2話 妖精

「なあ出て来いよ・・・・・・妖精さんよぉ」


 センセイが出ていった後で、思案顔を厳しいそれに変えた会長は虚空に向けてそう問いかけた。

 決して頭をヤってしまったわけではない。会長は極めて大真面目である。


「こんだけ精霊残滓を残しておいてしらばっくれてくれんなよ・・・・・・なあっ!!」


 反応が無いことにしびれを切らして、あろうことか会長はテレビに蹴りかかる。

 実はそんなつもりはなく、ただのフリ。

 そう、隠れた妖精をおびき寄せるための単なる演技だ。

 だがその瞬間に不可視のベクトルが会長を襲った。かかった。

 身体が一瞬浮き上がって、またストンと重量に引かれて落下する。


「・・・・・・ようやくお出ましか」


 背中を打ったのに平然と、会長は電灯を見上げながら鼻で笑った。起き上がろうとせず、目を凝らして宙を眺めている。

 視界の端に映り込んだのは幽かな光の軌跡。縦横に一貫しない動きで飛び回っている。

 そしてそれは大の字に寝転がる会長の周囲を数週してから眼前で停止した。

 光は徐々に形を変え、やがて人型を作った。

 小さな羽根の生えた二頭身の小型の生き物。人はそれを『妖精』と呼んだ。


『キミはダレ?』


 子供のような高い声で、薄桃色をした妖精はそう問いかけてきた。


「俺は九条帝くじょうつかさ。連合の妖精師だ」

「クジョー?」

「・・・・・・ああ、だけど俺のことは会長と読んでくれよ。そっちの方が慣れてるんだ。妖精さん?」

「カチョ?」

「会長」

「カイチョー?」

「そうだ」


 一先ず攻撃的な妖精でなかったことに胸を撫で下ろす。初見の感想としては大人しい部類に入る。


「それで? お前の名前は何ていうんだ?」

「シェルチェ。ここのシュゴヨウセイをしてるの」

「守護妖精、ね・・・・・・」


 守護妖精・・・・・・憑き神、地域によっては座敷童なんて呼ばれたりもする幸福を運ぶとされる妖精の一種。数ある妖精の中でも珍しく、攻撃能力を有さないものとされる。


 恐らくこの妖精がセンセイの部屋を片付けた張本人正しくは張本妖精?と見て間違いないだろう。


「お前はここで暮らしているのか」

「おマエちがう。シェルチェ」

「分かったよ、シェルチェ・・・・・・それで、何でシェルチェはセンセイの部屋にいるんだ?」

「ボク、ここでうまれた。だからここマモってる」

「呪縛霊とも違うか・・・・・・自然発生いや、生まれるべくして生まれたのか。そうでもなきゃ・・・・・・宿り木さえ何か分かれば話は早いだろうに」

 

 多くの妖精は自然界から発生し、ほとんどは形のない光の玉としてこの世界に存在する。しかし中には何かを触媒、宿り木にして生まれるものもいる。

 宿り木、よくある例としては長い年月を経る間に思念を帯びたものである場合が多い。それによって発生した妖精は、今会長の眼前に漂うこのシェルチェのように人型をとり、会話もできる。


「この部屋を片付けたのもシェルチェなのか?」

「チらかってたから」

「何をしているんだセンセイは・・・・・・」


 センセイのあの様子からして、シェルチェが活動をしたのは今回が初めてなのだろう。そこから遡って予想される発生時期は本当に最近のはずだ。


「ま、俺ができることは何も無いか・・・・・・こいつをゲットするのはセンセイの役目だろ」


 小声の呟きはシェルチェには届かなかったようでこてんと小さく首を傾げている。

 会長は手を伸ばしてその小さな頭を撫でると、短く息を吐いて目を伏せた。


  ★  ☆  ★


「・・・・・・という訳でセンセイにはこの妖精をゲットしてもらいます」

「一ミリも理解が適わないのだけれど!?」


 頭の上に謎の生き物・・・・・・妖精と言うらしいを乗せた会長はごく平然とそう言い放った。

 翌日の早朝にかかってきた、もう大丈夫だからアパートに戻ってきてくれという会長からの電話を受けたセンセイが聞かされたのは、もっと大丈夫ではない事実であった。


「もの分かりが悪いですねぇセンセイは。多分シェルチェが生まれたのもセンセイが『部屋の掃除ができない』からでしょうに」

「んなっ!?」

「シェルチェから色々聞いたんですよ。この妖精の属性は『回帰』。世界をあるべき姿に戻す力を持ったとても希少な属性です。よっぽど汚かったんですね」

「〜〜〜〜っ!」


 顔を羞恥に染め上げたセンセイに、口元を歪めた会長は更に言葉を重ねた。  

 その笑みは雄弁に面白いネタを見つけたと言外に物語っていた。


「そりゃあ驚きますよね、まさか汚部屋がいきなり引越ししたばかりみたいなまっさらになってたんですからね」

「・・・・・・」

「学校では完璧なセンセイも私生活はてんで駄目なんですねぇ」


 バチコーンと、平手が会長の頬を撃ち抜き、あまりのその威力に身体が空中で一回転した。悪ふざけが過ぎたようだ。


「こんな漫画みたいな平手打ちがあるかよ・・・・・・」


 頬をさすりながら顔を上げた先には羞恥と怒気の入り交じった複雑な表情を浮かべたセンセイ。

 痛みをこらえながら、会長はわざとらしく作り笑いを浮かべる。


「それはさておき・・・・・・早くシェルチェをゲットしてあげてください。俺にダメージを与えてもしょうがないでしょう」

「さっきから言ってるけど『ゲット』ってそもそも何なのよ?」

「ゲットはゲットですよ。野性の妖精を弱らせてこの『フェアリークリスタル』通称フェクタを使って捕まえるんですよ」

「また知らない単語がでてきたのだけれど・・・・・・」

「ゲットした妖精は捕まえた人、妖精師だとかトレーナーなんて呼ばれたりもしますが、の言うことを聞くようになります。どうやらこの妖精はセンセイのせいで生まれたようなので、センセイが捕まえるのが道理でしょう?」


 相手の知らない単語をマシンガンのように乱用する、会長の数ある秘技の一つ。自分の世界に閉じこもって相手の選択権を奪う、もう一つの秘技と合わせて相手を自分の流れに乗せる最低のコンボ。


 会長はポケットから取り出した乳白色の手の平サイズの球を強制的にセンセイの手に握らせる。

 これがそのフェアリークリスタルなのだろう。

 

「適当に投げ続けときゃこいつも疲れて捕まりますからまあ頑張ってください」

「こいつちがうシェ、ル、チェ」

「悪い悪い、シェルチェ」

「・・・・・・ではセンセイ、俺もう帰りますんで捕まえたら連絡くださいね」

「え、会長君帰るの?」

「そりゃ当然ですよ。女の人の部屋に男一人そう長居するもんでもありませんし。それにこの制服も着替えたいですしね」

 

 肩をすくめて、会長は嘆息してみせる。

 会長は引き止めようとするセンセイから逃れるようにアパートから駆け出していく。


「なんなのよ・・・・・・」


 遠くなっていく会長の背中を目で追いながら、センセイは頭痛がするのか額に手を当てた。


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