不幸の鏡

@hikage

不幸の鏡

これは遠い昔、とある国にあった鏡の話。


その鏡は「不幸の鏡」と呼ばれていた。

その名のとおり、その鏡を持っている者には不幸が訪れる。


しかし元から不幸を呼ぶ鏡だったわけではない。

形は丸く、簡単な装飾が施された、ごく一般的な鏡。

事実、作られた当初はその役割を果たしていた。


きっかけは、たまたま鏡を引き取った男性の心臓発作。

すぐに対処したおかげで大事には至らなかった。

持病や発作の経験が無い事、鏡を買ったタイミングから

男性はその鏡が何か悪いモノを連れてきたのではないかと勘繰った。

気味が悪くなった男性は、すぐに鏡を別の人に売った。


ただこれで終わることはなく、新しく引き取った人間にも不幸が起こった。

そして再び手放され、また引き取られ、不幸が起こり、また手放される。

その繰り返しだった。


偶然起きた出来事から始まった、人々の、鏡に対する不信。

それが募り、巡り、いつしか鏡自身もその負の思いに呑まれた。

こうして「不幸の鏡」が生まれた。


鏡は思った。


「もう、かつてのように人々の役に立つことはできない。

 僕が普通の鏡に戻ることはないのだろう。


 ここがどこだかわからない。

 どれだけの間、放置されているのかも覚えていない。


 だけど、これでいい。これなら誰も、不幸にならない」


そんな鏡の前に、1人の男性が現れた。

薄い鎧をまとい、肩から鞄を下げていた。腰には剣を携えている。


鏡は久しぶりに人間に会えたことを喜んだ。

それと同時にその出会いを否定したかった。

出会うということはその人の不幸につながるから。


「伝えたい。僕に関わってはいけないと」


鏡はそう願った。しかし分かっていた。

心で願ったところで目の前にいる相手には伝わらない事を。


男性は鏡にむかってゆっくり手を伸ばす。

鏡を手に取ると、少し寂しそうにつぶやいた。


「そうか……君は辛い経験をしてきたんだな」


鏡はたいそう驚いた。

自分の言葉が分かる人間が現れるとは思わなかったから。

言葉が通じるならばと、鏡はある事を強く願った。


男性は驚いた表情を見せた後、強く頷いた。

腰にあった剣を引き抜き、しっかりと構える。

いちど深呼吸をすると、剣を振りおろした。


次の瞬間、鏡はパリンと甲高い音とともに散った。



男性は剣を鞘に収めると、かつて鏡だったものに深く頭を下げた。

そしてそのカケラを1つ拾い、ポケットに入れた。

もう、声は聞こえなかった。去り際、男性はこう言い残した。


「鏡よ。私はこの欠片について聞かれるたびに答えよう。心優しき者の、決意した証だと」


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