31話 逃避

「ああこれ、ものっそいデジャブだわ。何でこっちの世界に来てもこんな目にあってんだろ、俺」

 

 噴水の先端を踏んで、跳躍。水に濡れることも厭わずそれを壁に『やつら』から逃げる。

 着地した瞬間、盾となった噴水は爆砕され、両断され、原型を失う。それをなしたのが、その『やつら』。粉塵を振り払って砂埃の中から姿を現したのは一人の女侍と三メートル近くもある熊。

 どちらも、割と鮮明な記憶で思い浮かぶ追跡者である。伊草と綾乃、二人の化け物クラスの妖精師に追われながら、帝は天を仰いだ。


 極力人のいないところに逃げてはいるが、それでもこの轟音は誤魔化しきれない。俄に騒がしくなってきた。

 早期決着を図ろうにも、この追いかけっこが意味するところが全く未知数の代物である以上、捕まるわけにはいかない。


 最初こそ、突然現れて何にキレてか追いかけてきた伊草から綾乃を連れて逃げ回っていたが、それが紆余曲折の果てに、『先に帝を捕まえた方が勝ち』のゲームにすげ替わっており、勝ちが自分の死と同等ではないという確証も無く、とどのつまり全速力で逃亡するしかないというこの現状。


 林に入り込み、木々の間を幹を蹴って飛び回り撹乱を狙う。しかしそれは直線的、面の暴力の前にしては愚策もいいとこだ。

 木ごと、薙ぎ払われる。思いっきり幹がへし折られる音が響いて、斬撃によってそれが輪切りにされる。


「逃げないでくださいまし、帝さま」

「ちゃんと全部話してもらおうか、帝っ!!」

「いや、お前ら少し冷静になれよっ!?」


 慌てて緊急回避を取るも、その先に逃げ場はない。一歩踏み出せばそこは公園の敷地外、高い外壁のせいで真っ逆さまに落ちてしまう。外壁、断崖絶壁と呼んで差し支えないかもしれない。

 しかし、倒れてくる木とそれによる土煙が二人の視界を少しの間だが塞ぐ。


「・・・・・・サラド」

「よしきたる」


 そしてその高密度の土を利用して、帝が画策したのはあやふやな知識、粉塵爆発。

 確かこういう状況下では使えた、そんな曖昧さで自分が起こそうとしていることのリスクと自分の命とを天秤にかける。


 指先に火が灯り、着火。直後、物凄い轟音が桁違いの爆風とともに何もかもを抹消する。絶望的な大爆発。

 炎の障壁が、爆破が自分自身を殺す前にギリギリ間に合い、それでもその威力を完全に防ぐことが出来ずに後ろへと体が傾く。


「・・・・・・やっぱデジャブだ」


 風に髪を逆立てながら、帝は直線距離にして二十メートル近く、常人なら下手すれば即死しかねない高度を急降下する。


 ★  ☆  ★


「ん? センセイ?」


 自分のことを呼ばれた気がして、声のする方を探る。そしてその影は眼前を通り過ぎていった。それを追うようにやってくる爆音。何があった。

 ゴスッと鳴ってはならない音がする。それはコンクリートの道路に頭からぶつけて悶絶した。


「ぐあぁぁぁぁっ!? 受け身取り損ねた!!」

「く、九条!?」


 その少年、どうにも見覚えがある。

 それどころか、今はなんとも会うのが微妙な相手である。

 彼が落ちてきたと思われる場所は相当高いところにある。普通は死ぬ。だが、九条は首を痛めたのか患部をさすりながら立ち上がった。それだけで済んでいる。そう言えばこの少年は妖精師だった、その力なのだろう。


「いてて・・・・・・なんでセンセイがこんなとこに?」

「その台詞そっくりそのままお前に返してやろうか」

「それもそうですね。いやはや、不測の事態で死にかけてましてね」

「・・・・・・当たり前のように立ち上がりながら言うようなことじゃないぞ」

「いや〜これは大したことじゃないんすけどね・・・・・・この上に俺の生殺与奪をかけて争う熊と侍がいましてね」

「この世の終わりだな」


 気づいた時には九条と連れだって歩いていた。自分には行く宛がない、と言うと浮浪者みたいだが目的地も居場所もないのだ。

 追い出された。それにほぼ等しい。

 だから他に人がいることに問題はないし、むしろ助かる筈なのに、しかし人選が悪かった。


「九条はここらへんには詳しいのか?」

「詳しいってほどでもないですけど」

「なら、少し案内を頼めないか? 私はあまりここらに明るくないんだ」

「・・・・・・? まあ、構いませんけど。・・・・・・あれ? センセイってこの辺に住んでるんじゃ。吹雪さんと一緒に暮らしてたりは・・・・・・」


 わかりやすく表情に出てしまっていたのか、九条はしまったと顔をしかめた。

 察しがいいからこそしかし、気づかないふりをしていてほしかった。流してくれればこんな変な空気にはならなかったのに。


「こんなことを不躾に聞くのもアレですけど。センセイ、何かあったんですか」


 それをどう解釈したのか、遠慮がちに九条は尋ねてくる。ほっといてほしい、そんな思いとは裏腹に聞いてほしいとも思っている節がある。


「そうだな、お前にこんな話をしてもどうにもならないが。私の・・・・・・刀薙切家はそれなりに厳しい家でな。実力主義とでも言うのかな、出来のいいやつならともかく、そうでない人間には居づらいところなんだよ」


 だから最初にそう断って、センセイはその一端をかいつまんで話す。そういったことに関しては聡い帝はそれだけで悟ったのか、言葉を選ぶように頬をかいた。

 それを、自分の今置かれた境遇と重ねて、苦笑混じりに口を開いた。


「つまり、逃げ出してきたと」 

「そんなところだ。私と違って出来のいい吹雪にはどうってことないんだろうが、私には・・・・・・な」


 刀薙切家は何か特別な家系であるとはお世辞にも言えない。しかし、厳粛に伝えられる家訓のもとに弱肉強食の如く、殺伐とした空気が漂っている。それが実家ともなると、仕事がない時はこうして外に出てもいないと息が詰まりそうになる。

 

「あまり想像もつきませんが」

「ふんっ、そうだろうな。私自身理解できない家だからな」

「いえ、そちらの方ではなく。センセイが優秀でない部類に入っている、方で」

「・・・・・・ははっ、くだらん世辞はよせ、分かりきっていることだ。私は一生落ちこぼれだよ」

「俺は、そうは思いませんが」


 そこだけ、一切の逡巡もなく、やけにきっぱりと言い切った。驚いて見た彼の横顔には、思惑ととれるようなものは感じとれなかった。

 本気で、言っている。


「お前が私の何を知っている?」

「さあ? 多分俺は思っているよりもセンセイのことを知らないでしょうけど、それでも俺はセンセイが自分で言うような人間ではないと思いますよ」

「答えになっていないな、要するにどういうことだ」

「俺にとってセンセイは最高の教師ってことですかね」

「っ!?」

 

 予想だにしなかった返答に、胸の内が騒めき出す。自分には相応しくない評価、落ちこぼれの烙印を押され、嘲笑の対象であった自分には。


「冗談は止めろ」

「本心から言っていますが」


 見つめ返してくる九条の瞳は、自分の中に何を映し出しているのか。自分自身ですら未知の領域に、彼の深い深い洞察は入り込んでいる、そう思えてセンセイは自分から視線を逸らした。


 熱っぽい。未確認の衝撃が内から自分を揺さぶっている。喜んでいるのか、嬉しいのか、どうにも心地よい感情が渦を巻いているのだ。


 そこで会話が途切れ、二人は終始無言の散歩を続けたのだった。



(あー!! 小っ恥ずかしい! なんで俺あんな恥ずいこと言っちまったかな! つい思わず思ったことそのまま口に出しちまったが・・・・・・センセイもさっきから何も言わないし・・・・・・どうしたらいいんだ)


 無言だった。 

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