第20話 予感

 エスティ達の姿が完全に見えなくなってしまってからも、アルフェスとミルディンの二人はその場に立ち尽くしたままだった。

 彼らの消えて行った城下の向こうを見つめながら、ミルディンがふと呟く。


 「良いのですか、アルフェス。本当は、彼らと行きたかったのではないですか?」


 アルフェスに問うておきながら、だがそれは他ならぬ彼女自身の思いであった。

 暴走の危険を秘めた、恐ろしき秘宝――エインシェンティア。それを集めているというセルティ帝国。

 今自分たちの周りで、想像もつかないような恐ろしいことが起きようとしているのではないか。


 そして――それを、人知れず防ぐ者たち。


 自分は、この国の全てを見ていた筈だった。だけどそれは所詮ちっぽけな世界だった。この国を守ったところで、世界を守らねば意味などない。

 その為に、自分にも何かできることがありそうなのにとミルディンは思う。そしてそれ以上に、自分などよりも力を持つアルフェスなら、もっと彼らの力になれそうなのにと。

 だがアルフェスはあっさりと首を横に振った。


 「私の務めは、姫を守ることですから」


 務めだから?


 ミルディンは何とかその言葉を飲み込んだ。そんなことは、言っても仕方のないことだ。彼を困らせるだけ。寂しさを押し隠しながら、ミルディンは無理に笑みを作った。

 「いいのよ、別に。もう父上も母上もいないのだから、無理に務めを果たさずとも」

 「私が」


 ミルディンの言葉を遮るようにして、アルフェスが口を開く。


 「目を離すと、姫はすぐ無茶をされる。……あの時のような思いは、私はもう御免ですよ」

 「……」


 彼が聖域での一件のことを言っているとわかり、ミルディンは顔を赤らめた。そして、嘆息する。


 「わたしが王女じゃなければ、あなたに迷惑をかけずにすむのに……」


 今まで殺してきた思いが零れる。

 王女であることはミルディンの誇りだった。――だがそれと同時に、ずっと疎んじてきたものでもある。

 そんな彼女の呟きを、しかしアルフェスは笑って受け流した。


 「貴方が王女であってもなくても、私は貴方を守りますよ。そしてそれは私の意志です――迷惑などである筈がない」


 驚いたような顔で振り返ったミルディンに、騎士は穏やかに、優しく微笑みかけた。そして軽く頭を下げ、城内へと去る。彼が行ってしまってからも、ミルディンはしばらくそのまま立ち尽くしていたが、


 「…………よしっ」


 気合を入れるようにそう言うと、王城へと力強く歩き出した。

 その瞳に、強い意志を燃やして。


 

 * * *




 王座の上で、彼は少し身じろぎした。


 それは、さして珍しいことでもない。だだっ広い謁見の間で大半を過していれば、退屈もする。

 透視の魔法で戦況を視たり、そこからちょっかいをかけたり、エインシェンティアの制御を奪い、暴発させたり――そうやって退屈を凌ぐのにも飽きてきた。だが――


 今は違う。今はもう退屈ではなかった。


 むしろ、彼はたのしんでいた。唇が、笑みを模る。

 そして、実際に彼は笑った。はずみで、長い銀の髪が揺れる。


 愉しい。愉しくて仕方ない。


 己の国の軍勢にも、どんな劣勢にも決して屈しなかったランドエバーも、手塩にかけた将軍に果敢にも――どちらかといえば、彼は無謀にもと思っていたが――立ち向かいそして尚今も生き延びている『ランドエバーの守護神』とやらも、彼をそこそこには愉しませてくれた。


「だが、彼らが更なる愉しみを呼び寄せてくれようとはな」


 独白と共に、彼は立ち上がった。

 紫水晶アメシストのごときの瞳を細め、遠くを見る目つきで彼は嘯く。


「失われし古代呪、デリート・スペルを操る少年――せいぜい私を愉しませてくれ」


 ぞっとするような、凍りつく笑みと共に。

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