33話 狂愛

江角京佳えずみきょうか・・・・・・? 知らない名だな・・・・・・おかしいな、同学年にこんなやつがいた覚えがないぞ」

  

 六割ほど残る記憶と照らし合わせて、そのほとんどが重なった霊波紋とその名前、そこから生じた違和感に頭を抱えた。

 眺めた程度ならともかく、覚えようとして覚えたものに関しての記憶には自信がある。それも同学年ともなれば、何かの拍子に会う機会があっても不自然はない。


 それなのに、この少女は。廊下ですれ違ったりもしなかったのか。吹雪と全く同じように、かつての世界には存在しなかった人間。

 吹雪をひとつの特異点として考えるのなら、この少女もまたそうである可能性が高い。


 そしてそれが綾乃へ、元の世界とは異なる形で発現した因子へと介入を行った。

 であらばそれは。


「あの妖精と、何か関係があるのか」

「ふーん、ようやくここまでたどり着いたんだぁ」

「んなっ!?」


 自分の肩越しに画面を覗き込んでくる横顔に、思わず椅子から飛び降りるようにして距離を取る。

 帝をしてその接近に微塵も気づかなかった。動揺を隠せない。

 そしてその容貌を目の当たりにして、帝は唖然と硬直した。今さっき見たばかりのものを見間違える道理はない。


「江角、京佳・・・・・・?」

「はいはいはーい、お探しの江角京佳ちゃんだよ! でも私的にぃ、リリムと読んでもらえると嬉しいなぁ」


 緋色に染められた髪を肩口に切りそろえたショートカット。はにかんだ笑みに映えるえくぼが特徴的な少女。どこか西洋人を思わせる顔立ち、ハーフなのだろうか。

 音もなく、気配もなく、いつの間にか後ろに立っていた。まるで自分について帝が調べ、それに気づくのを待っていたかのように。

 恐怖心、それは一体何に対して抱いたものかは分からないが、これだけは断じて差し支えない。


 ・・・・・・敵。


「お前・・・・・・何者だ。何が目的なんだ」

「わー、怖い怖い。そうかっかしないでよ。あの件に関してはリリムも悪かったと思ってるよ。だから妖精の力を向けないでーーってね!」


 ほんの一瞬の合間に後ろに回り込まれていた。突き出した右手を上から掴まれ、左手はその薄い谷間にもう一方の腕とともに押さえ込まれる。

 咄嗟に自由な足で蹴りを放つ。しかしそれも上にジャンプすることで躱され、上半身に加重がかかる。押し倒された。

 体術、体格差をものともしない。事実抑えられた肉体の挙動は意志を受け入れない。

 うつ伏せになった帝に馬乗りになり、江角京佳、もといリリムはもがく帝の肩に顎をのせた。


「まぁまぁ、そう暴れないで。リリムに聞きたいことがあるんでしょ? ・・・・・・遠慮せずにお姉さんに聞いてみな?」

「・・・・・・何・・・・・・?」


 耳元で囁くように、妖艶に告げたその台詞はあたかも毒のように帝の中に入り込んでくる。心臓が握り潰されるような悪寒。こいつには逆らえない、本能がそう警鐘を鳴らした。

 しかし、好機でもある。


「お前が・・・・・・あの事件を起こさせたのか」

「うーん、まあ、起きる要因を作ったと言えばそうかもしれないけど、多分あの子たちリリムが何もしなくても同じようなことしてたと思うよ」

「どういう、ことだ。なら何故あんな真似をする必要があった」

「キミがここに来るよう仕向けるためって言ったらさ、キミはどう思う? リリムがわざと妖精残滓を残して、わざとこの学園の制服を着て、ヒントを至るところに残していたとしたら、どう思う?」

「霊波紋について調べさせ、お前のところまでたどり着かせる・・・・・・そうだな、知る由もない。あの目の妖精を使い、俺たちをこの世界に呼んだお前の目論見なんて」?

「確証を持つのか自信がないのかはっきりしてほしいなぁ、うん、まあそうなんだけどね。リリムがキミたち文ゲイ部、プラスアルファをお招きしました! ・・・・・・もうちょっと驚いてほしかったんだけどなぁ」


 背中の重みが無くなり、帝の前でしゃがみ込んだリリムは悪戯っぽく笑いかけた。

 立ち上がった帝は警戒を緩めず、次々と飛び出す情報の整理に追われていた。

 言うなれば、ラスボスだ。

 この一連の事件を引き起こし、帝ですらも手の平の上で転がして見せた怪物。


「お前の目的は何だ。俺たちに何をさせたい」

「うんうん、そこまで分かってくれてるんなら話は早いね、リリムはキミたちにあることを成し遂げてほしくてここにキミを呼んだのさ」

「いいからそれを早く・・・・・・!?」


 ・・・・・・こんな時に!

 コツッ、コツッと、足音が廊下の方からまっすぐこちらの方に向かってくる。運良くドアは閉まっているが、ここに来られたらマズい。

 パソコンの電源を落として、隠れる場所を探す。ベタな隠れ場所ではあるが、掃除用具入れ。あそこなら一時しのぎにはなるだろう。


 音を立てずに、手早くそれを開いて中に入り込む。中には箒一本しかないのも変わっていない。これなら隠れることが出来る。

 指先を器用に使って閉めようよすると、胸元に当たる仄かな温かみと密着感。リリムもまた同じ場所に隠れようとしている。


「おまっ・・・・・・」

「四の五の言わず、閉めて閉めて! 見つかるとリリムも大分マズいんだよ」


 案の定と言うべきか、掃除用具入れが閉まるととほぼ同時に生徒会室に誰かが入ってきた。

 そしてその少女ははてと不思議そうに首を傾げた。


「あれ、開いてるからてっきり誰か来てるかと思ったんだけど・・・・・・ボク、閉め忘れてただけなのかな?」


 刀薙切吹雪、なんら不自然なことは無い、この生徒会室の主、生徒会長なのだから。

 吹雪はまっすぐパソコンのあるところに向かうと霊力を込めてパソコンを起動させた。

 掃除用具入れの扉にに開いている隙間、そこから角度的にギリギリではあるが、その様子が伺える。

 

 そして迷いなく吹雪が開いたのは。


「(来年度入学志望者一覧・・・・・・? そんなものまであったのか。いや待て、なんであいつがそんなものを閲覧しようとしている?)」


 その答えはすぐに分かった。そして映し出された画像に、そこに記された名前に帝は息を飲んだ。


 咲敷綾乃。間違えるはずがない。


「(権力・・・・・・?)」

「ああ、この子か。へぇ、ここの理事長の娘さんだったのか。けど残念・・・・・・せっかくおじゃま虫の一人が消えてくれると思ったのに。つかさっちったら余計なことをしてくれるよね。まあ、そこがつかさっちのいいとこなんだけど」

「(なんだよ、それ・・・・・・)」

「(どうどう、キミ、少し落ち着いて。気づかれちゃうから。リリムも見つかる訳にはいかないんだよ)」


 画面が変わり、次に映されたのは、自分の顔。九条帝、そのあらゆる個人情報。

 吹雪はうっとりとした表情で全画面表示にされた帝を眺めている。ほんとうに、他の何もかもを断絶して、見ることだけに全力を注いでいる。


「つかさっちさえいれば、ボクはほかに何もいらない。ボクにはつかさっちだけがいてくれたらいい。お姉ちゃんも、他の誰もいらない。つかさっち、つかさっち、はあ、はあ」


 恍惚とした笑みを湛えた吹雪の指先は次第に降りていき、『そこ』に触れた。激情を衝動に変えて、見悶える吹雪から慌てて帝は目線を外した。

 その寸前、視界の端に捉えた手の甲の紋章が動揺を誘う。


「(あれは・・・・・・回帰属性の紋章? いや、センセイも回帰属性の妖精と契約しているならそうおかしいことでも・・・・・・)」

「(ありゃりゃ、大分重症だねぇ、これは。キミやるじゃないか、ついにヤンデレ属性までコンプリートしちゃったよ)」

「(五月蝿い・・・・・・というかついにってどういうことだ)」

「はあ、はあ、つかさっち。どうしてボクだけのものになってくれないの? ボクはこんなにも愛してるのに、つかさっちはどうしてボクの気持ちに応えてくれないの? やっぱりあの子たちのせい? うん、そうに違いない。ボクがどうにかしないと」


 それは、もはや狂気だった。

 果てるまで行為を続け、ようやく吹雪が生徒会室を出たのを確かめて、帝は掃除用具入れの狭い空間から抜け出した。


「・・・・・・なんなんだよ、なんなんだよ」


 汗が頬を伝う。全身を襲う震えに、不意にこみ上げてきた吐き気に帝はうずくまった。

 その狂気にあてられて、平静すら保てない。


「やれやれ、まさかここまで酷いとはねぇ。リリムもびっくりだよ。それで、大丈夫? キミ」

「・・・・・・・・・・・・何とか、な・・・・・・」

「これから全部をキミに話そうかと思ってたんだけど、その調子じゃダメそうかな? また今度にする?」

「いや、いい。構わねえ、話してくれ」


「それじゃあ容赦なくいくからね、言質は取ったよ。驚き過ぎて死んじゃわないでね!」


 彼女の口から語られるそれは、全ての真実を明るみにする。

 唐突に訪れた転換点。運命の歯車が回り出す。


 日が沈み、静寂に包まれつつある校舎で、この世界の全てが解き明かされる。この世界の始まりにまで遡る真実は津波の如く押し寄せた。 

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