No difference
粟楠 春夜
プロローグ
音が響いている。その音を聞いたことがあるのか、ないのか。その判別は僕にはつかないが、少なくともいい気分になれる音ではなかった。なのに、僕はその音に突き動かされるかのように歩き出す。もしくは、導かれているのか。そのどちらが正しいのかという事さえも、僕にはわからなかった。
太陽がジリジリと照りつけている。砂嵐が吹き荒れている。昔、多くの人々が渡っていたはずの、この交差点に、人々の姿はもう見当たらない。近くにあるビル群もきっと同じなのだろう。乱雑に立ち並ぶビルからは、人の気配を感じない。
「大都市」と言っても過言ではなかったこの街は現在、人ではなく、多くの機械が闊歩している。機械というかロボットと言った方が正しいのかもしれない。多種多様なロボットが人のかわりにこの交差点を行き来している。
この街の中心には、巨大な塔のようなものがあり、そこからモクモクと煙が立ちのぼっている。それが何なのか僕にはまだわからない。
空は、灰色で覆われ、空気はお世辞にも綺麗とは言えない。人が生活するとしたら、相当な悪環境だろう。昔の人達はこうなることなんて全く予想出来なかっただろうな。
原因は、これだ。僕は、足下にある風で運ばれてきたであろう、古新聞をみる。そこには大きい見出しで、「爆発の余波により、人類滅亡の危機!」と書いてある。横には研究者の見立てと、手で顔を覆い、絶望に打ちひしがれる人々の写真が載せられていた。
21××年。科学技術が発展し、ロボットの大量生産が行われていたが、突如として、近くの恒星で予測の出来なかった超新星爆発が発生。地球上のあらゆる生物を襲った。
地上は放射能汚染により生物が住める環境ではなくなり、主要都市は壊滅。シェルターなどに退避し、なんとか生き残った残り少ない人類も「放浪者」となり、生きるための食料などを求め、世界中を転々としていた。
ここも、昔は「トウキョウ」なんて呼ばれていたらしいが、今は名前なんてない。そもそもこんな廃墟同然の場所をわざわざ呼ぶ必要も、それが出来る人間だって、もうほとんどいない。
僕には記憶が無かった。なんかかっこよく聞こえるだろうが、全くそんなことはない。いわゆる記憶喪失というやつだ。
世界がどうなったのかということなどは分かるのだが、自分のことに関しては全くわからない。自分の名前も、何故ここにいるのかもわからない。
唯一分かっているのは、ずっと鳴り響くこの「音」に、僕自身なにか思うところがあるということだ。この音を聞くと、急かされている気持ちになる。今すぐにこの音を止めなければ、ひょっとして危険な事態になるのでは、と胸騒ぎがしているのだ。
なんの根拠もない推測とも、憶測とも言えないただの勘でしかないのだけれど。この「音」で自分についてなにか分かるのではないか、と思う。何とも不思議だが、いてもたってもいられなくなる。僕は重い足を上げ、その一歩を踏み出した。
どこを歩いても、ロボットばかりだ。ようやく人間をみつけても、それは人間というより、もはやゾンビと言っていい。その目に生気はなく、足取りもおぼつかない。髪はボサボサで、服もボロボロ。目を逸らしたくなる見た目だ。
まあ、僕みたいに明確な意思を持っている、人間だっていなくなった訳じゃないんだろうけど。対して、溢れかえるロボットは、紅く爛々と光る目に、新品の部品。移動にも明確な目的を感じる。
人間は殆ど居ないというのに、何故、あんなにも、綺麗な状態なのだろうか? 何処かにまだ修理を行っている、人間でもいるのか。
そうこう考えている間も、謎の「音」は鳴り続けている。未だどこから聞こえているのか、音の源はわからない。気になることは多いが、何の手掛かりもないため、どこに行けばいいかもわからない。道にあるゴミ箱を開けてみたり、ビルの中を覗いたりしてみたけれど、その後も結局、謎はひとつも解決しなかった。会うのは毎度ロボットだったし、そのロボットも言葉を話はしなかった。
人間も、うめき声のようなものを上げるだけで、会話にはならない。ようやく言葉を話すモノと出会ったのは、歩き始めてから、半日程経過し、疲れ果てた頃だった。
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