9話 落ちた

 県内屈指の規模に、それに比例する実績を持つ咲敷学園の本校舎。ホームルーム棟とは異なり、移動授業の時など限られた場合にしか生徒が立ち寄らないその場所で、七不思議に挑む学園屈指の有名人たちが一堂に会していた。


「お父様からお二人が学校に来ることは聞いておりましたから、こうして待っていたのですわ」

「わざわざ音楽室でピアノを弾きながらか?」

「それはもちろん、雰囲気を出すためですわ」

「そんなことだろうと思ったよ」


 片や呆れたように、片や悪戯の成功した子供のように笑う二人の側で、分かりやすく胸を撫で下ろすセンセイと風紀さんの姿がある。


「ま、まあうちも気づいてたけどね!」

「苦しい言い訳じゃな」「だまりなさい!」

「紛らわしいことをするわね。不審者かと思ったじゃないの」

「わたくし、お二人は思いっきり叫んでいたと記憶していますわ」

「無駄に強がるから、それ以上は言ってやんな。後々面倒くさいから」


 三人新たに加えて四人となった有名人ズ。百鬼夜行のような不穏な雰囲気を持ったこの集団、実のところ単なる七不思議探検隊。

 一応は高校生と教師である。


「んで、次はどこなんだ? 大体オチは見えてきたからさっさと済ませようぜ」

「次は・・・・・・この階にある女子更衣室よ」

「ラベちゃんですわね」

「ラベだな」

「誰もいないはずの更衣室から、夜な夜な声が聴こえてくるそうよ」

「ラベちゃんですわね」

「確定だな」


 声イコール嬌声。更衣室イコールラベちゃんの等式は証明の必要も無く成り立っていた。

 二回連続での裏切りに風紀さんは、そしてセンセイも平時の調子を取り戻しつつある。


「それにしてもさっきから誰もいないはずの何処どこでってやつしか見てない気がするのは俺だけか。誰だよそんな時間に学校に来ている奴は。何の為に許可ない時間外に校舎に入ることを禁じていると思ってんだ」

「まあまあ、そうかっかしなくともよいじゃありませんの。せっかくの肝試し、楽しまないと損ですわよ」

「趣旨が変わってるじゃねえか」


 短くツッコミを入れて、すぐにたどり着いた更衣室のドアを平然と開いた。どうせラベちゃんだ。


 ・・・・・・・・・・・・。


「いませんわね」

「いないな」

「風紀さん、本当にここであっているの?」

「なんで皆誰かいる前提なのよ!」

「だって更衣室だろ?」

「声がするのですわよね?」

「それなら・・・・・・」


「「「ラベ(ちゃん)しかいないだろ(でしょ)」」」


「前々から思ってたけどなんなのよ! あんたたちのその歪んだ共通認識!!」


 『あんたたち』に教師が含まれていることも忘れて、風紀さんは声を張り上げていた。

 


「しっかしここにきて何もないとそれはそれで拍子抜けするな・・・・・・」

「そうですわね」


 こんな時、余計なものが見えてしまうから彼は彼たる所以だったりする。会長さんの言い放ったその一言に原因も関連性もないはずなのに、何も無かったで事を終わらせられなくなるものが、向かい側にあるホームルーム棟の屋上に。


 人影のようだが、それは薄ぼんやりと青白い光に包まれている。妖精か? いや、それにしては妖精残滓の欠片も感じられない。ならば人なのか? しかし、ではどうしてあんなところに。


 会長さんは自然とそれを凝視していた。そして、それは目の前で堕ちた。墜ちた。オチた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。おちた。・・・・・・落ちた。


 自由落下していくそれに、反応を発することも出来ないでいるうちに、それは植え込みの中に消えていった。音が遠のいていく。


 目を瞬かせて、一息遅れて頭が事態を理解する。        

 それなのに、体へ、関節へ、神経の一本1本に至るまで、指示が出ない。神経伝達物質、知ったことか、そんなものとっくに出ている。それが人体だ。

 なら、何故動かない。足さえピクリともしない。

 もし今見えていたのが妖精だったなら、こんなことにはならなかった。笑い飛ばす余裕があったとに疑いを抱きもしない程度には、彼には自分のことが理解出来ている自信があった。その筈なのに、何故俺の身体は言う事を聞かない?


 死。その単語が脳裏に浮かぶ。

 その刹那、彼を心臓を握りしめられるような衝撃が襲った。ドクンと激しく心臓が跳ねる。


「会長さん?」


 異変に気づいた権力さんの指先が会長さんの頬に触れて、ようやく身体に自由が戻る。

 肉体に正常の時が流れ始めた。


「なんでもない!」

「ちょっ、帝っ!?」


 地面を蹴ってバネ仕掛けのように走り出した会長さんは、脇目もふらず廊下を疾走する。その行先は先程の人影が消えた場所。

 行くな。そう誰がが言った。聞覚えのある声なのに、誰の声かは定かではない。そんなことは気にも止めず、更に加速する。


「急にどうしたのかしら」

「さ、さあ。分かりませんわ」

「と、とにかく、追いかけるわよ!」


 

 首筋を流れる冷や汗の正体は何なのか。

 七不思議を間もなく折り返そうとする中、物語はついに動き始めた。

 


※これはラブコメです。

「って何してるのよ!」

「いえ、こんな紙が落ちていたもので」

「そんなもの放っておきなさいよ!!」

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