第11話 カガヤ評議員の決断

会見場に一人でいるカガヤ評議員は、虚空を見つめていた。

 クララは、自分の子だ。それも、カガヤ姓を名乗っている

 カガヤ評議員は、3年前に離婚している、原因は、カガヤ評議員が仕事に時間を取られすぎて、家のことを顧みなかったからだ。娘は、夫側に引き取られた。しばらくは、子供の顔を見るために会っていたが、ある日、元夫が、親戚に、養子にしたい人がいるから、いいかと聞いてきた。それから、遠慮して会わなくなり、気がついたら生き別れのようになっていた。


 こうなったら黙っていられない

 直接元夫に連絡し、クララの消息を問いただした。評議員特権を利用して、中性子レーザー光通信を使用した。それで分かったことだが、クララは、元夫の親戚をたらい回しにされた挙句、養護施設に入れられていた。


 こんなことだったら、無理やりにでも親権を取ればよかった

 しかし、離婚当時のカガヤ評議員には、そんな余裕はなかった。会社経営のコンサルタントとして、名前が売れていた彼女は、大きな会社2つの顧問をしていた。そのうえ家庭学習ギルドの理事に押されていたからだ。カガヤ評議員は、家庭より仕事を取った。

 元夫が、今だからと離婚後のことを打ち明けた。

 クララは、離婚後しばらくして「お父さんと母さんが離婚したのはお父さんのせい、別の女の人と一緒にいたかったから」と、当時、浮気をしていて、離婚に傾いたことを言い当て、更に、「女の人は、他の男の人とも会ってるよ」と、言われた。気になって、探偵に依頼すると、その通りで、判った時は、相手の男の苗字が、その女の人の本名になっていた。娘に「お母さんを返して」と、言われ、一緒にいられなくなった。クララが、元夫の親戚に預けられてからも、そんな感じで、気味悪がられ、養護施設に入れられた。

 その養護施設に連絡すると、引き取り手が見つかったから、出したという。不思議なことを言う子だと知っていて尚、受け入れてくれたと言われた。

 相手の素性をよく調べもしないでと、激怒しそうになったが、緊急事態だ。生みの親だと名乗り、消息を聞きだした。引き取り手の素性を調べたが、二転三転して、住所も、本籍まで偽造だと突き止めた。グリーンの話から考えて、今の義父義母は、連れ出し役で、クララは、誘拐犯に渡されてしまった。そしてまさに今ケレスに連れ去られようとしている。

 カガヤ評議員は、居ても立ってもいられなくなった。自分も何か出来る事があるはずだ。外交特権を使うか。いや、無理だ。ケレスがさらった訳ではない。認識もしていなかったら、ただの中傷だ。知っていてもシラを切られるだろう。この事件に関してカガヤは、月代表のバーム評議員の立場としてもクララの保護を最重要事項にできる。クララは、巫女の遺跡に導く案内人の可能性があるとナオミが言っていた。これは、アリスの見立てなので無視できない。巫女の遺跡が発見され、遺跡の権利を主張できれば、金星やケレス連邦のように月は、富んだ星になる。遺跡の物資は、宇宙船の心臓部の部品になるからだ。自分は月代表だ。月の武力を使うか。・・それでは、宇宙戦争の火種になってしまう。やはり、何でも屋、ココロに協力してクララを奪還することから考えよう。カガヤ評議員が思い巡らせているうちに、ナオミ、アリスとの会見の時間になってしまった。


「すいません、ついて来たいって聞かないんです」

 ナオミが謝りながら部屋に入ってきた。ナオミの後ろからジョンが入ってきた。ジョンは、娘を亡くしているとはいえ、何でも屋ココロの当主であるゴウの義理の父に当たる。ジョンが事情を知っていてもおかしくない。カガヤ評議員は、頷くことで、ナオミの謝罪を受け入れた。しかしその後ろから、夏雲評議会議長、そして、ブルクハルト元評議員まで、ぞろぞろと付いて来たのにはあきれた。


「なんですか皆さん」

「その、わしらは、なんじゃ。ナオミちゃんの後見人を気取ろうかなーとお思っての」

 なんだかグダグダなジョンの答えにカガヤは、怒る気が失せて夏雲議長に答弁を求めた。

「夏雲議長、説明してください」

「クララ・カガヤは、おまえさんの娘なのか?そうじゃったら、放っとけんじゃろう」

「娘です。クララのことは、月の代表としても重いものになりました」

「そうか。どうなんじゃナオミちゃん。奪還作戦はどうなっとる」

 夏雲は、元バーム軍地球方面司令官だ。戦略に詳しい。現議長として、政治的にも最良の作戦は、ココロに任せることだと考えている。

「はい、コモドール一味がケレスに入らないと補足出来ない。これは、どうすることもできません。私たちは、グリーンとアランが、ケレス国内でクララの奪還に成功する可能性は高いと考えています。そしてマークがその後の逃走計画をガンゾとつめました。クララちゃんを抱えての逃走は、とても厳しいと、詳細を協議中です」

「どう厳しいのかね」

 ブルクハルトも話に加わる。

「最悪のシナリオだと、ケレス軍が全力で阻止してきます。重力制御を二重にしても、ケレスの足の方が速い。追いつかれるそうです」

 ジョンが、夏雲を見た。

「ウー、わしらで迎えに行くか」

「個人的にか?バーム軍はケレスの制宇圏内じゃと使えんぞ」

「ええじゃないか。スバルを囮にして、わしらは、悠々と脱出じゃ」

「おじ様たちの船では無理です。重力ダンパー室がありません。スピードを上げることが出来ずケレスに捕まるだけです」

「そりゃ、困った」


 夏雲が行き詰る。カガヤ評議委員は不安になった。


「アリスはどうしたんじゃ」と、ジョン。

 そこへ、アリスが入ってきた。

「ガンゾのM78宇宙艇があるわ。カガヤさん遅れてしまって、ごめんなさい」

「モリスでいいわ」

 アリスとカガヤ評議員は、握手して席についた。

「クララは、娘さんでした?」

「ええ・・・」

 アリスは、カガヤの心中を察して、難しい顔になる。

「ガンゾは、10年前から重力ダンパーの技術を持っていたの。ニーナが子供だった時に子供部屋に設置していたわ」

「ガンゾさんもココロの従業員でしたね。では、その船で、迎えに行きましょう」

「それが、ガンゾは、ちょっと気難しい人なんです。ガンゾが話したいそうです。本人と交渉してください。マーク」


 マークは、アリスの後ろから、現れ、自分のブックを差し出して、アリスに渡した。ブックには。コロニーネビラのガンゾが映っていた。


「ガンゾさんねカガヤです」

「カガヤさんか。まあ、マークが持ってきた紅茶を飲んでから話し、しよ」

「一刻を争う事案じゃなくて」

「まだ、一ヶ月ある。紅茶飲んでくれんのなら話しは無しや」


 カガヤ評議員に紅茶が振舞われた。驚いたことに、最初カガヤ評議員は、手を震わせながら紅茶を飲んだ。本人が思っていた以上に自分が追い詰められていたことが分る。


「落ち着いたか。なら質問や。ジョンが言うたように、わしらはスバルを囮にして、クララちゃんを迎えに行く。あんたどうする」

「私も同行します」

「それは、月代表の評議員としてか、それとも母親としてか」

 これが聞きたかったから私を落ち着かせたのね。カガヤ評議員は、ためらわずに答えた。

「母親としてです」

「よう言うた。実行は一ヵ月後や。月の評議員として、ネビラ、見に来てくれるんやろ。まっとるで」

 機嫌のよいガンゾの後ろで、ニーナが頭を下げている。映像は切れた。アリスは、ほっとした。ブルクハルトは、「アウトローは、これだから扱いにくい」と、カガヤに同情する。しかし、ジョンと夏雲は、「ええじゃないか」と、とても嬉しそうな顔でカガヤを見た。ナオミは、マークに寄り添って腕を取り、「よかったー」と、一安心した。

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