第9話 金星のおとぎ話

 ジョン・イーは、部屋の中を行ったりきたりして落ち着かない。夏雲がワシまで落ち着かなくなるとジョンを睨む。

「イー座れ。もうすぐナオミちゃんが来る」

「ブルクハルトのやつが遅れているから、落ち着かんのじゃ。あいつがアイテムを全部もっとるからの」

 アーベル・ブルクハルトは、ドイツ出身。元バーム評議委員で、今は、ジョンのコロニーに居候して、宇宙の宝石研究家を気取っている。


「ナオミちゃんに期待を掛けるな。急に目覚める訳ないぞ」

「相性があるんじゃよ。実際、アリスは、ケレスの、土の遺跡のアイテムと相性いいじゃろ。ナオミちゃんが、ワシの遺跡と相性良かったら話が早い」

「じゃから、まだ、目覚めてなかったら、相性もくそも無いじゃろうと、言うとるんじゃ」


 ジョンと夏雲が言い合っているところに、ブルクハルトが、ジョンの執事の劉天と一緒に来た。結構な荷物を持っている。

「すまない、荷物が荷物だからな。遅くなった。アリスも来るのか」

 二人と違い冷静そのものだ。

「ナオミちゃんだけじゃ」

「そうなのか、だったらここまでアイテムは要らなかったな。ちょっと選んで、効率を上げる」


 ブルクハルトは鞄から、ライトストーンを取り出した。ライトストーンは、魔力のあるものが触ると光りだす。石は全部で7つあるが、その中で一つだけ炎の遺跡のエンブレムが付いている。

「ちょっと待て、それは、オリジナルじゃろ」

「当然だ。オリジナルでなくて、どう、検証する」

「おまえ、旅のはじめから、オリジナルを持って歩いとったんか」

 褒められたと勘違いしたブルクハルトが、更に二つほどアイテムを出した。

「ハハハ、もし、ナオミがライトストーンに反応したら、これをお土産にやろう」

 天然の光燐石と極大の赤いアイソトープを取り出した。光燐石は、宇宙船のバリヤーに使う部品だ。アイソトープは、プラズマエンジンの核となる。どちらも戦艦級の宇宙船に使う部品だ。

「勝手なことを」

 しかしジョンも、ブルクハルトに賛成な様で少し機嫌が直る。


「エナに聞いたことがある。ガンゾに頼めば、これで、キャンプ道具が作れるそうだぞ。アイソトープは着火やライトになるだろ、光燐石は、バリアテントだ。いいアイデアだろう」

「ええな」ジョンも賛成だ。

「おまえら、戦艦の部品をキャンプ道具にするんか」

 夏雲はあきれて喜んでいる二人を見た。遺跡探査で、重要なのは、安全の確保だ。遺跡内で作った安全圏の中での睡眠や、温かい食料は、体力回復の鍵となる。二人は、ナオミを遺跡探査に巻き込む気満々だ。



 ナオミがやってくる時間になった。ナオミは、何とかマークを探して引っ張ってきた。マークは、ゴウに連れられて、ファイターで宇宙に出ようとしていた。ゴウは、昨日の商談相手のところに行くと言って愛機ファイヤーバードで一人出かけた。


「ナオミです。マークも一緒にいいですか」

「ええぞ、入いんなさい」

 ブルクハルトは、劉天に言ってライトストーンをジョンたちが座っているソファから少しはなれた机の上に置かせた。

「夏雲は、分かるかの」

 頷くナオミ。夏雲は、月、地球、金星の同盟組織。合同で宇宙を束ねるバーム評議会の議長。

「こいつは、居候のブルクハルトじゃ」

「ジョンひどいじゃないか。宇宙宝石研究家のブルクハルトです」

 ナオミとマークは、二人と握手した。

「そうじゃ、執事の劉天も紹介するぞ。こいつは、レオコロニーを取り仕切っ取る」

 レオコロニーとは、炎の遺跡がある小惑星フォンファンにあるコロニーのことだ。

「劉天です」

 一通り挨拶したナオミは、ソファに座り、マークと劉天は、ちょっと離れたところにオブザーバー的に座った。


「遺跡のことは知っとるじゃろ。じゃがアイテムのことは、一般に知らせてないんじゃ。ブルクハルト、説明してもらえるかの」


 ブルクハルトは、バーム評議会で一番の切れ者だった。しかし自分の企画したアクエリアスコロニーが消滅した頃から、宇宙の宝石を調べるようになる。同じようにアクエリアスコロニー消滅で失ったエナ。その影響で闇に飲まれたミナを狂ったように探査するジョンを放って置けなくてレオコロニーに居座るようになった。


「遺跡の物は、中性子物質だと習ったろう。これは、全部中性子星から来たと推測している。なぜなら、アイテムのレプリカを作る過程で、何度も中性子爆発を経験しているからなんだ」

 中性子爆発。アクエリアスコロニーもその一つだった。

「中性子星は、太陽系と質量が違いすぎます。そんな物が来たら私たちの世界は崩壊してしまいす」


「その通りだよ。優秀だね。そのような物が、私たちの世界に蔓延している。金星にある『宇宙の宝石』という御伽噺は知っているかい。あれは実話だ」

「少女と、三つの宝石の話がですか」

「そうじゃ太古の金星の少女と三つのアイテムが、遺跡の発端じゃったんじゃ」


「少女は、夢の世界で出会った宝石たちに、虹の雲に触りたいと、言った。三つの宝石は、面白そうだと少女の世界に来て少女と一緒に、空を飛んだとある。この時、ただ、少女の所にこの宝石たちが来たら、大惨事になっていただろうね。金星はもう無いよ。私の仮説を聞いてくれ。少女が夢で見た光の海は、中性子星の、光の海のことだ。遺跡に充満している光燐水という光の水がそれだ。そこで出会った石達は、惑星が中性子化したものだよ。私は、ガイア族と呼んでいる。彼らは意思を持ち、3つの難題を克服して少女のいる金星に来た」


 マークは、金星の御伽噺をよく憶えていない。大体ガイア族って何だよ。地球や火星が意思を持っているということか。と、荒唐無稽なブルクハルトの解釈についていけなくなった。


「それは、高放射線、超重力の克服、それと、時空間移動だ。どれ一つ欠けても、目的は達せられない。少女は彼らの道標だよ。宝石たちは、自分の周りに、バリヤーを張って、有害な放射線を押さえ、反重力で超重量の自分の体重を軽くし、時空間のトンネルを作って金星に来た。そのトンネルを通る過程で、この世界になじむよう調節したんだろうね。後から迷い込んできた者や、光燐水もそうなっているのだから、そうだろう」

 光燐水は、中性子星の海、光る水。


「ええか、ここで重要なのは、アイテムは、意思を持っとるということじゃ。石達に感応する者は、石の能力を引き出せる。おまえさんは、そういう素質があるということじゃ」

「理解できたかな」

「昨日初めて触ったんですが、アイテムが生きているのを感じました。喜んだり悲しんだりすると思います」


 ナオミは、グリーンの浮遊アイテムにツインスターと名付けた。ブルクハルトは、驚いた顔で、ジョンを見た。ここまではっきり、アイテムのことを生きていると言い切ったのは、ナオミが初めてだ。


「理解するというより、もう、感じていたんだね。ここに、君に見せたいアイテムがある。ちょっと触ってみてくれないか」


 ソファの4人は立ち上がり、ライトストーンが置いてある机に集まった。ナオミが触ると、各石とも、いろいろな色で光る。光はしたものの、それ以上の反応は示さなかった。しかし、それだけで、ジョンたちは興奮した。


「おい、ひとつ光らなかったぞ。なんのアイテムじゃ」

 夏雲が、指摘する。

「それは、騎士の石だったかな。一つ一つ名前があるんだよ。全部使うと異空間を作れるはずなんだ」

 ブルクハルトは満足して、劉天やマークにも、こちらに来いと合図する。ナオミは、マークが来て安心した。そして、いつものようにマークの腕をつかんだ。

「この、光らなかった石をよく見てくれ、炎のエンブレムが有るだろう」と、夏雲に説明する。

 マークたちも覗き込みエンブレムを見る。ナオミに見せようとしたブルクハルトから、たまたまマークがこの石を受け取ると、石は白く輝きだし、他の石も同調して輝きだした。たちまち部屋は、海底の中で揺れるような光に包まれた。

「きれい。光の海の中にいるみたい」

 ナオミは単純に喜んだ。ブルクハルトは、「そうか、騎士の石か」と、一人五知する。

「石が反応したんだ。マーク君は、ナオミさんの騎士だね。騎士も御伽噺に出てくるよ。悪いものを退治して、光の海に追いやった。それから、三つの宝石が作った道は閉ざされ、少女しか開けることが出来なくなった。騎士には、アイテムを葬る力があるということかな。興味深い」

「とんでもない。ひどい目にあうだけじゃ。マーク君、おまえさんも気をつけるんじゃ。わしゃ、ひどい目にいっぱいあったでな、なっ、ウー」

「その度に、わしが助けたんじゃぞ」夏雲が、付け足す。

「おう、相棒」

 ジョンと夏雲が、拳をぶつける。どちらもまだ70歳には見えない。ジョンたちは、ナオミに素質があることを喜んだ。ブルクハルトは、帰り際に「ガンゾにキャンプ道具を作ってもらえ」と、お土産を渡した。

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