぱんつのことを考えてる時とおんなじ顔してるね」

「俺もいつもこんな顔してるの!?」

 くっ、時々先生が俺の顔を見て変な顔してる理由がわかってしまった。中庭で女子が体育をやっているときはいつもやばいものを見る目だからおかしいと思っていたんだ。

「話を戻すわよ、今はこいつのホモ疑惑なんてどうでもいいことよ」

「俺にとってはどうでもよくないのだが。しかし、これで俺のアリバイは証明されたな!!」

「あおくんが犯人じゃなくてよかった。あおくんが捕まっちゃうかと思ったよぉ」

「まって、石蓴が犯人じゃないとしてもなんでパンツの柄を知ってたのよ?」

「そ、それはだからローテーション的に・・・」

「なんであなたがローテーションを知っているのよ」

 ぐっ、翡翠、痛いところをついてくるな。

「あおくんは昔からよくるりのスカートめくるもんねぇ」

 瑠璃め、余計なことを。

「私もめくられたことある」

「僕だけじゃ飽き足らず、女子のスカートまでめくってるのかい?ひどい裏切り行為だよ」

「いや女子のスカートをめくるのが普通だろう」

「普通じゃないわよ。変態よ」

「やっぱり二人はそういう関係なんだ、はぁはぁ。」

「まったく。可愛ければ男女の見境もなくめくるのね。さすが下僕だわ。ほんとにこいつが犯人なんじゃない?」紅までもが俺の敵に、いや最初から敵だった。

「みんな、いまは事件を解決するのが先決じゃないかな。石蓴くんもこれからはむやみに女子のスカートをめくっちゃだめだよ。男子のスカートで我慢してくれ」

「スカートを穿いてる男子の心当たりが一人しかいないのだが!?」

「スカートめくりの件はもういいや。それより石蓴と空木君の関係は後でたっぷり聞かせてもらうからね。うへへへ」

「今日のひすいちゃんはあおくんみたいだね」

 俺ってこんなに酷かったのか。明日から気を付けることにしよう…

「次に無色先生だけど三時間目に十分遅刻してるみたいだね」

「無色先生に犯行は無理よ。プールの授業は着替えに時間がかかるから始めと終わりの十分間は着替えの時間になってたし。それに女の無色先生に動機はないと思うわ。あと山吹さんも女ね」

「それじゃあ犯人は真白くんしか残っていないじゃない」

「翡翠決めつけはよくないぞ。まだ真白雪月が犯人と決まったわけではない。真白に話を聞いてみよう」


  9.

 「真白雪月。お前は気分が悪いと言って十一時十五分に教室からでたそうだな。その後お前は何をしていたんだ?」

「僕は普通に保健室に行っていたんだ。そしてお昼休みまでずっと寝てたよ」

「確かに保健室の記録では十一時二十三分に入室したことになっているね」と空木が言う。

「十一時二十三分?お前の教室から保健室まで歩いて三分もかからないだろう。なぜ八分もかかったんだ?」

「体調が悪くて移動するのに手間取ったんだ」

「うん。風引いてる時ってートイレまで行くのも大変だよねー」瑠璃はこの証言を信じているようだ。

「実は更衣室に行っていたんじゃないか?」

「僕を疑っているのですか。でも更衣室を通って保健室に行くと五分はかかります。残り三分で何十人分の着替えの中から琥珀さんの着替えを探すのは難しくないですか?しかも同じ柄の制服の中から」

「確かに。でも誰のでも良かったのかもしれない」

「それだったら何人分も持っていくのではないですか?」

「そうだな、俺だったらたくさん持っていくな」

「もういいですか?僕はまだ体調が優れないので」

「石蓴!なに言いくるめられてるのよ。容疑者はもうあいつしか残ってなかったのに」

「でも、あいつの言い分もわかるし。そういえば三時間目と四時間目の間の休み時間なら全校生徒に犯行が可能ではないか?」

「無理だよ。その時間は私と紅葉ちゃんが一度更衣室にもどったけど誰もいなかった」

「翡翠ったら眼鏡かけたままプールに入ってたものだから、眼鏡を置きにいったのよね」

「ちょっといわないでよー」

 いつの間にか翡翠と紅葉は仲良くなっている。しっかりしていると思ってた翡翠も、意外と抜けている所があるんだな。

「ねぇねぇあおくん思いついたんだけど、保健室の先生がいない時ならバレずに保健室から出られるんじゃないかなぁ」

「おお、瑠璃名案じゃないか。さっそく調べてみよう」

 話してる間にも黄花がノートパソコンで素早く調べている。

「保健室の先生は十二時十五分から臨時の職員会議に出ているよ十分頃には保健室を出てたみたいだね」

「それなら着替えが始まる二十分までに十分もある

余裕で犯行が可能だ」

 しかし紅が反論を言う。

「いえ無理ね。十二時十分には山吹さんが保健室送りになってるのよ。その時間に保健室から抜け出すことはできないんじゃない?」

  そういえばそうだ。紅のもっともな指摘にみんな黙りこんでしまっている。

「……一応山吹に話を聞いてみようぜ」


 「真白君?真白君なら保健室にいたね。お腹が痛くて眠れなかったから確かだよ。私が保健室に来てからのアリバイは完璧だぜ。この橙さんが保障してあげよう」

 山吹(やまぶき)橙(だいだい)。男勝り性格に似あわず可愛らしい顔の美少女で、俺たちのクラスのムードメーカーである。

「具体的には何時から何時の間だ?」

「十二時十五分ぐらいから十二時五十分ぐらいかな。お腹が減ったから教室に帰ったんだよ」

 倒れるほどパフェを食べて倒れたはずなのに。さすが空木と張り合うだけのことはある。

「余裕で犯行が可能じゃなかったようだね」と空木が言う。

「やっぱり真白君が犯人だとすると、保健室までの八分しかないみたいね。」

 翡翠の中では犯人は真白に決まっているようだ。まあ、アリバイが完璧でないのは真白のその八分だけだしな。

「はぁ、朝に瑠璃ちゃんがケチャップまみれになったときは、こんな事件に巻き込まれるなんて思っても見なかったわ」あ

「そういえば朝からずっと制服がびちゃびちゃね、どうしたの?」紅葉が聞く。

「あさにね、転んじゃってぇ制服がケチャップまみれになっちゃったの」

「そうそう紅は知らなかったな。朝はそれで一騒動があって……」

 制服がケチャップまみれ?俺はおもむろに瑠璃の制服の胸の部分に触った。

「んんっ…」

俺の制服の裾にケチャップがつく。まだ湿っている。ついでにスカートをめくる。瑠璃は下に水着を着ていた。水着に制服とはなかなかマニアックでよかった。

「ちょっと石蓴、なにやってんのっ」

「石蓴くん、もう僕のスカートしかめくらないって約束したじゃないか」

「くふっ、ふはは、ふははははー、俺には誰が犯人だかわかったぞ。あとそんな約束してない」

「偶然ね。私もちょうど真相がわかったところ。なんでこんな大事なこと黙ってたのって感じ」

「瑠璃、翡翠、空木。容疑者を集めろ!ここからは一気に解決編だ!」


  10.一時十分

 容疑者が集合した。みんないきなり連れてこられて不安げな表情だ。中でも無色先生はすごいオロオロしてる。

「皆さん。今集まってもらったのはついにしましまパンツ盗難事件の犯人がわかったからです。」

 容疑者たちは驚きの表情だ。

「僕の容疑は晴れたのかな?」

「いったい犯人は誰なんだ。わくわく」

「あのー。盗難ってなんのことでしょう……」

 一人なんもわかってない先生がいるみたいだが気にしない。

「ふはははは。この名探偵紺碧重参司楼にかかっては簡単な事件でしたよ。この紺碧重参司楼にかかってはね」

「なぜ二回言ったんだ、あおくん」

大事なことだからな。

「犯人はお前だ。真白雪月」

「なにー!真白君が犯人だったのか!イケメンなのにパンツ盗るなんて橙さんびっくりだぜ」

「ほう。僕を犯人扱いするのだから何か根拠はあるんだろうね?」

「それを今から説明してやる。

 容疑者は五人。紺碧重参司楼こと俺、黄花空木、山吹橙、無色透過、真白雪月の五人だ。そのうち全てにアリバイがあった。

 俺は黄花と会話していて不可能。黄花は食堂のおばちゃんの証言により不可能。山吹は黄花とフードファイト後保健室に送られているから不可能。無色先生は時間的に不可能。そして真白は保健室でずっと誰かと一緒、そして保健室に行くまでの八分間では同じモデルの制服がたくさんある中から瑠璃の制服だけを見つけることは不可能だと思われていた。」

「なら誰にもできないんじゃないかい?」

「だがしかぁぁし!それが可能だったんだよ真白雪月、お前にはな。」

「あおくんなんで?」

「事件を解く鍵はケチャップにあった。今日の朝、瑠璃がケチャップにまみれていたことは大騒ぎになった。中等部の人間なら誰でも知っている、その頃すでに職員室にいた転校生でもない限りな。」

「それがどう関係するの、石蓴」

「今日一日、瑠璃の制服はケチャップでぐっしょぐしょだった。今もな。つまり、更衣室に置いてあった時も赤く染まっていたということ。ケチャップの赤色は誘目色、多くの衣服の中でもすぐに見つけることができただろう。ゆえにあの八分間に真白雪月は瑠璃の制服を見つけ下着を盗む事が可能だったということっ!だからお前が犯人だ、真白雪月っ!」ふっ、決まった。

「だからなにかな。可能だったというだけでしょう。証拠はあるのかな」

「かの有名な探偵ホームズも言っている“不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実だ”と。お前が犯人という可能性しか残らなかった以上、それが真実だ」

「はぁー。どんな推理をしてくれるのやらと思ったけど、所詮下僕ね。」

 今まで黙っていた紅が罵倒してくる。これ以上のどんな推理があるというのだ。

「どういう事だ?お前もこの真相に行き着いたんじゃないのか?」

「確かに他の可能性がなければ残ったものが真実だわ。だけどそれは本当になければの話よ」

「俺の推理が間違っているというのか?」

「残念だけど、その推理には穴があるわ。一つは真白君に犯行が可能だっただけで証拠がないということ。もう一つは、瑠璃ちゃんの制服が更衣室にあった時ケチャップでぐっしょぐしょだったということは、それに触った犯人の衣服にもケチャップがついているはず。容疑者の中で衣服にケチャップが付いているのは下僕、あんただけ。」

「待て待て、俺は犯人じゃないぞ。」

「でしょうね。あんたにはアリバイがあるもの。」

「じゃあどういうことなんだ?」

「真相は簡単なことよ。とってもね。事件を解く鍵はやっぱりケチャップにあったわ。

 それは三時間目のこと。瑠璃ちゃんがプールに入った時、プールは紅に染まったでしょう。でもそれっておかしいの。」

「なんでだ?」

「なぜなら、瑠璃ちゃんが水着に着替えた時にケチャップがついたのだとすると、少しならまだしも、プールを紅く染めるほどの量のケチャップが水着に付いているはずがない。でも何故か水着に大量のケチャップが染みついていた。実際あなたの制服にもケチャップがついていたけど水着にはついてなかったでしょう」

「確かにそうだな。ではいつ瑠璃の水着にケチャップがついたんだ?」

「今までに分かっている事実から推理するにそれは制服にケチャップがついた時ね。つまり瑠璃ちゃんはケチャップが制服についた時すでに水着を着ていたのよ。水着と下着を同時に着る人はいない。パンツなんて最初から履いてなかったのよ。瑠璃ちゃんあなたパンツを持ってくるのを忘れたんじゃないの?」

「おおぉ、確かに私は水着を着てきたよ。ってことは着替えを持ってくるのを忘れてただけってことだったのかぁ。」

「「「「「「なんだってー」」」」」」

 みんなの声がそろった。なんて展開だ。これぞコペルニクス的転回である。

「この簡単な話を難しくしたのが下僕のオレンジのしましまパンツ発言ね。あれでみんなオレンジのしましまパンツを穿いていたと先入観をもってしまったの。そこに崩せそうなアリバイの持ち主、ここで完全に騙されたわ」

「俺の推理が間違っていて、更に俺は捜査の邪魔をしただけだったと」

「まさにその通りよ」

 ストレートに言われると傷つくじゃん。

「まぁまぁあおくん、こういう事もあるさ」

 アホになぐさめられたぁ。


  12.放課後

「っく、紅め。この紺碧重参司楼にひと泡吹かせるとはな。だが俺がこのまま引き下がると思ったら大間違いだぞ。ふはははは」

 俺はひとり放課後の教室で高笑いをしつつ帰りの支度をしていると、ロッカーから一つの紙袋が落ちた。

「ああそうか。お昼休みに開けるように珊瑚さんに言われていたな」

紙袋の中には一回り小さな茶色の袋が有った。さらに中身を取り出してみると、それは折りたたまれた小さな布であった。オレンジのしましまだった。

「……」

 あわあわあわわ。なんで、どういうっ、なぜ瑠璃のぱんつがここにあるのだ!やはり犯人は俺だった?無意識のうちにぱんつを?いつ?そもそも瑠璃が水着を着てきたということは、犯行時刻は3時間目以降に限定されないっ!アリバイは意味をなさなくなるっ!いやまてまずは匂いを嗅いで落ち着くんだ!これは珊瑚さんから渡された紙袋に入っていたもの!

『いつか必要になる時がくるわ。お昼休みになったら開けなさい』

 そうか。珊瑚さんは瑠璃がぱんつを忘れていることを初めから知っていたんだ。だからお昼休みにぱんつが必要になると……それにしてもいい香りだな。とても懐かしい香りがする……パシャリ

 真横からシャッター音が聞こえた。世界が停止したかの様に感じた。恐る恐る横を振り向くとスマートフォンを片手に満面の笑みを浮かべている紅がいた。

「やっぱりあなたが持っていたのね。瑠璃の下着。まあ本当はお昼休みの時点で知っていたのだけどね」

「いやいやいやまてまてまてまて!これは珊瑚さんに持たされただけで盗んだわけではない」

「まあそうかもしれないわね。私はあなたのことを信じているわ」

「じゃあっ「だけど、この写真を見たクラスのみんなはどう思うかしらね。よく撮れてるでしょう?あなたが瑠璃の下着に顔を押し付けているところ」

 だらだらと顔から汗がながれ落ちてきているのを感じる。まずは落ち着け。ぱんつの匂いを……ってばか。もっと立場が悪くなるだろ。

「要求はなんだ」

「要求だなんて。別に脅迫してるわけじゃないのよ。ただちょっとあなたにお願いしたいことがあるだけだわ。まあ断られたらショックで手が滑ってこの写真がどこかに送信されてしまうかもしれないけどね」

 っく、こいついけしゃあしゃあと。それを脅迫というんだ馬鹿!口には出せないが。

「あなた私の弟子になりなさい」

「弟子?どういう事だ」

「私が事件の調査に赴くときに同行して手足となり働くということよ。もちろん私には絶対服従ね」

「なんで俺がそんなことを!」

「おっと、手が滑ったわ」

「まってまって悪かった。話せばわかる」

くそう調子に乗りおるからに。いつか痛い目見せてやるぞ!口には出せないが。

「あなた名探偵になりたいんでしょう?事件の調査に同行するのはあなたにとってもプラスになると思うわよ」

 ふむ。そこまで悪い話でもないかもしれないな。ここはいったん服従する振りをしておいていつか立場を逆転させてやる。ふはははは!口には出せないが。

「っく、仕方ない。お前の弟子になってやるよ紅」

「紅葉師匠よ。これからはそう呼びなさい」

「はいはい、ししょう」

「明日から早速調査よ。今日はもう遅いから明日に備えて帰ることね。楽しみにしてなさい」

「へいへい、じゃあな師匠」

――計画通り

 歩き出した俺の背後から小さくそう聞こえたような気がした。


第一話END

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