ⅩⅩ 神々の闘い(2)

「くっ……」


 ……ギィィィーン! ……ギィィィーン…! と響き続ける不快な金属音。


「どうしたの? もう鞭遊びには飽きちゃった?」


 多節鞭を杖に変えて打撃を受けとめながらも、防戦一方になるメルウト。


 そして、執拗に繰り出される多条鞭の波状攻撃を、ついに防ぎ切れない時がやってくる。


「きゃあっ…!」


 バシィィィィィーン…! と一際大きな音を立て、セクメトの左上腕部に金属の綱が打ちつけられたその瞬間、メルウトの身体にも同じ部位に激しい痛みが走る……それは前回、アメン神官団の兵の攻撃を受けた時の比ではない。


 イレト・ラーと自らのアクを接続させているその操縦者は、ラーの眼イレト・ラーが受けた損傷と同じ痛みを自身の肉体にも感じる……即ち、その受ける攻撃が強力であればあるほど、操縦者は耐えがたい苦痛を感じることとなるのだ。


「痛っっ……」


 傷ついたセクメトの装甲板と同じように、幾筋もの蚯蚓腫れが赤く浮かび上がったその左腕を押さえながら、メルウトは激痛に顔を歪める。


「アハハハハハ! あたしはまだ受けたことないけど、ラーの眼イレト・ラーの傷の痛みって、どんな感じなのかしらねえ!」


 それでもなお、テフヌトの攻撃は止まらない。アルセトは狂喜の笑みをその美しい顔に浮かべ、まるで相手を弄ぶかのように多条鞭を振るい続ける。


「うあぁっ…!」


  ……バシィィィーン! ……バシィィィーン…! と響き渡る、鞭と杖との衝突音ともまた違った金属の音……。


 痛みに気を取られ、セクメトの動きに隙を作ってしまったメルウトの身体をさらに激痛が続け様に襲う。


「くっ…!」


 それでも耐え難い痛みをなんとか堪え、メルウトは再び杖で多条鞭を防ごうとするが、その何回かは受け止めることができず、またもやバシィィィーン…! と、セクメトとメルウトの身体に痛みと傷を負わせた。


「あなた、元神官だって話だけど、どうやら〝棒の踊り〟や〝ムーの踊り〟を習ったことはないみたいね。そんなんじゃ、ムーの踊りの曲芸はおろか、格闘技の訓練まで受けたこのあたしに敵いっこないわ!」


 美しかった金色に輝くその巨体も、今や無数の傷が刻み付けられた無残な姿となっているセクメトを眺め、アルセトは優越感にひたりながら愉しそうに嘯いた。


「よし! いいぞ! そのまま叩き潰せ!」


 そんな二体の攻防をじっと見守っていたウセルエンは、アルセトの優勢に歓喜の声を上げる。


「し、師匠っ! このままじゃメルちゃんが……」


「うむ……」


 一方、ウベンとジェフティメスは、沈痛な面持ちでボロボロになったセクメトの巨体を見上げている。


 ……ギィィィーン! ……ギィィィーン…! と辛くも銀色の多条鞭を黄金の杖で受け止める音。


「……ううっ……このままじゃ、やられる……」


 なおも敵の攻撃に晒されながら、命の危機さえ感じ始めていたその時、またしてもあの声がメルウトの頭に響く……。


〝燃やせ……聖なる炎で敵を燃やし尽くせ!〟


「炎? ……そうか、あれを使えと言うのね!」


 メルウトはその声に従い、自身の額に意識を集中させる……すると、セクメトの頭上に赤い太陽円盤のような高エネルギー場が形成され、前頭部に付いた聖なる蛇――ウラエウスの口からゴオォゥゥゥ…! と高熱の炎が勢いよく吐き出された。


「うっ…!」


 思わぬ攻撃に、余裕の態度を見せていたテフヌトは真正面から炎を食らう。咄嗟に両腕で顔を覆うアルセトであったが、その熱さに後方へとテフヌトを飛び退かせざるを得ない。


「…ハァ……ハァ……」


 ようやく収まった敵の攻撃に、メルウトは一時ではあるが安堵の息を吐いた。


 見ると、灼熱の炎をまともに浴びて、テフヌトの装甲板はあちらこちらが赤く焼けている。また、それと同時にジェド柱室内で玉座に座るアルセトの身も、その頬や腕に所々火傷を負っていた。


「…くっ……小娘のくせにやってくれたわね……このあたしの顔に火傷を負わせるなんて、いい度胸してんじゃないのさっ!」


〝ウラエウスを使え……〟


 美しい顔を傷つけられ、怒り心頭のアルセトに、テフヌトの戦闘本能活性化システムが冷たい女の声でそう伝えてくる。


「ええ。言われなくてもそうするつもりよ! この火傷、百倍にして返してあげるわ!」


 その声に、要らぬお世話とばかりに叫ぶアルセトも、額に意識を集中させてテフヌトの頭上に白光の高エネルギー場を視覚化させるや、ウラエウスの口からセクメト目がけて眩い熱線を放射した。


 ただし、それはセクメトのような火炎ではなく、何百何千という細かい無数の線に分かれた白い光の束である。


「きゃあぁぁぁぁーっ…!」


 広範囲に拡散する光のシャワーは回避するのが非常に困難である。しかも、そのような攻撃をしてくるとはまったくの想定外だったために、メルウトは逃げる間もなく、その降り注ぐ高熱の雨をセクメトともどももろに浴びた。


「つっ…!」


 その光の一本一本は極々細い、威力もあまり高くはないものであるが、それを100や200と食らうとなると、こうむるダメージは馬鹿にできない。


 光線を浴びた黄金の身体はあちこちが焼け焦げ、メルウトの肉体も同じ部位に細かな火傷を負う。


「な、なんだ! 今のは⁉」


 見たこともないテフヌトのその武器を前に、ウベンは目を丸くして叫ぶ。


「拡散する熱を帯びた光線……なるほどの。あれがテフヌトのウラエウスか……」


 対してジェフティメスは、こんな時ではあるが知的好奇心をその眼差しに宿し、興味深げに敵機の能力を観察して呟く。


「な、なんだ、ありゃあ……?」


「あんなお力を持ってるだなんて……なんと恐ろしい女神さまなんだ」


「やっぱりあれは、神話に出てくるラーの眼イレト・ラーの女神さまに違えねえ……」


 他の聴衆達の間にも、初めて見るラー人の超古代兵器にざわざわとどよめきが沸き起こっているが、それがいったいどのような物であるのかを、真に理解できている者はジェフティメス達以外にはいないであろう。


「さあ、どんどんいくわよ!」


 そんな人々の度肝を抜く未知なる武器を、アルセトは躊躇することなく、セクメトに向けて続け様に発射する。


「ハッ…!」


 再び電流が走るウラエウスと、その上に現れる白光円盤に気づいたメルウトは、セクメトを横に跳ばして逃げようとするが、やはり広範囲を覆うその光のシャワーをすべて避け切ることはできない。


 セクメトは左脚の装甲を白光に焼かれ、痛みを覚えるメルウトとともに体勢を崩す。


「くうっ……きゃああっ…!」


 さらに隙を見せたセクメト目がけ、間髪入れずにアルセトは多条鞭をバシィィィーン…! と叩きつける。


 防御が間に合わず、頭部を庇うように上げたその左腕を幾筋もの金属の綱が削った。

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