34話 惰眠
「キミの記憶は改ざんされてる、離す前にこれだけは教えとくね」
「・・・・・・俺の記憶が? 突拍子もないな。そうそう信じられる話じゃねえ」
「でもまあ、そうなんだからしかたないよね。そしてここはなんと! パラレルぅワールドぉ!! リリムが創り出したイフの世界! え? 何がイフなんだって? 堪え性がないなあ。でもリリムは寛容だから許して上げるのです! ではでは、耳の穴かっぽじってよく聞きな! ここは元の世界から大体三年くらい前! 哀れなキミが何もすることが出来なかった世界なのです!!」
★ ☆ ★
「・・・・・・帝、遅い」
「お待ちしておりました帝さま」
「おっ、やっと帰ってきたか帝さん! どこに行ってたんだよ!? 待ちくたびれたぜ」
「あ、あの・・・・・・おかえりなさい、です」
「私は止めたんだが、どうしてもと言って聞かなくてな」
覚束無い足取りで帰ってきた帝を出迎えたのは、思い思いのエプロンに身を包んだ伊草たちであった。どうやって入ったのか。聞くだけ無駄か。
「どうした? 気分でも悪いのか? 顔色がすごいことになってるぞ」
「問題ないです、少し疲れただけですから」
「でしたらお夕食ができるまでの間休んでいてくださいな。まだまだ出来るまで時間がかかりそうですから・・・・・・だからわたくし一人でいいと言ったのに」
「貴様一人に抜け駆けさせるか」
「そ、そうです綾乃ちゃん」
「はは、そうさせて、もらうよ」
心配そうに駆け寄ってきた仲間たちに、無理して笑いかけて、脇を通り抜けようとする。しかし仲間たちにこうして出迎えられた安堵からか、足に力が入らなくなり、倒れる。
そしてそのまま帝の頭は桐原の豊満なバストへと落ちていく。
「おいおい、ほんとうに大丈夫か。・・・・・・それに、何故私なんだ。他のやつなら喜んだだろうに。この鈍感男め」
「むぅ、ずるいぜ桐原さん」
「これは後で裁判ものですわね」
帝の頭が埋まっていく胸の谷間に、嫉妬と羨望、ついでに殺意の視線が注がれる。桐原だからソフトに受け止められただろうが、他の方々では最悪頭を打っていたかもしれない。
その感触を楽しむなんて余裕もなく、帝の意識は闇の中に沈んでいった。
★ ☆ ★
「ん・・・・・・んん・・・・・・・・・・・・?」
微睡みから覚めた帝が体を起こしたのは、自室のベッドの上であった。
しかし、起き上がろうにもどうにも体が重たい。精神的な例えではなく、物理的に。
その原因はすぐに分かった。暗闇の中でもはっきりと感じられるこの人肌のぬくもりに柔らかさ、こういう言い方をすれば誤解を生んでしまいそうだがここ最近、何度も触れた感触である。
帝の右腕に抱き着くようにして寝息を立てるのは権力だ。とても幸せそうに頬を擦り寄せてくる。
一方で左手をホールドしているのは伊草。薄い胸を腕に押し付けて、穏やかに寝ている。普段の暴力的な性格からは想像もつかない。
更に頭に当たる感触も普段の枕と違う。見上げた先にいるのは、壁に背中を預けて寝息を立てる瑞生の姿。膝枕、それをされているのだと。
布団の中で何かがうごめいた。すき間からひょっこり顔を出したのは椿だ。寝相が悪そうとは思っていたが、事実だったようだ。帝の体の上で転がる椿の足や腕が、その度に体を撫でる。
「どうしたんだ・・・・・・こいつら?」
「みなお前を心配していたんだよ」
「・・・・・・桐原先輩」
「声を抑えろ、みなが起きてしまうだろ」
「俺、身動き取れないんですけど」
「我慢しろ」
ドアから半身を出して腕組みしているのは桐原だった。
「お前が何に悩んでいるかは知らないが、今は取り敢えず休め。それで明日にでも全員に話して安心させてやれ、お前自身のためにもな」
「・・・・・・はい。ありがとうございます」
それ、とこうして彼女たちが自分と一緒に寝ていることの関連は不明だが、その心遣いはありがたい。そしてその優しさが、胸に刺さる。
全てを思い出した、そして、全てを知ってしまった自分にそれを貰う価値があるのだろうか。
全員に話す、それをしてしまった時、果たして彼女たちが自分を受け容れてくれるのか。
そのことへの未知数の恐怖心に苛まれて、逃げるように眠気がまた押し寄せてきた。
「明日・・・・・・か」
それは運命の分岐点。
帝の記憶は真実への回廊に誘われた。
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