第8話 ナオミの初仕事

 寺院の接待所には、大勢宿泊者が集まっていた。評議員には、お付の人やセキュリティーの人たちが付いているので自然と人数が増える。当のカガヤ評議員もそこにいた。38歳、金髪で、ショートヘア、白いゆったり目のドレスをローブのように着ている。モリス・カガヤ評議員は、月代表の評議員だ。月のリトル中国出身。元中国籍の多いリトル中国だが、カガヤ議員の先祖は、イギリスだ。現バーム評議会、夏雲議長に心酔している。中国籍の夏雲議長は、バーム軍元地球方面司令官。バーム軍に顔が利き、今や、最も先が見える議長として評判だ。カガヤ評議員は、経営者として高い評価を受けて評議員に押された。アースライトを楽しむ事で有名な優雅な評議員である。


 寺院の食事は質素なものだ。精進料理は、物足りないかもしれないが、郷に入っては郷に従えという諺がある。カガヤ評議員をはじめ、金星のユーナス評議員など全員集まったところで、一礼「いただきます」と、一汁一菜の食事が始まった。ナオミは、ジョンの計らいで、アリスと共に、カガヤ評議員の前で食事をすることになった。


 食事が終わるまで、話しにくい雰囲気の中、カガヤ評議員から話しかけてくれた。


「ここの食事、思ったより美味しいわ」

「有難うございます。これ、全部地元産のものなんですよ」

 アリスが答える。アリスは、この寺院に良くお世話になっている。緊急避難して長逗留したこともある。

「あら、地元の方」

「いいえ、ここで、よくお世話になっている者です。今日からしばらく逗留します」

「寺院に逗留するなんて立派ですわ。お隣のお嬢さんもそうなんですか。学校は、試験の真っ最中じゃなくて」


 カガヤ評議員は、月のみならず地球や火星でも有名な家庭教師組合の理事をしている。月では、最初、学校より家庭学習が発達した。顧客は、ビップな家庭の子息や高額納税者の子息、地球の王族の子息と世界の地位ある家庭と関わっている。


「わたし、15歳なんですが、一般教養過程は、飛び級で、もう卒業したんです」

 地球の学校は、16歳までに一通りの知識を学習機で詰め込む。その後、進みたい進路を選び三年間実地研修をする。人気が有る職種は、そこで、ふるいに掛けられ、本採用となる。宇宙軍などは、そこからアカデミーに入ることになるのだが、優秀な者は、もう宇宙に出る。

「あなたは、地球の子ね。15歳で火星にいるなんて、とても優秀なのね」

「わたしは、就業しようと現場に入りました。今日が初仕事です」

「就職ではなく就業ですか。一体どんなお仕事です」

「何でも屋です」

 カガヤは、知的な顔に意思の強い表情をにじませた。

「私は、家庭教師協会の理事をしています。何でも屋がどんな職業か知っていますよ。体験するのは結構です。普通の人で3年、あなたは、4年もインターンの時期があります。私は、職業変えを勧めます」

 アリスは違う意見だ。

「そうでしょうか、ナオミは『何でも屋』に、向いていると思います」

「あなたもそうなんですか」

「わたしは、遺跡探査です」

「遺跡探査ができる人はごく限られています。あなた、アリスさんね。あなたのことをわたくしが心配することはありません。ナオミさんとおっしゃいましたか。あなたは、まだ若い。わたしの意見も、頭の隅に置いてください」


 親身になって意見してくれる表情だ。アリスとナオミは、カガヤの人となりを知った。ナオミは、クララ・カガヤの話を是非したいと思った。


「私の初仕事の話を聞いていただけますか。今日、初仕事なんです」

「伺いましょ」

 食事もそこそこに、カガヤ評議員は、姿勢を正した。


「月の少女が誘拐されました。ケレスに連れ去られようとしています。彼女は、会った人の、人となりや少し先を見ることができる特殊能力者です。私は、その子を救いたい」


「子供の誘拐?そんな話、月ではありませんよ。何かの間違いではなくて」

「調べてもらえば分かります。名前は、クララ・カガヤといいます。施設に入れられたおりに、母親姓を名乗ったそうです」


 カガヤ評議員は、目を見開いた。月にカガヤ姓など、ほんの一握りしかいない。ましてクララは一人だけだ。カガヤ評議員は、隣に座っている秘書に目配せした。


「詳しく話してください。月の子供なら、私たちに保護する義務があります」

 ナオミは、今、判っている事すべてをカガヤ評議員にぶつけてみた。評議員の表情は、どんどん硬くなり、うつむいた。

「では、クララは、巫女の遺跡に導く案内人の可能性があるのですね」

 母親であると言わず。まず公的立場を表明する。そうしないと体が震えてきそうなのだ。

「分かりました。調べてみましょう。と、言うか、私が調べればすぐ分かります。もし本当にクララ・カガヤなら私の子です」

 カガヤ評議員は、大勢を引き連れて、自室に帰った。


 アリスは、ナオミの手に自分の手を添えてねぎらった。

「初仕事お疲れ様。月との通信タイムラグは、30分あるわ。お昼ごろ、又、評議員と話すことになる。しっかり食べておきなさい」


 ナオミは、食事をちゃんとしていない。肩の力を抜き、やっと朝食になった。


 この話を横で聞いていたもう一人のビップが、アリスをじっと見ていた。金星のユーナス評議員だ。カガヤ評議員が立って空いた席に座り、意を決したようにアリスに話しかけた。


「アリス・バークマン。ユーナスです。お話しするのは、初めてですが、あなたが小さい頃会っています」

 惣次郎・ユーナス評議員が、アリスの前に座ると、後ろに厳つい警備のものがドンと付いてきた。しかし、アリスに敬意を払い畳の上に立つことはしない。アリスは、バークマンだ。

「自分は、あなたに謝罪しなくてはいけない。聞いていただけますか」

 アリスは、ちょっと悲しそうな顔をしたが、さばさばした表情をユーナスに見せた。

「両親が死んだのは、あなたのせいではありません。でも、私も弟も、その経緯が知りたい。弟のアランも赤道オアシスにいます。ユーナス評議員。両親のことを話せますか。あなたは、唯一の生き残りです」


 ユーナスは、ビクッとし。今まで勇次郎・バークマンにしか話した事がない話をする決心をする。勇次郎・バークマンは、2年前に他界していた。


「お話します。カガヤ評議員との会話で、ケレスの名前を聞いたので、なおさらです」

 ユーナス評議員は、金星で水の遺跡の統括管理をしている。真面目で実直な人柄に、仕事の処理能力が加わって今の地位を築いた。当年36歳、アリスの両親と共に17年前、ケレスの土の遺跡探査に出かけ、一人だけ強制送還されて戻ってきた。遺跡探査は、3人一組で行う。ユーナスは、中継のブック担当だった。両親のことはユーナスが報告した。ユーナスの報告では、ケレスが、無理やり契約にない遺跡探査を命じ、死なせたとある。


「アランを呼びます。カガヤ評議員の前にあなたとお話しすることになりそうですね」

 ユーナス評議員は襟を正してうなずいた。アリスに用事が出来、時間が空いたナオミは、ジョンと話すことになる。マークも一緒にいてほしかったが、マークは、ゴウについてどこかに行ってしまった。



遺跡

 現在発見された遺跡は5つ、全部で7つあるといわれている。最初に発見されたのは金星だ。300年前、金星の厚いメタンの大気、濃硫酸の雲の上に浮かんでいる陸地が発見された。そして、その地上に遺跡が発見されたのが、220年前。人類がほしくて仕方なかった宇宙開発技術の一つ、反重力の答えが、この遺跡にあるのではないかと、世界中から、調査団が送られた。地上5000メートルに浮かんでいる陸地は、浮島と呼ばれ各国が競って基地を建設した。しかし、すぐ、濃硫酸の雲に侵食された。


 遺跡が発見され、調査団がいくつも組織されて探査に挑んだが、中に入った者で帰ってくるものがいない。そんな中で、世界が注目した人物がいる。日系2世のアメリカ人、ケイン・坂田だ。坂田は、考古学者が本業だが、アメリカの軍隊に長く所属していた経歴を持つ。数々の遺跡やダンジョンを 世間をあっといわせるギミックを使って解き明かしてきた冒険家である。世界中の有識者が、彼に浮き島のなぞを解き明かしてほしいとラブコールを送っていたが、ロケットみたいな缶詰に長期間滞在できるかと、丁寧に激しく断っていた。

 当時、金星移住局の局長をしていたジョン・カーターは、彼が、無類のギャンブル好きなのを利用して、乗船せざるを得ない状況を作り、更に酔っ払った彼を艦に放り込んだ。これは、各国の諜報機関の異例の共同体制のもとで行われ、一部始終の映像が、報道された。ジョンは、坂田がアメリカ軍にいたときの上司で、頭が上がらない唯一の人物だった。

 ケイン・坂田は、遺跡のなぞを解き明かし、反重力機関の発展に寄与した英雄になる。

 独身だった彼が、15才も年下のエバンジェリン・バークマンと結婚し、初代浮島の市長になったのも、ジョン・カーターが、後ろで画策したのではないかと世間の注目を集めた。実際は、酔っ払って艦橋に寝そべっていた彼を看病したのが、当時12歳だったエバで、パイロットスーツも着ていない彼をほっとけなかったのが、縁だ。エバは、治安維持部の父にお願いして坂田の探索に同行している。

 遺跡で、坂田たちは、はるか昔のアステロイドベルト地帯に魔法惑星があり、金星と姉妹星であったことを知る。浮島のなぞが解き明かされ、反重力機関を手に入れた人類は、木星まで、その版図を広げた。


 アリスは、金星の初代市長、ケイン・坂田の親戚に当たるバークマンのものだ。バークマン家は、今でも金星やビップの警備を生業としている名家である。


 現在発見されている遺跡は、金星の光、水の遺跡。惑星ケレスの土、風の遺跡。島宇宙の小惑星フォンファンにある。炎の遺跡の5つである。遺跡の遺物は、殆ど、中性子物質のみで出来ていることがわかっている。これらの物資は、宇宙船の部品に使え、高値で取引されている。

 更に、特定の人しか使えないアイテムも発見された。ケレスでは、その使用者たちのことを魔女とか魔法使いと言っている。マースウオーで敗戦した火星軍は、惑星ケレスに逃れて、ケレス連邦を建国した。ケレス連邦は、鎖国をしながら、この遺跡商売で、今は、とても裕福で強い国に変貌している。炎の遺跡は少し変わっていて、発見者のジョン・イー個人の持ち物となっている。ジョンは、地球の中国籍。中国の後押しを受けて自立したコロニーを小惑星フォンファンに築いた。金星も遺跡の富を享受し、一家に一台宇宙艇をもつ豊かな惑星だ。しかし、テラホーマに莫大な資金が必要で、早々富んだ国だと胡坐をかいていない。商売熱心な惑星である。

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