第16話 悲しみの救い 後編
夢幻のまち
菫が人里に戻ると人里は人々の不安の声が行き渡っていた。何事かと思い、話を聞いてみると空に大きな黒い球体が出現しているのことだ。菫は死神の言葉を思い返す。
「死神の奴、そういや夢幻のまちに魂を閉じ込めたとか言ってやがったな」
人間世界などの他世界に被害をださないためだろう。夢幻のまちやら了の正体やらで驚いてこの事が頭からすっぽ抜けてたぜ。一応アサキシの奴に話に言った方が良いか。しかしなあどうなることやら。
菫はこの事件に対して少しの不安を抱えながら管理所に向かった。
―――
了が飛び込んだ先は夜空に輝く星々の様に多くの魂が漂った闇の世界だった。そんな闇の世界の中心に白装束に手足が見えない様包帯を巻いた女性の形をした魂、いわゆる幽霊が佇んでいた。
女幽霊は了が来たことを感じ威圧的な声で問うた。
「貴様何者だ」
「私の名は了。 夢幻のまちから今回の騒動を治めに来た者だ」
「そうか、ならば私も名乗ろう私の名は切花。救われなかった者たち代表者なり。神仏に深い悲しみを与える者でもある」
「救われなかった?何を言っている」
了は困惑する。了の言葉に切花は悲しみの表情になり、そして怒りを込めた声で言い返す。
「そうだ!生前神仏祈り助けを乞うたが救われず死んだのが私だ。そしてこの場に漂う魂は私の感情に同調し力を貸してくれている」
「そうなのか…だけどあんたは罪も無く善の魂だ。死後の安息があっただろう。なぜ怒りを持つ」
「そういうことではないッ!!!」
「じゃあ一体なんだ」
「お前の言う通り、私も死後魂だけの存在となり閻魔に裁かれ、私は天の国極楽浄土行ける分かり喜んだ。が同時に深い悲しみが私を襲った」
「深い悲しみだと」
了は困惑していた。地獄に行くことで悲しむのは分かるが天の国極楽浄土に行くことでなぜ悲しむ必要があるのか分からないからだ。
「おうとも、悲しみの始まりは私が生きていた頃かもしれんな。私は生前重い病に罹っていた。そのせいで人々から差別され、疎んじられ生きていた。されども悪行は行わなかった。どこにも居場所が無くても理不尽な目にあってもだ。なぜなら何時かこの苦しい生活から、神仏が救ってくださると信じてたからだ。何処か幻想だと分かっていても救いが欲しかった…」
切花はどこか遠い目をしている。恐らく生きていたときはよほど苦しみだったのだろう。
「だが私は救われず死んだ。誰にも看取られず、悲しまれずになぁ」
「…」
「そして、魂だけとなり高位の存在いわゆる神仏の存在が、幻想でないことが分かった。そして先に言った通り裁かれ、天の国極楽浄土に行けるが深い悲しみがおそった。 悲しみとはなあ…幻想でなく確かな存在だったのなら、なぜ生前に救ってくだされなかったのか、それなんだ。なぜ、なぜ…私の疑問はやがて神仏に対して失望と怒りを生んだ」
切花は辺りを浮遊する魂に目を向ける。
「私の思いに同調してくれた魂もおりそのおかげで力を得た。またあとじと名乗る不可思議な女がエルカードなる力を私に渡した」
「あとじに会っているのか」
「奴は私の思いに同調したわけではなさそうだが、力が手に入った奴の考えなどはどうでもいい。神仏に悲しみを与えるためにはな」
「…神仏など高位の存在は気軽に現世に干渉してはならない」
声を絞り出すかのように答える了。しかし切花は問いかける。
「圧倒的理不尽に見舞われ、救いを求める物がいてもか?」
「それは…」
「なら貴様に見せてやろう多くの苦しみと悲しみをなあ!!!」
切花の言葉に、突如漂う魂が光を放ち、闇の世界を塗り替えていく。
「何をする気だ!?」
「黙ってみているがいい!私たちが受けた大理不尽を見たければなあ」
魂の光は閉じ込められた世界を塗り替えていく。そして了を魂たちの記憶の世界へ、いざなう。
―――
「ここは…どこだ!?」
了がいたのは何処かの収容施設である。内装は汚れ不衛生だった。そんな中に多くの人がいた。人々の顔は暗く絶望が支配していた。人々は了達には気づいていない。了の隣には切花がいた。
「ここは、ある人々を差別し迫害しやがて死にいざなう施設だ!」
「何!?」
助けなくては!!
そう思い、了が人々に声をかけるがまるで聞こえていなかった。こちらの存在が認知されてない様子である。切花は悲しげに了に話す。
「無駄だ。これはある魂が映し出してる記憶の世界だ。干渉する事はできない。もう終わったことだ」
「そんな!!!」
了は人々の顔を見る。何もかにも疲れ果てている顔だった。切花は叫ぶ。
「それだけではない!!」
叫びと共に、世界は再び変わりゆく・・・
「今度は何!?」
了はあたりを見渡す。先ほどとは違い広く明るい外だったしかし、了達の周りには大勢の死体があった。頭を砕かれた者、首を斬られた者、どれもこれもが無惨な状態だった。切花は話す。
「この場は人が持つ優越感や他者を見下したい思いが引き起こしたものだ・・・」
了はどこからか悲鳴が聞こえ、すぐさま向かう。目の前には親子と思しき者が武器をもった者に殺されようとする瞬間だ。
「やめろおおお!!!」
了は親子を庇うように立ちふさがるが武器は了の体をすり抜け、親子の命を奪った。切花は了に近づき、言葉を発する。
「無駄だといったはずだ!!この世界は記憶の世界、救うことはできん!!」
「ああそんな、そんな」
了の足元に血が広がる。さっきまで命だったものが消えたことを意味していた。
「この場においても神仏は助けなかった。救わなかった!!」
「なにか…何か理由が…」
「次の世界いいいい!!!」
切花の泣いていた。叫びと共に世界は変わる・・・
「次は夢幻のまち、貴様の世界だ!!!」
「なんだって…」
夢幻のまちに同じようなことが … 了の心に絶望が押し寄せる。
世界が変わる …
了達がいたのは何処かの村だ。何の変哲のない村だった。了は安どした。しかし、次の瞬間には大きな爆発音に光と熱が全てを奪った。辺りに残されたものは多くの死者、黒く焼きただれた人々。先ほどまでの村は消えていた。あるのは苦痛の声だけだった。
了は辺りを走り回り、何とか被害を免れた別の村を発見した。その村に多くの者たちが避難していた。無事な者もいたが皮膚がただれた者、四肢のいづれかを失った者、やがて来る死を待つ者たちが居た。この夢幻のまちで今後の生活は苦しくなるのは目に見えていた。
「これでも救いはなかった」
「もう十分だ!!」
「まだあるぞ。謀略によって命を奪われたもの。人により奈落に落とされた者・・・神仏はなぜこれほどの多くの絶望や悲しみがありながら助けなかった」
「それは…人や自然が起こしたものだから…神仏は干渉できない。与えられるのは死後の安息だけだ…」
「これまで見てきた者に言えるかな?生きることはできない、神仏は助けないとな」
「それは…」
「全てを救えぬ者は要らない!!そんな存在は、まやかしはッ滅びよ!!!」
世界は元居た闇の空間に戻る。了は浮遊する魂に目をやる。
ここに漂う魂はみなそうなのか・・・悲しみの中で死んでいった者たちなのか。
「さあ先ほどの記憶の世界をみても私の行動はおかしいと思うか、止めようとするか」
「…あんたの行動で多くの無関係な者が傷つくかもしれない。それでもやるのか?」
「そうだ。私の怒りは抑えられん」
「そうだな…そうだよな」
了は沈痛な面持ちである。
「…私はあんたを止める」
「何だと!!」
「あんたの気持ちは怒りは確かに伝わった…だけども今あんたがやろうとしているのは、八つ当たりでもあるんだ…」
「貴様!!!!」
「だけど怒りや悲しみは分かる。だからこそあんたを止めなきゃいけないんだ」
「大した思いも無い存在が!!!!」
「そうだ私にはない。だけど…あんたの怒りも悲しみも知った。だから私が全て受け止める」
「ほざけ!!!!」
切花はエルカードを取り出し発動した。
<ハート> 感情を力に変える。
そして漂う魂が切花の手に集まり大剣と変化する。
「受け止めるだといいだろう!!良い覚悟だ!!死んで後悔するだけだがなあッ!!!!」
「後悔はしない!!!」
<オーガ><グリフォン><ドラゴン>三枚同時発動した。切花の力がそれほどまでに強力と判断したからだ。
「喰らえや!!!!!」
切花は大剣を振るい閉じ込められている空間ごと了は切断しようと襲い掛かる。了は防御するがあまりの力に吹き飛ばされる。そして二人を閉じ込めてた空間は切花の余りの力によって破壊され、二人は夢幻のまちの空に現れる。
「さあ、まだまだこれからだ!!!」
大剣を掲げる。すると青い炎が現れた。炎が夢幻のまちを照らす。
「この炎は魂の炎だあ!!」
そして了に向け再び大剣を振るった。炎は矢の形になり了を襲う。
「オラッ!!」
了は大量の水弾を発射し炎を消そうとするが炎の勢いは衰えず了を貫いた。カードを使用し人外の力を得たことにより、大火傷で済んだ。しかし痛みで絶叫してしまう。
「ギゃあああ!!!!」
「痛いだろ苦しいだろう。それが我々が受けたものだ!!!分かったならここから引け!!!」
「わかったぜ…だからあんたを止める」
「愚かな!!!」
切花は大剣を掲げ了に急接近してくる。了も剣を構える。剣と大剣はぶつかり合い鍔迫り合いの状態になる。
「貧弱!!」
「グウゥ!!」
切花の力が了の力を上回っていた。了は鍔迫り合いから逃れようと後方へ回避しようと判断する。しかし、切花の力が襲う。
「ハアアアアア」
「何っ!!」
了の剣は叩き切られ、切花は大剣を槍へと変化させ了の喉元に突き刺す。
「ギゃアアアアアアアアア」
了はあまりの痛みに絶叫する。切花はそれを見て顔をしかめる。
「貴様は本来私の敵ではないのだ。これで勘弁してやる。引け」
「い‥やあだ」
「何」
了は槍を掴み引き抜く。掴んだ手は炎に焼かれ骨が見えていた。
「ここで逃げたら、あんたは神仏に歯向かう罪人になってしまう。それだけは避けなくてはならない。 …あんたは元々計り知れない悲しみでそうなってしまった被害者だ。だから私は私のやり方であんたを止めるし世界も守る」
「…バカが」
切花は槍から再び大剣に変える。了の掴んだ手は刃によって切り裂かれる。
<アイアン>
了は今使用してる力を解除せず4枚目を発動した。それによりより体に負担がかかる。しかし出血は少しは抑えられた。
「ウオおおおお」
了は切花を掴み空高く投げる。それだけだった。不可解な行動に切花は困惑した。
「なぜ先ほどから攻撃を行わない」
「…あんたを止めに来ただけだからさ」
「強がりを」
「今私が受けている苦しみなんて、あんたたちが受けた苦しみに比べたら、何て事はない」
了がこうも切花に向かうのは彼女も幻想存在であるからだ。
切花は了を見据える。
了の顔は炎によって焼けただれ、のどには穴が開き、体も大きく負傷し、切り裂かれた手は歪な形になっている。その上エルカードの4枚同時使用による負担は耐えがたいものだった。
「死ぬのが怖いはずだ」
「怖いさ…でもあんたの悲しみも受けた痛みも少しでも分かりたい…あんたを」
「もういい…次で終わりだ」
切花は距離を取り大剣を天に掲げる。大剣から今で以上の炎が噴き出て、炎の柱となる。炎は空を焦がすほどの勢いだ。
「…これを受け止めきれるか、私の私たちの全力だ」
「私の答えは決まっている」
「そうかなら、行くぞ!!」
大剣は了に向かって振り下ろされた。炎柱が了を襲う。了はそれを受け止める。少しの時が経ち炎は止んだ。
「…」
切花の前に片腕片足を焼失し顔は頭蓋骨が少し見やるほど焼けただれ、背の翼は黒く焦げ付き不格好になっている了がいた。それでも切花の前に立っていた。
「…もういいのか」
「ああ、もういい。すまないな」
「気にすんなよ、私がやりたくてやっただけさ」
「ありがとう。私たちの怒りを悲しみを受け止めてくれて」
切花の力が次第に弱まっていく。切花に力を貸していた魂も切花と気持ちは同じだ。了と切花の対話は終わった。その時だった。
「おいおい白けますね、こんなんじゃねぇ」
「!!」
「!!」
了と切花はその声に聞き覚えがあった。その声の主は。
「あとじ…」
「ええそうですよ。切花さん。貴方に用がありましてきましたあ」
「何の用だ」
「あなた神仏に仇名したくなかったんですか。ここで諦めるんですか」
「ああ、私の気持ちを了は受け止めてくれた」
「そうですか、なーら」
あとじは切花に向かいエルカードを投げつけ発動した。
<リミットオーバー> 自身を犠牲にし限界以上の力を出す。
<バーサーク> 精神を暴走させ、力を向上させる。
「何ィ!?ガアああッ!!!」
切花はエルカードの力を加えられたことにより、今発動している<ハート>を含め3枚のエルカードの負担が襲う。了はあとじの凶行に驚き睨みつける。
「何をするんだ!!」
「何をって私がしたいことをするんですよ」
「何を言っている!?」
「私も了と同じでこの世界に関わるうちに気付いたんですよお。可能性とは混乱の中から生まれ、悲しみから生まれ、狂気から生まれます」
「何を言いたい!!」
「つまりですねえ…騒ぎが起きるのはとっても楽しい!!てことですね」
「お前-!!!苦しんでるんだぞ!!」
了は切花を見る。切花は強力な力を得た反動により魂の根幹である自我を失いつつあった。
「あらら、大変ですねぇ。それではまた」
「まて!!!」
了はあとじを追いかけようとするがエルカードを使われ逃げられた。
「クソ…切花」
「了…私が私で無くなっていく」
切花の目から涙がこぼれた。
「今助けてやる!!!」
了は手を掲げ、念じる。すると透明なエルカードが現れた。そして何も迷わず、
「発動せよ!」
<エンド> すべてに対して終わりを与える。
優しい光が全てを飲み込んだ。
―――
了と切花は草原に横たわっていた。切花が目覚め、隣に居る了に声をかける。
「ここは…了!」
「無事だったか…切花」
了は生きていた。そのことに切花は喜び、そして気づく。
「そうか…助けられたのか。私は」
切花の呟きに了は答えない。切花は了に顔を向け、感謝の言葉を告げた。
「了…助けてくれてありがとう…」
「構わないさ…」
言葉を告げると、切花は光となって天に昇った。
「穏やかにな…」
了は呟き、眠る様に、気絶した。
その後倒れている了を菫が発見し、すぐさま診療所に連れて行った。了の怪我や失った手足は<エンド>のエルカードを使ったおかげで無くなっていた。しかし疲労があり少し入院することになった。
了はベッドの上で新聞を読んでいた。記事の内容は大量に湧き出した魂が居なくなったと書かれていた。死神のゆげんもやってきて今回の騒動の解決に対し感謝と切花達の魂は罪なく天の国極楽浄土へ行けたことを伝えた。すべてが丸く収まり了は胸をなで下ろした。
「さてご飯でも食べるかな」
了は診療所の食事が気に入っていた。前に入院した時に食べてとても美味しかったからだ。了は置いてある食器に手をつけて食べようとする。
「…何をしようとしたんだ?」
了は自分がなぜ食べる行為をしていたのか疑問に思い、食べるのをやめた。
<エンド>のエルカードの代償により人間性の一つである食事を失ったことに気づき少しだけ悲しくなった。だけど使ったことには後悔はなかった。今はただ<エンド>の力を使いなお、人間性の多くが自分に残っていることに安堵した。
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