本屋と青年
@hikage
本屋と青年
ここはとある田舎町。
交通の便が決していいとはいえず、施設も十分とは言い難い。
だけど、どこか懐かしい雰囲気を持つ、そんな町。
その町にある一軒の本屋。
縦長の室内で両脇に大きな本棚が1つずつ置かれている。
本棚を置いて残ったスペースは大人2人がやっとすれ違うほどの幅しか残っていない。
これが店の奥へ続く通路となっている。
その距離はおよそ6メートルほど。何歩か歩けば、すぐに店の奥にたどり着いてしまう。
たどり着いた先にある椅子に、店の主(あるじ)である老人が座っている。
所々に白髪(しらが)が混じった頭髪。深く刻まれた皺。
年季の入った丸縁の眼鏡をたびたび直しながら、文庫本を読み進める。
老人はかつて小学校の教師をしていた。
小さい頃からこの町で過ごしてきた老人は
「この町の良さを伝えていきたい」という思いから教師の道を選んだ。
生徒に教科書の内容だけでなく、
自分の蔵書を持ってきて、町の歴史や季節ごとに見られる植物や昆虫について教えた。
時には生徒達を外に連れ出し、一緒にそれらの観察も行った。
そんな教員生活も先日、定年退職という形で幕を下ろした。
しかし老人の思いは定年後も変わることはなかった。
考えた末、老人は本屋を営むことにした。
この本屋にある書籍は、町の歴史や地理の変遷を記録したものが中心だった。
中には小説もあるが、これらの作家は全員この町の出身者である。
また、他の所から来た人には町の面白い場所を紹介するなどした。
元教師ということで、現役の先生が町の事を尋ねにくることもあった。
そんなある日、1人の青年が店を訪れた。
学校の制服に指定の帽子を被っている。
背丈は170センチほどで、背筋が綺麗に伸びている。
老人は驚いた。
この店に地元の若い人が来ることはまず無いからだ。
青年は町の歴史について書かれた本を熱心に読んでいた。
分厚い本はみるからに重そうだが、そんな事は気にならないとばかりに読みふけっている。
青年は中ほどまで読んだところで本を閉じた。
そしてそれを老人のところまで持ってきて
「これ、ください」
と、小声で言った。
青年はお金を支払うと静かに店を後にした。
それから何日か過ぎたころ、再び青年が店にやってきた。
青年はまた分厚い本を熱心に読み始める。
老人は、少しためらったが、
「この町が気にいったかい?」
と尋ねた。
青年は本を開いたまま老人のほうを向いた。
すると縦に小さく頷き、再び本に視線を戻した。
老人にはそれだけで十分だった。
青年は本を閉じると、そっと本棚に戻した。
しかし帰ろうとせず老人の方に向かってきた。
少し間があったのち、青年はこう切り出した。
「この町のこと、教えてもらえませんか?」
老人は色々なことを話した。
この町の基本的な歴史から、近所のパン屋にいる名物店長の話まで。
青年は頷いたり、ほほ笑んだり、様々な表情を見せた。
でも目は常に変わらなかった。少年が好奇心を胸に秘めている目だった。
青年は満足そうな表情を浮かべて出口へと向かっていく。
その途中、老人の方を振り返り
「帰りに、そのパン屋さんに寄ってみます」
と少しはにかみながら答えた。
それから青年はたびたび姿を見せるようになった。
初めは老人が話すことに頷いたりするだけだったが
次第に青年の方から話をしてくれるようになった。
青年は両親の仕事の都合で引越しが多かったらしい。
しかしその仕事が一段落したので、しばらくこの町で過ごすという。
「初めて来た時からこの町は優しいなと感じました。
僕はこう思うんです。良い人たちがいるから良い町になるんだって」
青年は嬉しそうにそう言った。
この町と町の人々を愛する老人にとって、この上ない言葉だった。
その後も青年は店にやってきた。
しかし段々来る回数が少なくなり、最後に来た日から1ヶ月が経った。
だけど老人は寂しくはなかった。
最後の日に青年が言った言葉を思い返した。
「今まで色々教えて頂いてありがとうございました。
今度は友達を連れてきたいと思います」
老人はいつも座っている椅子から外を見た。
四角く切り取られた入口から見える風景は、まるで絵画のようだった。
「君がここへ来なくなったという事は友達と楽しく過ごしているということだろう。
私との約束より、友達とたくさん思い出を作るほうが大切で、大事なことだ」
老人は静かにほほ笑んだ。
今日も町は暖かい。
本屋と青年 @hikage
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