第15話 小休止

 風を切って翔ぶ。

 古代では珍しくもなかったという話だが、『飛翔呪フライト・スペル』が失われた現代ではどだい無理な話だ。

 ――だが。


「いいですね、それ」


 昼を回ったぐらいで、歩き詰めであった四人は小休止を取っていた。

 リューンのことがあるからだろうか、エスティが無口だったためになんとなく重い空気になり、歩いている間は口にできなかったそれをミルディンが言う。その視線は、当然シレアの持つボードにあった。


「気持ちよさそう」


 なおも感嘆の声を漏らす彼女に、シレアはエヘ、と笑いかけた。


「エスが作ったのよ」


 ボードの背にちょこんと乗り、ふわふわと浮きながら、シレア。


「オレ、自分用に作ったんだけどな。どうも体重制限がキツイんだ」


 ようやくいつもの調子が出てきたようで、エスティも口を開く。


「だから、あたしが貰ったの。……王女様、乗って見ます?」


 その場をくるくると飛び回っていたシレアだが、言うなりひょいとボードから飛び降りた。途端にボードは失速し、地面に落ちる。

 小さな鳥のようなボード――羽は単なる飾りなのだが――を、シレアはミルディンに差し出した。ミルディンはしばしそれをためつすがめつしていたが、


「乗ってもいい?」


 シレアが頷くのを見て、そっと上に乗る。


「どうすればいいの?」

「魔力を出すの。魔法使うときの、精霊と意思を疎通させるときみたいに」

「こう……かしら?」


 シレアの説明にミルディンが答え、戸惑いながらもミルディンが呟くと同時に、ふわりとボードが浮く。


「きゃあ!」


 シレアが飛ばしていたときよりもずっと高く浮き上がり、ミルディンは思わず悲鳴を上げた。


「王女様、魔力出しすぎーーーッ!!」


 慌ててシレアが叫ぶが、時既に遅い。

 案の定バランスを崩したミルディンがボードから落ちる。ボードの浮力は知れたものだが、それでも二階ほどの高さはあり、エスティやアルフェスならなんでもないがミルディンだとそうはいかない。

 シレアやエスティは肝を冷やしたが、落下したミルディンは難なくアルフェスに受け止められた。ほっと息をつきつつ、遅れて落ちてきたボードをエスティがキャッチする。


「大丈夫ですか、姫」


 呆れ半分のアルフェスにうなずきながら、ミルディンが赤面しながら地面に降りる。「失敗しちゃったわ」、と彼女は冗談めかしてペロリと舌を出したが、シレアは彼女に駆け寄ると涙声を上げた。


「王女様、大丈夫? ごめんなさい、わたしがちゃんと説明しなかったから……」

「大丈夫よ。わたしこそ心配かけちゃった。今度、また教えてね」


 色々な意味で今度が来るのかどうかはわからなかったが、シレアは表情を一転させ、満面の笑みでうなずいた。


「それにしても、君は凄いな。あんな物を作れるなんて」

「ああ、別に仕組みはたいしたことないんだ。術者が与える魔力を本体内部でエネルギーに変換して……」


 エスティとアルフェスが話し込みだすと、ミルディンはシレアの服の袖を引いた。


「……? なあに、王女さま」

「ねえ、シレアちゃん。わたしのこと『王女様』なんて呼ばなくていいのよ。わたし、両親からはミラって呼ばれてたの。だから、シレアちゃんにもそう呼んで欲しい」


 懇願にも似た彼女の言葉に、だがシレアは戸惑いの表情を浮かべた。天真爛漫なシレアとは言え、さすがに一国の王女を呼び捨てに――しかも愛称で――するのは気が引ける。


「でも」

「いいの。わたし、シレアちゃんみたいなお友達がずっと欲しかったの。ずっと城内で育ったから年の近い女の子って、周りにいなくて。だから、ね、お願い。わたしシレアちゃんとお友達になりたい」


 しばしシレアは「うーん」と考え込んでいたが、やがて顔を上げた。


「わかったわ。でもミラもあたしのこと、シレアちゃんじゃなくてシレアって呼んでね? あたし、これでも十七歳よ」


 自分を指してそういうシレアを見て、ミルディンは少し驚いた表情を見せた。そんな仕草がとても十七には見えなかったからだ。だが、すぐにクスリと笑う。


「だったらおなじ歳ね。ごめんなさい、わかったわシレア」


 顔を見合わせ、微笑む。願いが叶って満足げに笑いながら、ミルディンは言葉を続けた。


「シレア、あなたは良い人ね。エスティさんや、リューンさんも」

「そお? でも、なーに突然」

「おかげでセルティ軍を退けることができたし……それに、リューンさんにはいっぱい励ましてもらったの。色んなことを教わったわ。とっても感謝してる」


 話がリューンに及ぶと、シレアはとても嬉しそうに何度もうなずいた。


「妹のあたしが言うのもなんだけど、お兄ちゃんってとても優しいのよ。あたしの自慢なの。あたし、お兄ちゃんが大好き!」


 ぱあっと、最上級の笑みを浮かべるシレアに、ミルディンは羨望の眼差しを向けた。


「……羨ましいわ。わたし、一人っ子だから」


 すると、意味深な表情を浮かべて彼女はぐぐっと間をつめてきた。間近で見つめられてミルディンがぱちぱちと目を瞬かせる。


「でも、ミラにはアルフェスさんがいるじゃない。いいなあ、あんなカッコイイ騎士様が恋人で」

「こっ」


 ニワトリのような声を出したミルディンを、シレアが不思議そうに眺める。


「恋人なんかじゃないわ……! 彼は……私の側近で、我が国の近衛騎士隊長。それだけよ」


 吐き捨てるくらいにきっぱりと言った。


「……そうなの? てっきり、そうだと思ってたのに。じゃあミラ、恋人はいないの?」

「いないわ」

「でもでも、好きな人とかは、いるでしょ??」


 食い下がるシレアに、ミラは苦笑した。


「……いないわ」

「じゃあっ、初恋はっ!?」


 それでもシレアは諦めない。観念してミルディンは答えを返した。


「……幼馴染かな」

「おさななじみ?」


 復唱するシレアに、ミルディンがはにかんだ笑みを見せる。


「私が、もっともっと小さい頃……父上のご友人の息子さんで、よく城にいらしてた」

「ふーん」


 シレアはまだ何か尋ねたいようだったが、ミルディンがそれを遮る。


「この話の続きは、また今度、ね」


 シレアの手を取り、笑う。だがふいに真顔に戻り、エスティ達にも聞こえるように言った。


「さあ、そろそろ行きましょうか。聖域まであと少しよ」

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