第14話 出立と葛藤

 

 * * *


 ――何があろうと、動揺しない。


 彼女はそれを誇りにしていた。事実、彼女の鉄壁の美貌に、感情と思しきものが見られることは今まで無かった。


 感情は、要らなかった。情けや躊躇など、戦の邪魔にしかならないからだ。だから、いつも感情を殺していた。少なくとも、そうするようにしていた。迷うことなどない筈だった。

 それが、上辺だけだとしても――

 本音に気付いてはいけないのだ。


(私が、迷っているなんて)


 先日戦った精神魔法士マインドソーサラーに言われたことが頭をよぎる。


(……嘘だ。考えちゃいけない。そんなことを考えていては、戦えない)


 思考を振り払うように彼女は――カオスロードは、歩く速度を速めた。

 そう、歩いている。

 走るのは、好きではない。戦い以外で走ることは、逃げることだ。


(走りたい)


 この廊下――皇帝の謁見の間へと続く廊下――を通る度、彼女はそう思った。

 だから、走ることは好きではなかった。

 広い、ホールの中央……黒い床の上に、紅い絨毯が通路のように敷かれ、その先に玉座が有り、そこにが居る。


「只今戻りました。ランドエバー城下、及び城内に、古代秘宝は探知できませんでし――」

「――無様、だったな。見ていたぞ」


 言葉半ばで遮られ、カオスロードの表情が凍った。

 足が震えるのを感じる。


「迷いだと? マインドソーサラーごときに負けるなど」


 地の底から響いてくるようなその声に、彼女は戦慄した。そんな彼女に構わず彼は立ち上がるとゆっくりと近づいてくる。

 彼女には、成す術もない。

 目と鼻の先まで接近して、彼は止まった。無造作に手を伸ばし、それを彼女の顎にかけ、くいと持ち上げる。自分と同じ、紫水晶の瞳と視線がぶつかり、カオスロードは震えた。彼の前では、プライドさえ意味が無い。


「まあ、致し方ないか。お前はまだ、不完全だ」


 嘯くと、その手を伸ばしたときと同じように、無造作に離す。


「――ランドエバーの古代秘宝は、城より東北、神竜の聖域だ。次は今回のような無様な敗退は許さん」

「……は、次は、必ず」


 声は、震えなかった。


 どんなときでも、どのような指令でも、受諾する。それは何時如何なるときでも共通事項だから。


 * * *


「遅くなってごめんなさい」


 白いローブで全身を覆った王女が、小走りにかけてくる。

 城下町の門前。

 間を置かず、騎士アルフェスも、姿を現した。


「すまない、城を抜けるのに手間取った」


 既にエスティもリューンも待ち合わせ場所のそこに居たが、一人、姿が見えない。


「シレアちゃんは……」


 気付いたミルディンが、名を口にした、そのとき。


「おまたせぇぇぇぇぇ!!」


 バシュウという騒音と、町の人のどよめきと、軽快な声とともに、奇妙なボードに乗ったシレアが騒々しく姿を現した。ボードは地から浮いており、蒼い軌跡を残しながらこちら目掛けて直進してくる。

 エスティがうんざりした顔をし、リューンが片手で顔を押さえる。


「……お前、忘れ物って、ソレだったのか……」

「だって、日没まで歩くなんて死んじゃうし! 昨日これで王女様の様子外から見てたら色々あって、そのまま忘れてきちゃって!! なかったらどうしようかと思った~!


 呻いたエスティに、ボードから飛び降りたシレアが嬉しそうに叫ぶ。

 金属製のボードには二対のウィングがあり、羽が生えた卵のような形状である。シレアが降りると、ボードの後ろから出ていた蒼い光はたちまちスッと立ち消えた。


「……色々?」


 シレアの言葉の一箇所を聞きとがめたアルフェスが半眼でミルディンを見たが、


「これ、なんですか? すごいですね!! 翔べるの!?」


 それに気付いてかどうかは定かではないが、彼女自身の言葉で流された。


「これはねぇ、エスが作ってくれた……」

「とりあえず、出発しようぜ。日没には着きたい。どうせ歩くんだから話は道々だ」


 いつものようにエスティがシレアの頭を押さえようとするが、紙一重でシレアがそれをかわす。


「へへーんだ。いつもやられてると思ったら大間違いなんだから! いこ、お兄ちゃん!」


 リューンの腕を掴む。そこで彼女は、兄の様子がいつもと違うことに初めて気付いた。


「……お兄ちゃん?」


 心配の色を讃えた瞳で見上げる。少しの間彼はそんな妹を見つめていたが、意を決したようにエスティを見た。


「ごめん。エス。ぼく、やっぱり行けない」

「え」


 その言葉に、エスティやシレアだけでなく、ミルディンやアルフェスまでも驚いたような表情をした。


「何で……」

「ごめん。ここで、帰りを待つよ」

 

 エスティが問うが、リューンは目を背けたまま理由を答えることはなかった。その様子は取りつく島もなく、エスティが目つきを鋭くする。だが、

 

「……わかったよ。今度はお兄ちゃんがお留守番だね。待っててね!」


 エスティが何かを言う前に、シレアが明るく応じていた。そんなやりとりを見て、アルフェスとミルディンも顔を見合わせ、それぞれ声を上げる。


「僕らとしては、君が残ってくれるなら心強いよ」

「ええ。どうか、城をお願いします」


 三人がそう言ったのは、リューンの表情があまりに悲痛だったからだ。

 無論エスティも、それに気が付いていないわけはない。また、シレアたちが助け船を出すので、問い詰めるような空気でもなくなってしまった。恐らくシレアも意図的にそうしたのだろう。


「……わかった。留守を頼む」


 それ以外に言えることがなくなって、エスティは踵を返した。他の三人もそれを追う。

 遠ざかっていく四つの影をしばらく見つめてから、やがてリューンは彼らとは反対方向へと歩き出した。


「心の乱れたマインドソーサラーは、戦えない」


 自分にしか聞こえない、小さな呟きを置いて。

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