第14話 闇に還る

 ラルフィリエルとルオが同時に地を蹴った。二人の剣が黒獅子を捉え、セレシア達への追随を阻む。


 だがシレアが駆け寄ったそのときには、すでに血の気を失ったエルザスは娘達に覆いかぶさる様に倒れ、事切れていた。



「う……おおおおおッ!!!」


 言葉にならない叫びをあげて、ラルフィリエルは黒き獅子へと斬りかかった。襲いかかる巨大な爪をかいくぐり、閃く彼女の剣が徐々に獅子を追い詰める。時折、獅子の元に力が集束していったが、それは力として具現する前に銀の風に阻まれた。そのまま攻め続けたラルフィリエルの剣がようやく獅子の体に致命傷を刻むと、突風が起こるほどに激しく獅子が吠えた。


 致命傷は負わせたが、状況が有利になったかといえば一概にそうも言えなかった。手負いの獣が最も厄介なのである。猛り狂う獅子の爪が掠り、ラルフィリエルの白い肌を裂く。だがそんなことに気を取られている暇はなかった。次の瞬間には、大きく開いた顎がラルフィリエルの眼前に迫っている。

 ラルフィリエルを飲み込もうと開かれた巨大な顎に、ルオが剣を差し入れる。牙と刃が触れて、ガギン、と固い音がラルフィリエルの耳を打った。すかさず高く跳躍した彼女が、獅子の額目掛けて刃を突き立てる。剣から手を離し、ラルフィリエルが着地すると、獅子の体はどう、と地面に沈んだ。大きくひとつ息をつくと、ラルフィリエルは乱れた髪を撫でつけ、獅子へと近づいた。


「我が内で永遠の監獄に眠れ」


 唄うように呟いて、ラルフィリエルの白い手が獅子に触れる。その途端に、獅子は黒き粒子へと分散され、光の尾を引いてラルフィリエルの中へ消えた。がしゃんと呆気ないほど軽い音を立て、二本の剣が地面に落ちた。ルオがそれを拾い、ラルフィリエルもまた自分の剣に手を伸ばした。だが――


「リューンッ!!」


 エスティの叫びにはっとして、弾かれたように剣を掴むとラルフィリエルは即座に踵を返した。声の方に駆け寄ると、倒れたリューンをエスティが支え起こしていた。


「動かすな!」


 出血を見て、ラルフィリエルが鋭く言叫ぶ。


「止血を」


 言うなり、ラルフィリエルが回復呪リザレクトスペルを発動させる。エスティもすぐに止血を始めた。


「……何故……私を庇ったりした」


 回復の光の中で、ラルフィリエルが細く問う。目を伏せているリューンは意識がないように見えたが、思いの他しっかりした声を返してきた。


「怪我は、なかった?」


 リューンが手を伸ばし、ラルフィリエルの頬に触れる。びく、とラルフィリエルは体を震わせた。目を開けて、リューンが微笑む。


「お前が傷付くのは、二度と見たくないよ」


 彼が紡いだ言葉に。

 双眸を大きく見開き、ラルフィリエルはリューンを見つめた。光が消える。


(あなたは、誰)


 さっきも言えなかった言葉は、やはり声にはできなかった。きっとそれを知ってもどうにもならない。

 穏やかなリューンの瞳から目を逸らし、ラルフィリエルは立ち上がった。指令は遂行した。行かねばならない。


「行くのか」


 エスティの言葉にラルフィリエルは頷いた。


「色々世話になったな。だが、次は――」

「敵同士、っていうんだろ」


 彼女の言葉を、エスティが先回りする。


「……何故お前ほどの者が帝国に従う?」


 さらに問うが、やはり彼女は何も答えてはこなかった。かわりに長い髪を流れるような仕草で後ろに払い、寂しそうに目を細めただけ。


「また、お前を殺せなかった。だが、いずれ必ず。せいぜい覚悟しておけ」


 殺意のこもらない声で呟くと、彼女は消えた。

 銀の風の後には、闇だけが残った。

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