第35話 別れの近づく放課後
今日の最後の授業が終わりを告げるチャイムと共に学校は活気を取り戻す。
窓から差し込んでくる光はあの日と同じで綺麗な茜色を含んでいて――。
有悟君にもクラスメイトは当たり前のように挨拶をし、一人また一人と教室を後にしていく。有悟君はそれを見送ったあと、いつものように人の流れが落ち着いた頃に立ち上がる。
私は有悟君の後を付いていき、有悟君と最初に話した非常階段の踊り場にやってきた。有悟君は踊り場に着くなり、座り込んで大きく息を吐き出した。
「お疲れ様、有悟君」
「ありがとう。それにしてもみんなはいつもこんなに体力使って毎日を過ごしているの?」
「有悟君もすぐ慣れるよ。それになんだか言ってること年寄り臭いよ」
私はクスクスと笑う。有悟君も小さく肩を揺らす。今、目の前に座ってぐったりしつつ笑う姿もそうだけど、かなり自然に感情が表れるようになったなと思った。
しかし、そう思ったのも
「これから
「うん。何しに行くの?」
「事件のことを話しにね……」
私は有悟君の顔を真っ直ぐに見つめる。表情からは何も読み取れない。
「そう……じゃあ、行こうよ。私もそのときに有悟君の事件についての考えを聞かせてもらうから」
有悟君は眉をピクっと動かす。
「うん。でも、それはきっと朱香さんの思う話じゃないと思うけど、それでもいいの?」
「いいよ。有悟君が出した結論ならね」
有悟君はゆっくりと立ち上がり、歩き出す。その後ろを私は少し遅れて付いて行く。有悟君の背中を見ながら、私は私の中で決意を固めた――。
保健室に入ると、
「あら、有悟君。今日はどうしたのかしら?」
小崎先生の反応を見ると、有悟君が兄の
「今日は帆南先生に報告があって来ました」
と、話を切り出す。それを受けて、小崎先生の表情が固くなっていく。
「改まって、そう言うってことは安居さんのことね」
「はい」
「それで何か分かったのかしら?」
有悟君は小さく首を横に振る。小崎先生は「そう……」と、声を漏らす。
「自分なりに調べてみたんですが、事件の真相までは分かりませんでした。
「……いいのよ。それに心配するのは教師としては当然のことでしょ?」
「そうですね」
「それで、有悟君はどうするのかしら? 安居さんのことを何とかしないと前に進めないだとか思いつめていたけれど、大丈夫なのかしら?」
小崎先生は真っ直ぐに有悟君の顔を見据える。
「はい……大丈夫です。僕は大丈夫です」
有悟君は笑顔で返事をする。それは無理をしている風でも強がっている風でもなくて――ただ少し見ている側を不安にさせる笑顔だった。
小崎先生は有悟君から視線を逸らすと、外を見ながら、
「分かったわ。今は、その言葉で私も納得することにことするわ」
「ありがとうございます」
「でも、何かあったらちゃんと相談してね。それが私でもなくていいから、ちゃんと誰かに話してね」
「はい、分かっています。本当に大丈夫ですよ」
有悟君は立ち上がる。そして、扉のところまで行き、扉にに手をかけたまま、小崎先生の方に顔だけを向ける。
「帆南先生……先生には感謝しています」
「感謝されるようなことしてはいないんだけれど?」
「いいえ。先生のおかげで兄との
小崎先生はぐっと息を呑み込んでいるようだった。このタイミングで小崎先生と秀介さんの関係を知っていると、暗に伝えるのだから意地が悪い。
「えっと、有悟君?」
「僕は兄さんとのこと応援していますから」
有悟君は小崎先生に笑顔でそう告げると、扉を開けて外に出た。きっと残された小崎先生は困惑か恥ずかしさから顔を赤くしているのかもしれない。しかし、それを確認する
有悟君はそのまま下駄箱に向かって歩き出した。私の方を見ようともせずに、淡々と歩を進める。下駄箱まであと少しというところで私は立ち止まる。
そして、私が止まったことに気付かない有悟君の背中に、
「ねえ、有悟君。ちょっといいかな?」
と、声を掛ける。有悟君は立ち止まり、こちらに向き直る。まだ私の声は届くし、私の姿はちゃんと見えているようで安心する。私の内心とは反対に、有悟君の表情は険しくて――。
「どうしたの? 朱香さん」
発する声もどこか震えているように聞こえた。そして、私が何かを言う前に有悟君は言葉を続ける。
「どうしたのじゃないよね……本当にごめんなさい。朱香さんの死の真相を僕が明らかにすると言ったのに、こんな結果になってしまって――」
「それはいいよ。さっきも言ったでしょう? 私は有悟君、君の出した結論ならそれでいいと思うんだ」
「そう? でも、それでも……本当にごめん」
有悟君は苦しそうに言葉を吐き出す。私はそんな顔を見たいわけじゃないのだ。でも、私はきっとまだ君を苦しめる――。
「そんなに謝らなくていいんだよ。私は有悟君に感謝してる。私のために色々としてくれたこと、
「うん……」
有悟君は小さく相槌を打つ。
「ねえ、そんな私から最期のお願いしていいかな?」
「最期? 最期ってどういうこと?」
「言葉の通りだよ」
「……わかった。それでお願いって?」
有悟君が困惑しているのが分かる。きっと私が何を言っているか分からないのだ。
「私が死んだ場所――“屋上”に連れて行ってくれないかな?」
私はそう口にする。
「分かった。ちょっと待ってて、朱香さん。職員室に行って屋上の鍵借りてくるから――」
有悟君はそう言うと職員室に向かって歩き出した。私はその背中を見ながら、胸が痛くなるのを感じる。有悟君はなぜこんなにも真っ直ぐで、不意の出来事に弱いのだろうか――。
私が死んだ場所が“屋上”だと聞いて、すんなり受け入れることができるのは犯人だけなのだということに気付けないわけがないのに――。
そんなことを私のお願いを叶えることを優先して、注意が抜け落ちてしまっているのは、なんとも有悟君らしい――。
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