3.彷徨うライフ・アンド・デス
第1話
艦長室の椅子に深く腰掛け、ノーラ・レミング少佐からの簡潔なレポートを読んだ少女は、その可憐な見た目に似つかわしくない年季の入ったため息をついた。恐らく、レポートを書いた方もうんざりしているのだろう。几帳面で注意深い彼女にしては珍しく、誤字が三か所もあった。
物憂げな表情を浮かべた少女、テレサ・テスタロッサは、読み終わったレポートを机に置くと、温くなったコーヒーを飲み干す。
あの順安事件から、約三か月が経った。
あれから〈ミスリル〉は、〈アマルガム〉の壊滅を西太平洋戦隊の最重要目標とし、ガウルンから得た情報を元に数々の作戦行動を実施してきた。当然、当初は何かしらの罠ではと警戒を強めていたが、結果としてガウルンのもたらした情報に嘘は無かった。
特に、〈A21〉というテロ組織を壊滅させたことは大きな収穫であった。この〈A21〉に、〈アマルガム〉は規格外のラムダ・ドライバ搭載型ASを提供していたことが分かり、その専属パイロットをいち早く捕獲し、パイロット不在の状態でASを無力化することが出来たのだ。もしそのASが、〈A21〉の計画通りテロ行為に用いられていたらと思うと、今でも背筋が凍る。
だが一方で、一向に前に進まないものもあった。ガウルンの乗っていたラムダ・ドライバ搭載型AS、通称〈コダール〉のパイロット選定である。
ノーラ達研究チームの調査によって、どうやら〈コダール〉はガウルンの言う通り、パイロットを限定しないことが分かった。
少々専門的な話をすれば、〈アーバレスト〉はパイロットの脳波パターンを登録し、機体の疑似神経ネットワークにトレースすることで、パイロットの分身のような存在となるため、既に宗介以外のパイロットを認めなくなっている。しかし、〈コダール〉はそうではなく、汎用性のある機体ということだ。〈コダール〉は、使い勝手は良いのかもしれないが、その分TAROS――ラムダ・ドライバを司るシステム――との交感は浅くなり、ラムダ・ドライバの威力そのものは〈アーバレスト〉に比べ劣るはず……というのがテッサの見解だ。
ともかく問題は、その〈コダール〉が汎用性のある機体であるにも関わらず、未だ〈トゥアハー・デ・ダナン〉のメンバーに、ラムダ・ドライバの発動に成功した者がいないということだ。
先程テッサが読んでいた、ノーラからのレポートの内容を要約するとこうだ。
『今日は十六回目の〈コダール〉搭乗実験を行った。宗介を除くSRT全員が、パイロットを二周経験したが、未だ成功者はゼロ』
〈コダール〉の搭乗実験は、一周目は宗介が初めてラムダ・ドライバを発動した時と同じシチュエーションでのトライアル、二周目は実戦を想定した模擬戦闘訓練を行っていたが、いずれも成果を挙げられていない。
こうなると、残された手はぶっつけ本番の実戦投入しかないのだが、ラムダ・ドライバ搭載機を無尽蔵に製造できるであろう〈アマルガム〉と異なり、〈ミスリル〉にとっては希少な機体である。いきなりの実戦投入は、慎重にならざるを得ない。
ここ最近頭を離れない悩みに、体が糖分不足を訴えかける。確かチョコレートが残っていなかったか……と棚を開け、見慣れない菓子のパッケージを発見した。一瞬間を置いて、それが随分前にクルツから貰った日本の土産であったことを思い出す。チョコレートでコーティングされたクッキーが、紅茶と良く合いそうだ。
(折角だから、サガラさんを呼んでティータイムにでもしようかしら……)
そんな考えが、ふとテッサの脳裏をよぎる。そして、マオや土産をくれたクルツではなく、何故か真っ先に宗介の名が浮かんだことに、思わず赤面する。
(に、日本のお菓子だから、サガラさんのことが思い浮かんだって、別に、全く、これっぽっちも不思議じゃないです。他意なんてないですよ、ええ)
脳内でそう自分に言い訳をしつつ、テッサは菓子を手に取ったまま、暫く葛藤していた。しかし、やがて意を決したようにPHSを取り出すと、緊張した面持ちでひどくゆっくりとダイヤルし始める。
『もしもし。サガラです』
三コール目で出た宗介の声に、心臓がどきりと跳ねる。一呼吸置いてから、テッサはPHSへ話しかけた。
「私です。急にごめんなさい、サガラさん」
『いえ。どうされました?』
「あの、大した用事ではないんですけど。た、たまたま日本のお菓子がありまして、良かったらご一緒にどうですか、という……お誘い、です」
最後は自分でも聞き取れないほどの消え入りそうな声だったが、用件は伝わったらしい。一拍置いてから、
『では、お言葉に甘えます』
と返事があった。
艦長室にいることを伝えると、沈黙を恐れるようにそそくさと通話を切る。それから慌てて散らかったデスクを片付け、テーブルにティーセットを用意する。
さっとリップを引き直した所でドアベルが鳴る。何とか準備は間に合った。
「ど、どうぞ」
ドアが開くと、きゅっと口を引き結んだ宗介が立っていた。いつにも増してむっつりとした表情に見えるのは、気のせいだろうか。
「失礼します」
入室した宗介の背後で、ドアが静かに閉まる。テッサは手伝いを申し出る宗介を強引にソファに座らせると、電気ポットで湯を沸かしながら、間を持たせるように口を開いた。
「サガラさん、甘いものはお好きですか?」
「はい、自分から食べることはあまりありませんが、好きです。特に日本の菓子などは」
「そうなんですか?」
「カロリーメイト、という菓子があるのですが、美味です。エネルギー変換効率も高く、日持ちもします。もし私が補給部隊にいたら、〈ミスリル〉のレーションはカロリーメイトにするかもしれません」
「あら、そこまで言われたら気になります。今度取り寄せてみようかしら」
「でしたら、自分が手配しましょう。ちょうどストックが無くなりそうでしたので」
何気なく振った話題が思ったよりも弾み、緊張が解けていく。それは宗介も同じだったようで、二人とも自然な笑みがこぼれる。
宗介の友達宣言から二か月以上が経ったが、お互い業務に忙殺される日々が続き、これまで二人でゆっくりと過ごす時間が取れなかった。結局、宗介の敬語に関しても、無理に禁止してもどうも会話がぎこちなくなるので、少しずつ慣らしていこうということで、宗介のペースに任せてある。
だが、一つだけ、ほんのわずかな……いや、この二人にとっては大きな進展があった。
「サガラさんは、コーヒーが良いですか?」
「いえ、たい……。テ、テッサと、同じもので」
「は、はいっ。分かりました……」
少なくとも二人の時は、『テッサ』と呼ぶというのが、唯一の取り決めだった。だが、そもそも二人きりになる時間などほとんど無かったため、宗介がテッサと呼ぶのは久しぶりだ。ようやく解けた緊張感が再び舞い戻り、二人は同時に視線を彷徨わせる。
電気ポットから湯気が立ち、沸騰完了の音が鳴ったので、テッサが二人分の紅茶を入れる。宗介の対面に座り、カップを口に運ぶ宗介をそっと盗み見ながら、テッサも静かに紅茶を含む。
それから暫く、他愛ない会話を続けた。最近の〈アル〉の調子や、互いが〈ミスリル〉入隊以降どのように歩んできたかなど、話題は尽きなかった。特に、宗介がマオやクルツと初めて会った時の話は興味深く、ついつい聞き入ってしまい、気付けばカップに残った紅茶がすっかり冷めていた。
テッサは思う。こんな風に穏やかな気持ちで時間を過ごすのは、いつぶりだろう、と。
宗介も、同じ気持ちでいてくれるだろうか。折角の休みを無駄にしたとは思っていないだろうか?
宗介の気持ちが知りたい。けれど、知るのが怖い。
矛盾する思考を振り払うように、テッサはわざとらしく音を立てて手を合わせた。
「いけない、もうこんな時間ですね。そろそろ仕事に戻らないと」
「すみません、喋り過ぎたようです」
「とんでもないです。私こそ、サガラさんとお話してるのが楽しくって……長く引き留めすぎちゃいました」
「……そのようなことは、初めて言われました。自分は、口下手なので」
宗介が顔を逸らし、頬をかく。その耳が赤く見えるのは、きっと気のせいではない。
宗介の見せる様々な表情を、新しく知る度に、胸が締め付けられる。あと五分だけ、一緒にいても、罰は当たらないだろうか。せめて、この冷たい紅茶を飲み干すまで。
だが、そんなテッサの願いを無情にかき消すように、艦長室の電話が鳴った。まるで母親に悪さが見つかった子どものように、焦る気持ちを抑えながら電話に出る。
「はい、私です」
電話の主はカリーニンだった。マデューカスではないことに、何故か少しだけほっとしたが、この男が直接かけてくるということは、何か重大な用事に違いなかった。
「はい。ええ……。――――え?」
果たして、カリーニンの告げた出来事は、テッサの予想を遥かに上回るものだった。その事実に頭が真っ白になり、危うく受話器を取り落としそうになる。
テッサのただならぬ様子を察した宗介は、静かに部屋を出ようとする。だが、宗介の動きをテッサが手で制した。
「もちろんです、許可します。まずはゴールドベリ大尉に連絡を。私もこれから向かいます」
早口でそう言うと、テッサが受話器を置いた。その手が小刻みに震えているのを見て、宗介が駆け寄る。
「どうされました」
「サ、サガラさん……」
そのテッサの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
「ヤンさんが…………生きてました」
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