encientia～神の聖戦～

第6話 作戦

「……俺、あいつらに協力するぜ」

　翌、早朝。思いがけないルオの言葉に、エスティは顔を洗う手を止めた。昨日の様子から、なんとなく彼だけは最後まで反対するような気がしていたのだ。

「だが、今はお前に雇われてる身だからな。許可を取りに来た」

「雇うっつってもなぁ……そっちが勝手についてきてるだけじゃねーか。オレ、金も払ってねぇし」

　無造作にタオルをつかみ、それで顔を拭きながらエスティはぞんざいに答えた。だが、タオルから顔をあげるとにっと笑って一言付け足す。

「ま、どのみちオレたちも協力させてもらうけどな」

　今度はルオが驚愕に目を見開いた。この無謀な反乱に協力しようどと思う奇特な人物などいないと思っていたからだ。信じられない、という顔をするルオに、一応エスティは理由を説明した。

「オレはスティンの人間じゃないが、この国の人たちがセルティに殺されるのを黙って見てるのはごめんだ。守れるなら守りたい」

「お前……、いいヤツだな!!」

　ルオは感極まったように、ルオがエスティの背中をバンバンと叩く。

「力加減を考えろ、馬鹿」

　むせて激しく咳き込みながらエスティが文句を言うが、豪快に笑うルオには届かない。

「で、どうするつもりなんだ？」

　苦痛に耐えるエスティの様子などお構いなしで、ルオが尋ねる。

「……それを今から考えるところだ」

　ようやく咳は収まったものの、仏頂面でエスティは答えた。だが考えあぐねているというのが正直なところで、協力すると言ってもエスティ達はルクテ達の計画を知らない。

　信用を得られずに軟禁されているような状態では、反乱に協力するからと情報を求めても無駄なことだろう。

「計画を知りたいか？」

　見透かしたようなルオの言葉に、エスティは怪訝な表情を見せた。

「そんなこと、オレ達に漏らしていいのか？」

「あいつらを守ってくれるんだろ？　それに、俺もお前らの方で動くつもりだ」

　またもルオが意外な事を述べる。スティンの人間である彼は、スティンの民と共に動くものだとばかりエスティは思っていた。

「そもそも俺はこんなことには反対なんだ。が、あいつらは聞く耳もたねぇ。まあ今の暮らしもギリギリで後がねぇんだろうが……。けど俺も手をこまねいて見てるのは御免だし、俺一人暴れてどうにかなるもんでもねぇだろ。正直兄ちゃんたちが手を貸してくれるっつーのに、本気で感謝してる」

　心底有り難そうに、ルオ。向こうの計画がわかるというのは、エスティにとっても有り難かった。守ると言っても、情報がなければ後手に回る。それは犠牲を増やすことに繋がる。

「そういうことなら、早速対策を立てよう」

　表情を引き締めて、エスティは足早に部屋に向かった。

　それからすぐ後、宿の一室に、リューン、シレア、アルフェス、ルオ、そしてエスティ自身の五人が一同に会した。それぞれの顔へ視線を移しながら、開口一番、ルオが述べる。

「決行は、明日だ」

「明日!?」

　急な展開にシレアは思わず叫んだが、驚いているのは彼女だけで、他の面子は冷静だった。

「まあ、自分達の暮らしもままならない状態で、オレ達をそう長い間軟禁しておくとも思えないしな」

　黒髪をかきあげ、椅子に身を預けながらエスティが呟く。

「で、どういった計画なんだ？」

「スティン王に会うために、城下で騒ぎを起こす。それで城の警備を減らして乗り込み、王を捜すんだとよ」

「典型的な陽動作戦だな。無謀にも程がある」

「そう？」

　頭を押さえたエスティに、リューンが腕組みしながら反論する。

「セルティ兵に訴えたところで話を聞くわけないし、殲滅できるわけもない。ぼくはてっきり一人でも多くのセルティ兵を道連れにとかいう話かと思ってた。……そんなの腐るほど見てきたし」

　ぼそりと付け足された最後の一言に、エスティが「確かにな」と、胸糞悪そうに目を背ける。

　リューンの言葉を肯定するように頷いて、今度はアルフェスが声を上げた。

「スティンの現国王陛下といえば、賢王と名高いお方だ。民の信頼も厚い。王にさえ声を届けられれば救いがあると、民がそう考えても不思議じゃない」

「こんな状況で、まだ王を信じてるってのは釈然としねぇがな……」

「それだけ民の心を掴んでいたということだろう。また、他に縋るべきところもない。民の剣であり盾である騎士団がないのであれば」

　よほど王が気に入らないのか、ルオが舌打ちをして俯く。普段飄々としているこの男らしくないなとエスティは彼を一瞥したが、口には出さなかった。

「……とにかく、それならこちらも二手に分かれるしかないな。騒ぎを起こす方も城に突入する方も、どちらも無事に済むとは思えない」

「どういう風に分けるの？」

　シレアが言葉を挟み、エスティは口元に手を当て、しばし考え込んだ。ややあって顔を上げる。

「アルフェス、ルオ、城下を頼めるだろうか。派手に暴れてもらえれば、それだけ城を手薄にできる」

「つまりおびき出せるだけおびき出して片付けちまおうってことか」

　ルオが簡潔にまとめ、エスティが頷く。アルフェスを見やると、彼も了承の頷きを見せた。

「じゃあ、オレとリューンで王城の方へ行く」

「あたしは？」

　ごく当たり前の疑問を――シレアがぶつけてくる。

「お前には別の仕事がある」

　シレアへと視線を移すと、彼女は少し不服そうな顔をしていた。名前が上がらなかったので、留守番だと思っているのだろう。

　エスティは立ち上がると、シレアの方へ歩み寄った。

「ランドエバーへ行って援軍を頼んできてくれ。このままじゃセルティ軍による一方的な虐殺が始まる」

「でも、レアノルトにも騎士を派遣してるのに、ランドエバーだってもう余力がないんじゃ……」

「距離的にも戦力的にもランドエバーしかないんだ。ダメ元だ、断られたら大人しく帰ってこい」

　困ったように、シレアはアルフェスをちらりと見上げた。

「姫も元老院も隣国の民が虐殺されるのを見捨ててはおけないだろう。……少し待ってくれ」

　そう言うと、彼は部屋に備え付けてあるペンを取り、紙片に何事かを書き付けた。

「これをエレンに。取り合ってもらえないようなら僕の名前を出して構わない」

　それを受け取ってもまだ、シレアから不服気な表情は抜けきらなかった。一人別行動を取らされることが不満なのだろう。仕方なくエスティは口を開いた。

「……お前にはボードがあるだろ。今出れば明日までに戻って来られるかもな」

　そう付け加えると、ようやく彼女の顔から不満が消えた。

「そっか！　うん、わかった」

　顔を輝かせて、シレアが元気良く了承の返事をする。

「じゃあ早速行ってくるっ!!」

　言うなりシレアはボードに飛び乗った。蒼い光が零れて、慌ててエスティが窓を全開にする。

「いってきまーす！」

　バシュウッ、と軽快な音と気楽な声を残し、蒼い光が尾を引いて、彼女の姿はあっという間に見えなくなった。

「……あのペースで、ランドエバーまで持つのかよ」

　誰もが唖然と彼女が飛んでいった方を見る中、エスティのぼやきが部屋に落ちた。