切り札《ジョーカー》はこの手の中に
四葉くらめ
切り札《ジョーカー》はこの手の中に
「待ちくたびれたわ」
扉を開けると一人の少女が立っていた。
その姿の後ろには紅の色を発する太陽が刻一刻と姿を消し始めていて、まるでそれで世界が終わってしまうかのような錯覚をさせられる。
少女の顔は逆光になっていてあまりよくは見えない。
けど、
「何を笑っている?」
彼女が笑っているのは、分かった。
「嬉しいから」
「嬉しい?」
「嬉しいわ。もう嬉しくて嬉しくて、仕方が無いくらいに嬉しいの。
どれだけ待ちわびたと思っているの? ヒカルを倒すのをずっと待っていた。
どう? 綺麗な夕日でしょう?
こんなところで倒してあげるんだから、感謝して欲しいわね」
「久しぶりの再会だってのに、酷い事を言ってくれるじゃねぇか。もう少し仲良くお喋りでもしたかったんだがな」
「あら、仲良く戦いましょうよ? ヒカルもその為に来たんでしょ?
私を倒しに、来たんでしょ?」
ああ、そうだ。
そうだよ。
幼馴染同士で戦わなくちゃいけないってのは辛いけどな。
でも、きっとそういう運命の廻り合わせなんだ。
もちろん運命に流されるとかいうのは好きじゃないが――
「俺は、お前を倒す為にここに来た」
「私は、貴方を倒す為にここにいた」
いつまでも話していても仕方が無い。
俺としては世間話も沢山したいところだが、そうも言ってはいられない。
「行くぜ! ミナト。お前をボッコボコにしてやんよ!」
「それは私のセリフよ! ヒカル」
『
まずは最初にデッキから引いた五枚のカードを見る。
カルタート、セクティア、リッパー、そして、メアリが二枚。
「行くぜ、俺のターン! ソードナイト・セクティアを場に出しカードを一枚ドロー。ターンエンドだ」
このゲームは名を『ジョーカーエレメンツ』と言う。今では誰でも知っているカードゲームだ。
しかし、真の
ルールは実に単純で交互に相手が出したカードよりも強いカードを出していくというもの。カードを出したら手札が五枚になるまでデッキからカードを補充し、デッキと手札のカードを全て出し終えたら勝利となる。
カードの強さは全部で13段階で、最も弱いのがトリアル、逆に最も強いカードはアルティマだ。
またそれとは別に、オールマイティーとして使える
もし、相手のカードより強いカードが手札に無かったり、取っておきたい場合はパスをすることができる。
パスをするとフィールドはリセットされ、前のフィールドで最後に出した方からカードを出すことができるのだ。
リセットしたカードは墓地へ行き、一度出したカードを回収する事は出来ない。
また、このゲームには強さの他に属性という物が存在する。ソードナイト、フレイル、ウィズハート、トレジャーの四つだ。これらは相互に強弱は存在しないが重要なのは縦の繋がりである。
「じゃあ私のターン。ソードナイト・リッパーを出して、固有
リッパーの能力によってこの場は強さが反転する。つまり今度はリッパーよりも弱いカードを出さなければならないのだ。今の俺の手札だと最初からあったカルタートと、さっき引いたオクティアがそれに当たる……が。
「ちっ、パスだ」
出す事はできない。
ここで効いてくるのが属性による
自分が相手の出したカードと同じ属性、あるいは連続する強さのカードを出した場合、
今の例だと俺のソードナイト・セクティアに対し、ミナトはソードナイト・リッパーを出してきたため、次もソードナイトの属性を持ったカードを出さなければならない。
俺のカルタートとオクティアは強さ的には条件に合っているが、属性がそれぞれウィズハートとフレイルだったので出せないのだ。
これで俺はパスをしたため、フィールドはリセットされ、ミナトが
「フィールドリセット! 私のターン、トリアルを二枚出してターンエンドよ」
同じカードなら二枚同時に出すことができ、その場ではずっと
今の俺の場合メアリ二枚があるので、これを出せば恐らく
こちらがメアリを
◇◆◇◆◇◆
状況はとても五分五分と言えるようなものではなかった。
「どんどん行かせてもらうわよ! トレジャー・デプティアントを出して、固有
やっぱりこの状況はよくない。
もちろんこの程度のカードに返せないわけじゃない。それどころか今の俺の手札には最強のカード、アルティマがある。
だが、既にアルティマの次に強いカードであるエイスを三枚に,アルティマを二枚出してしまっているのだ。
これは……マズイ。
強いカードが序盤にバンバン出たって仕方が無いし、逆もまた然りだ。
このゲームではどれだけバランスよくカードを引けるかがキーとなる。強いカードを手札の中に取っておくという方法も可能ではあるのだが、手札五枚のうち一枚をそれに費やすのは結構圧迫するのだ。あまり得策ではない。
結局のところ、これに限ってはやっぱり運に頼るほかない。
ホント、誰かに文句の一つや二ついいたいところだ。言おうと試みたところで愚痴る相手など神様ぐらいなものだが。
「フレイル・アルティマを出し、ターンエンドだ」
「それ、アルティマ三枚目よねぇ? 止めた方がいいわよ? そんなに出しちゃうのは」
ニヤニヤと笑いながら行ってくる。
くそっ、腹立つ!
「るせぇ。こっちにはこっちの作戦ってもんがあるんだよ」
「もしかして
「さぁな。楽しみに見てやがれ」
と言っても、実際に作戦なんてものは無い。今分かる事はデッキの中にヘボカードが沢山あることと、俺の切り札がまだ来ていないことぐらいだ。
とりあえずこれで
「フィールドリセット! ソードナイト・セプトとウィズハート・セプトで固有
この効果で俺の手札から要らないカードを二枚相手に渡す事ができる。この能力、カードを減らすという面においては『
『自由人たちの宝箱』は直接墓地に送るのに対して『前進と後退の架け橋』は相手の手札に加える。まさに自分の前進と共に相手を後退させるカードなのだ。
「オクターヴ二枚よ」
斬!
しかし、奴は俺のセプトを物ともしない勢いでカードを出して、すぐさまフィールドがリセットされる。
オクターヴの固有
ニヤリ。
そのとき、彼女の目が変わった。
あれは……、
「ふふっ。私もヒカルにお返ししてあげなくちゃね」
そう言って掴むカードは三枚。
まさ……かっ。
「ソードナイト・メアリ、フレイル・メアリ、トレジャー・メアリを出して
これは……本格的にマズイかもしれない――
既にエイスもアルティマも三枚ずつ使ってしまっている。
そして残る一枚のエイスとアルティマは――今、墓地へと送られてしまった。
ミナトの残りカードは六枚。それに対して俺は十枚。
枚数を見ても、そして残りカードの強さを見ても俺は不利だった。
ミナトがどんなカードを出したかを全て記憶なんて出来ないが、少なくとも重要なカードについては覚えている。
アルティマ一枚。
そして……
後の二枚は分からないが、正直この四枚だけでも十分強い。
次に
「さあ、どうぞ? まあ出来るだけやってみればいいんじゃないかしら? もがいて見せてよ」
「ウィズハート・メアリを出して終了だ」
来るな。来るな。俺にとってこれは生命線だ。これを持って行かれると反撃する間もなく倒される可能性がある。だから、来るな。来るな!
ニヤリ。
彼女の肩が震えている。
くそったれ――――
「はははははっ! 残念! 私はフレイル・ロイヤレントを出すわ。さあ、どうする? 出せるかしらぁ?」
「くそっ、パスだ」
「フィールドリセット! ソードナイト・オクターヴを出して――固有
いきなり指摘され、自分の手元に視線を落とす。
確かに手札が四枚しかない。引き忘れていた。
まあどうせ、引いたって引かなくたって終わりだろうが――
「じゃあ発動! 場を――」
「待て!」
終わっていない。
ははは、なんだよ、神様。最後の最後に味方になってくれんのか?
遅いっての。ホント、ギリギリで間にあわないところだったぜ。
「クイント二枚を出して
「クイント二枚ですって!? このタイミングで!?」
クイントはオクターヴより弱いカードだから普通だったら出せない。しかし、二枚揃った時、その時だけはオクターヴ一枚に対してクイント二枚で場を流すことができる。
一枚は手札にあった。そしてもう一枚がこの土壇場で来た。
「『
しかし、これでもまだ俺の危機が去ったわけじゃない。
依然としてミナトの方が前に立っている。
「トレジャー・セクティアを出してターンエンドだ」
そしてカードを……
デッキからカードを引こうとする、しかし、なかなかできない。
指が震える。
くそっ、何を怖がってやがる! この残り二枚の中に俺の
じゃあ引き当てられなかったら?
確率は
ドクン。
心臓が、一際大きく鳴った。
自分のデッキを、信じろ!
ドローカード!
それと同時に奴はアルティマと奴の切り札を出す。
その瞬間、彼女がホッとしたような顔をする。まるで勝ちを確信したかのような。
当たり前だ。アルティマ一枚であれば切り札を使って対抗する事もできる。しかし、アルティマの二枚出し――まあ片方は切り札で代用しているが――あれならば、こっちが反撃する事は不可能だ。
普通なら。
だが、今回の俺は全く以てバランスが悪い。序盤が最悪だった。だからこそ、返せる。だからこそ、俺は――
「トリアル二枚と、そして俺の
普通は出ない。最弱カードであるトリアルが三枚も集まるなんてことはそうそう起こりはしない。だが、もし三枚集まったら、それは最強に類する能力を発揮する。
「そんなっ! 嘘でしょ!?」
ああ、俺も嘘かと思ったさ。でも、引き当てた。
「
その瞬間、場が凍りつく。
場が、リセットされる。
「そんな。あと少し、あと少しだったのにっ!」
「悪いな。でも、めっちゃ楽しかったぜ。お前との
「あんたなんかに、あんたなんかに……」
最後のターン。デプティアントを二枚出し、『
「俺の――――勝ちだ!」
これで、俺達の長い、本当に長かった闘いも幕を閉じた。
「おめでとう~ヒカル君。これで学園一だね!」
「ミナトはおしかったよなぁ。ほんと、あそこでアレは酷いって」
俺やミナトの周りには大勢の生徒が駆け寄ってくる。
この平和な感じが〝全校大富豪大会〟の幕が下りたことを俺に感じさせた。
「ああ、もう。私、〝大富豪〟ならヒカルに勝てると思ったんだけどなぁ」
「ふっ、甘いぜミナト。〝大富豪〟は俺の人生と言っても過言じゃないんだぜ? 〝大富豪〟で負けるなんてこの〝大富豪〟好きの俺にとってはあってはならないし、俺は常に〝大富豪〟であり続けなきゃいけないんだ」
「よーし、じゃあ今からまたやるわよ! 今度こそあんたに勝ってみせるからね!」
そう言ってミナトがトランプを突きだしてくる。
はぁ、仕方ねぇなぁ。
「んじゃ、ボッコボコにしてやんよ!」
そうして、俺達の平和で、すこし可笑しいけど、他愛も無い世界はいつまでも続いて行く。
そう、〝大富豪〟と共に――
〈了〉
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