葉書がまた

雨満蛍

止めたのは、神様

 今、身体に絡まったしがらみを全てリセットしてしまいたいと思ったことはないだろうか?俺は思っている。

 ここは都心から離れた神社だ。神殿に入る手前の内陣にいる。どうしてこんなところにいるのか。その理由はいろいろあるが1番大きいのは人間関係だ。大学生2年生になるまで築いてきたものに縛られて逃げようにも逃げ出せない日々を送ってきた。その全てをなかったことにするためにはと考えた結果、出来るだけ人に迷惑をかけず、迷わずにあの世に行けると信じて名前も知らない神社を選んだ。現世を飛び出すというのに入口の扉の鍵を壊した瞬間持ち主に悪いなと思ってしまった。

 雰囲気を演出するためにホームセンターで買ってきた麻縄を扉の格子状の窓の一つに縛る。誰も来ない夜中を選んだ。どんよりと曇って月の光が差さない感じも実にいい。首も縛り、ゆっくりと腰を下ろしていく。

 徐々にやって来る死の香りが多少の苦しみと混ざって意識を奪って…。

「あの、神社で人が死んで1番困るのは私なんですけど…」

 こんな場所に人がいるなんて思わなかった。しかし、声の主が俺に駆け寄って来るまでには死んでいる自信がある。聴覚をオフにして集中する。すると、ロープが切られてしまった。重力方向へ力を入れていたために、侵入してきた扉に頭をぶつけてしまった。

 この後の展開はおおよそ予想がつく。偶然様子を見にきた管理人に助けられ、若いんだから死ぬことはないと説教されて普段の生活に戻るフリをして、投身自殺に手を出す。この予想が外れたなら一月間真っ当に生きぬいてみせよう。

「じゃあ、1ヶ月間の生を全うするにあたって1つお願いをしてもいいかな?」

 何か違う。予想が外れことはまだ認めていないが、この状況に対して冷静すぎる。

 薄目にして目の前を見てみるがそこに人影はない。目を開いて辺りを見回す。しかし、人影は見当たらない。声の主は一体どこに…?

 得体の知れない変な何かが俺に声をかけてきて、ロープを切ったとでもいうのか…。

「違うわよ‼︎変なって部分は訂正しなさい‼︎」

 声のする方へと視線を向ける。神殿への入り口の前に人影が見えた。格子の窓から雲の隙間をぬって月明かりが差し込む。人影を照らし出す。

 巫女装束に身を包んだ女が立っている。金色の長い髪。白い肌に真っ黒な瞳がとても映える。俺を見ているのかと思ったが、透かして後ろの方を観ているようだ。人間感が全くなくて不気味だ…。

「ちょっと‼︎私のこと見て良いように思うのは結構だけど、悪く思うのはやめてよ‼︎」

 ドスドスと音を立ててこちらへと寄ってくる。首だけを扉に立てた状態で目の前に来た視線だけを向ける。

「まずはそんな姿勢で話をするのは気にくわないからその場に正座しなさい」

 状況に頭が痛く追いつかずに言われるがままに正座する。

「それでは、まず私の自己紹介から。私はこの稲荷神社に奉られている神の使いの1人。でもこの社の周りに人が居なくなって、信仰を集めにくくなってきたのよ。そこで私は考えた。信仰してくれる対象を人間以外にすれば長い時間信仰を集め続けることができる」

「はあ、それで俺へのお願いって?」

「話には流れというものがあるんだから最後まで聞きなさい。あなた友達いないでしょ?

 それはさておき、信仰してもらうためには施しを与えなくてはいけない。そこは人間もそれ以外も同じね。ここで1つ問題が生じます。私はこの社の外に出ることができません。参拝に来た人へささやかな施しをするのが精一杯。この事情を解決するため、あなたに手伝いをしてもらいます」

 腰に手を当てて、堂々と胸をのけぞらせて俺を見下ろす。俺は目を月明りに光らせながら首を縦に振る。

「こんなにすんなり、受けてくれるなんて殊勝な…」

「お断りさせていただきます」

「なんでよおおお!どう考えても了解した感じだったじゃない!」

 こんなに尊大な使いに従う筋合いはないし、現世卒業を邪魔されてむしろ向こうに貸しがあるくらいだ。

「俺は面倒なしがらみをリセットするためにここに来たんだ。だから、ここであなたとのしがらみを作るのは本意に背くことになる」

 すると、使いは焦った表情からスッと微笑みを浮かべた。一歩前に出した片脚を揃えて、口元に人差し指の第二関節を当てる。

「なら、あなたの残りの命を全てもらいます」
















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