ときめきアイドル! ~ガーディアン・ナイト~

甘味亭太丸

第1話 ドキドキアイドルライブへ!

「うぅ、緊張するなぁ……」


 小学校から急いで帰ってきた私は、まず郵便ポストを確認した。

 そこには一通の封筒があった。宛名には『初乃まもり様へ』の文字。

 まもりってのは私の名前だ。

 送り主はとある大手の芸能プロダクション『キラメキムーンプロ』。たくさんのアイドルを生み出してきた、今ではアイドルの登竜門。

 私はその封筒を手に取って、急いで家に戻った。


「すぅ、はぁ……だ、大丈夫。よし!」


 軽く深呼吸をして、私は遂に封筒を開ける決心をする。

 びりっと糊付けをはがし、中から一枚の用紙を取り出す。それをテーブルに広げて、確認。


「や……」


 そこに書かれた文章を見て、私はうわずった声を上げた。

 手も震えて、それはやがて全身にも伝わっていく。


「やっぱりかぁぁぁ!」


 私は思い切り頭を抱えて、叫んだ。そう。その用紙には『落選』の文字。

 つまるところ、私は落ちたのだ。

 何に落ちたのかって?

 そりゃ、もちろん……アイドルに決まってるじゃない!


「もう六回目なのにぃぃぃ!」


 ***


 目指せスーパートップアイドル・ナディアクイーン!

 世界中の女の子たちの間ではキラメキムーンプロが手掛けるアイドルが大人気!

 自分のアイディア次第で決まるコーデに歌、ダンス。詳しいことはよくわかんないけどキラメキムーンプロ独自に作り出されたアイ・ディアナっていう最先端のシステムのお陰だとかなんとか。

 キラメキムーンプロに所属するアイドルたちはナディアクイーンと呼ばれるスーパートップを目指しているのです!


 私、初乃まもりもそんなアイドルを夢見る小学四年生。

 好きなことはトーゼン! 歌に、ダンスに、おしゃれ。アイドル目指して日々頑張っているというわけです!


 そして今日は友達と街までお出かけ。というのも、今日は憧れのアイドル「真里みら」のライブがあるからなのです。

 そんな道中、


「あんた、また落ちたの?」


 うっ、親友に向かってなんてことを。

 心にぐさりと突き刺さることを言ってくるのは友達の森崎ゆうか。小さい頃からの友達で、もはや親友といってもいいぐらいだった。

 私とは何でも言いあえる仲なんだけど、こうやってズバズバとキツイことも言ってくるから、私はたじたじ。


「こ、このぉ。親友が落ち込んでるって言うのに、慰めの一言もないわけ?」

「一回、二回だったらまだしもさ、あんたもう六回でしょ? いい加減諦めたら? って思うわけよ、親友としてはね」

「フンッ。ここからよ、ここから私の大逆転が始まるんだからね。今に見てなさい。この失敗を糧に私は一瞬にしてスターダムに駆けあがって見せるんだからね!」


 そうだとも。たった数回の失敗が何だって言うんだ。

 こんなことじゃ私はへこたれないし、諦めない。この程度で諦めてたらアイドルになんかなれないんだからね。


「だったらまず、あの音痴を直しなさいよ」

「うっ……」


 そ、それは……


「親友だから言うけどさ、あんたの歌って酷いもんだよ? 音はずれてるし、タイミングは悪いし、声だけはでかいし」

「うぁぁぁんそれ以上いうなー!」


 はい、実は私、音痴なのです。

 それも、自分でも引くぐらい、音痴なんです。もはや歌の神様から絶縁状を叩きつけられてるんじゃないかってぐらい音痴なんです。


 あれは、そう、私がまだ幼稚園にいた頃……初めてのお遊戯会でテンションの上がっていた私は思い切り大きな声で、元気よく歌った。


 むしろその年齢なら笑って許されるようなもんだけど、どうにも私は次元が違ったみたいで、当時の先生からは「まもりちゃん、もう少しみんなと一緒に歌おうね」などと、遠回し気味に注意を受けたぐらいだ。


 それは小学生になっても変わらず、私を悩ませていた。合唱コンクールなんて出ようものならみんなからの圧力が凄い。


「う、うぅ……人生って、なんでこんなにも、辛くて厳しいんだろう……あぁ、私にも才能があれば、うぅんそんな贅沢言わない。ボイストレーニングをただでしてくれるプロとひょっこり出会わせてくれないかなぁ」

「あんた、流石に夢見すぎだよ。それに比べて、みらは凄いよねぇ」


 ゆうかはふと大型のディスプレイが設置されたビルを見上げた。私も釣られてそれを見上げる。そこに映し出されたのは赤と黒のドレスを着て、見事なダンスと凛々しい歌声を響かせる同年代の女の子がいた。


 彼女こそ私が憧れるアイドル、真里みら。そして、真里みらは私たちと同じ学校に通う、同級生、そして、私たちの共通の親友だ。


「デビューして半年。ファーストシングルなんて馬鹿売れよ、馬鹿売れ。今じゃトップを走るアイドルの一人ね」


 そうなのだ。みらはつい半年前まではどこにでもいるような女の子だった。確かに、歌はうまかったし、声も綺麗だった。でも、どちらかといえば控えめで、いつも読書をしているような女の子だったのだけど、それが今では大人気のアイドル!


 あれよ、あれよとしているとみらはそのままライブまで開く人気者になっていったのだ。


「ほんと、凄いよねぇ。それに、なんだかすごくカッコイイし、大人びてるもん。いや、本当に、私たちと同じ小学生なのかしら?」


 画面の映るみらは普段の学校では見せないキリっとした目つきに、中々に派手なドレスをぐるんぐるんと翻しながら、難しいダンスを見せつけていた。流石は今を時めくトップアイドル。何もかもが凄い。


「でも、あんたはいいの? こういう言い方はどうなんだろとは思うけど、みらは抜け駆けしたようなものじゃない」

「え? うーん、まぁそうかもしれないけどさ、これはみらの実力だよ。この結果はあの子が自分の力で勝ち取ったものだし、それに向かって嫉妬するなんて、みっともないじゃん」


 実は私とみらにはちょっとした秘密がある。

 それは、みらがアイドルデビューを果たす切っ掛けになったオーディションにみらを誘ったのは私なのだ。


 それは、私が初めてアイドルオーディションに出た時のことだった。その時は恥ずかしくて、中々一歩が踏み出せなかったのだけど、誰か一人知り合いがいれば何とかなると踏んだ私はまずゆうかを誘ったけど、「は? 嫌」とけちょんけちょんにされてしまったのだ。


 その後も色んな子を誘ったけど断れ続けて、最後の最後に誘ったのがみらだった。最初はみらも嫌がっていたけど、私の熱意に押されて、ずるずると……もとい一緒にオーディションを受けることになったのだ。


 そして、結果は御覧の通り。私は落ちてしまったけど、みらは一発合格。

 こうしてアイドルみらは誕生したのだ。

 つまり私こそが生みの親なのです!


「いや本当、ドラマチックだよね。みらが」

「ゆうかぁ……」


 親友のこの毒舌っぷりは何とかならないんだろうか……まぁそれはさておいて、私たちはそんな大活躍する、みらのライブを見に行くわけだ。

 なにせ、今日はみらのファーストライブ。ライブのチケットはみらが直々にくれたのだ。


「あ、まずい。早くいかないと受付終わっちゃうよ!」


 ゆうかは画面の時計を見て大慌て。

 私も焦る。受付終了まであと三十分という所だった。


「うわ、ほんとだ! 走れー!」


 と、二人して走り出した瞬間、私は誰かとぶつかってしまった。


「うわっち!」

「おっと」


 私がぶつかってしまったのはスーツを着た会社員っぽい男の人だった。


「大丈夫かい?」


 ぶつかった反動で倒れそうになる私をその人はさっと受け止めてくれた。


「あ、はい、大丈夫……です」


 私は思わず見とれてしまった。

 だって、超イケメンなんだもの。目は細いけど、きりりとしていて、鼻が高くて、顔はしゅっとしている。スーツ姿なのがちょっと堅苦しいけれど、これが男性アイドルみたいな衣装だったらそのままステージで歌ってそうな人だったのだ。


「すまないね、よそ見をしていた」

「い、いえ、こちらこそ……ごめんなさい」


 私はぺこりと頭を下げる。

 男の人もニコリと笑みを向けてくれた。


「それじゃ、気を付けてね」


 ばいばいと手を振って、男の人は去っていった。

 かくいう私はぽーっと男の人を眺めていた。


「ちょっと、まもり! 一目惚れしてないで急ぐわよ!」


 ひ、一目惚れじゃないわい!


「う、うるさいなぁ! わかってるわよ、走るわよ!」


 あぁ、でも、さっきの人、かっこよかったなぁ。

 でも、そんなことより今はみらのライブが重要!

 私とゆうかは息を切らせながら走ったのだった。


 かくして、ライブ会場へとたどり着いた私たち。受付時間は何とか間に合った。あとはチケットを渡すだけだったのだけど……


「なんであんたはそううっかりなの!」

「うわぁぁぁん、ごめん!」


 なぜか、私ってばチケットをどこかに落としてしまったみたいなのだ。


「だから服のポケットなんかにいれるなってあれほど言ったのよ……」

「うっ、反論できない……で、でも本当にどうしよう……?」

「知らないわよ! 今からみらに連絡とってチケット都合してもらうわけにもいかないし……受付のお姉さんもチケットがなきゃダメって言ってるし……あぁもう探してる時間ないわよ?」


 あたふたとしていると会場から「わぁっ」と歓声が響いた。

 不味い! これは開会の挨拶で、アイドルたちのマイクトークが始まる!


「と、とにかく。ゆうかは先に入ってて、私、探してくるから!」


 私は急いできた道を戻ろうと駆け出したのだけど、ゆうかが肩を掴んで止める。


「探して見つかるようなもんじゃないでしょ?」

「それでも、みらのライブだもん。絶対に応援したいじゃん!」


 私にとって、みらは憧れの人だ。そんな彼女のライブは絶対に見たい!

 ゆうかが止めるのも押し切って、私はそのまま走りだそうとする。

 すると、また、私は誰かとぶつかってしまった。


「うわわ!」

「おや?」


 その声には聞き覚えがあった。

 なぜならその人は、さっき私とぶつかった人だったからだ!


「あぁ、君……」


 男の人はぶつかられたことなんて気にしていない様子だった。がさごそとスーツの胸ポケットを漁っている。


「あ、すいません! でも、ごめんなさい、今ちょっと急いでて……」


 でも、私はそんなことよりも早くチケットを探さないといけなかった。

 そのまま頭を下げて、通り過ぎようとする私に向かって、男の人はチケットを差し出してくれた。


「え?」

「落とし物だよ。チケット、ないと入れないだろ?」

「え、えぇ! でも、なんで、どうして……」

「ほら、さっきもぶつかってしまっただろ? その時に落ちたのを、私が拾ってね。間に合ってよかったよ。ファンは、大事にしてあげないとな」

「あ、ありがとうございます!」

「まもりー! 早く!」

「わかってる! あ、あの、本当にありがとうございました!」


 私は別れ際に最後のお辞儀をして、ゆうかの下へと走っていく。


「ラッキーだったわね!」

「本当!」


 そして、私たちは何とか会場へと駆け込むことが出来た。

 会場はもうたくさんの人で埋め尽くされていて、ぎゅうぎゅう詰め。大人の人でもちょっとやそっとじゃ通れないぐらいの狭さだ。


「まもり、席は?」

「前の方。本当はファンクラブとかじゃないと座れない席なんだけど、みらが特別にって……確か専用の通路が……」

「じゃ、こっちだね。にしてもすんごい人数。みらもそうだけど、今をときめくアイドルたちが一堂に会してるわけだから当然っちゃ当然か」

「うん。みらは本当に凄い。たった半年でこんな大きなライブに出れるんだから……」


 会場はまさに熱気に包まれていた。そんな中を私たちは何とか潜り抜けて指定された座席に到着する。最前列の特等席だった。とはいえ、流石にステージとはかなり距離があるから、みらに私たちの声も顔も届かないんだけどね。


 ステージではたくさんのアイドルが並んでいて、挨拶をしていた。みんな、可愛らしい衣装に包まれている。そこにいる全員が絶大な人気を誇るアイドルたちなのだ。


「あ、みらだ!」


 何組かの挨拶が終わると、みらの番が回ってきた。みらの衣装はCMで見た時と同じ黒と赤のドレスだった。


『みんなー! 今日は集まってくれてありがとー! 私は今日が初ライブだから思いっきり頑張っちゃうからねー!』


 学校では物静かなみらもステージにあがるとあんなにキラキラするんだ。

 そんな彼女の姿を見ると、やっぱり私もアイドルになりたいって気持ちが一層強くなる。いつか私も、みらの隣に立てるようなアイドルに……


『それじゃ、スターダムライブはっじま――』


 今まさに煌びやかなライブの開催をみらが宣言しようとした瞬間。

 大きな爆発が起こった。

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