第24話 歪な兄弟の時間

 二人がご飯を食べ終わると、紗和子さんの手によって皿は片付けられ、新しいコーヒーがカップに注がれる。

 そして、コーヒーが入ったポットをテーブルに置き、秀介さんと目配せを交わした後、

「それでは、私は自室に戻らせていただきますので、何か用事があればおっしゃってください」

 と、言い紗和子さんは部屋から出て行った。

 ダイニングには有悟君と秀介さんと、有悟君にしか見えない幽霊の私が取り残される。兄弟の間には気まずそうな沈黙が張り詰めていて――それを破るかのように秀介さんが口を開く。

「なあ、ユウ。学校で事件があったこと聞いたよ。亡くなった生徒って……お前の好きな人だったんだってな――」

 有悟君は肩をピクリと動かす。そして、有悟君は顔を上げ、秀介さんの顔を今日初めて真っ直ぐに見つめる。秀介さんもそのことに驚いたのか次の言葉を言いあぐねているようだった。

「ねえ、兄さん。昨日はもしかして、彼女さんとデートだった?」

 有悟君は口を開くなり意図の分からない質問をぶつけていた。

「あ、ああ。そうだけど、今はそれとは関係ないだろ?」

「関係なくないでしょ? だって、その彼女さんから事件のことを聞いたんでしょ?」

 秀介さんは返事をしない。そして、その沈黙が二人の間では答えだったようだ。

「ユウ、お前はやっぱり気づいていたんだな。いつくらいから、俺たちの関係を知ってたんだ?」

「確信が持てたのはついさっきだよ。で、そうじゃないかって思ってたのは、去年の夏休み明けあたりかな……」

「すごいな。何で分かった?」

 私は意味が分からず、小声で「ねえ、有悟君……どういうこと?」と、尋ねるも有悟君はこの状況では反応してくれるわけもなく――。

「兄さん。念のために確認だけど――兄さんの彼女は“小崎こさき帆南ほなみ先生”でしょ?」

 有悟君は私にも状況を分かるようにあえて口にしたようだった。そして、その意外な事実に私は思わず、「ウソっ!? 本当に!?」と、口に出してしまい、両手で口を押さえる。思い返せば、昨日の小崎先生は普段よりも少し気合いの入った服装をしていたのはそういう理由だったのかと一人頷いた。

「わざわざ確認しなくてもいいだろうよ。そうだよ、帆南さんと付き合ってるよ。去年の夏休み前からな。で、さっきの俺の質問にも答えてくれるか? どうして分かった?」

「事件で亡くなった生徒――安居やすい朱香あけみさんのことを僕が好きだったということを知っているのは三人しかいないんだよ。一人は帆南先生。二人目は兄さんも知ってる英語の広谷ひろたに先生。あとは僕と朱香さんのクラスメイトの村中むらなか君。兄さんが繋がりを持ってる人はこの中では帆南先生か広谷先生しかいないんだ。そして、デート中に聞いたのなら帆南先生、違うなら広谷先生しかいない。簡単なことだよ――」

 秀介さんは腕を組んで、「なるほどな」と、納得していた。

「そのことに関しては完全に俺のリサーチ不足――というよりも、ユウが未だに狭い人間関係の中にいることに気付いてなかった俺のミスだな。あっ、このことで帆南さんを責めないであげてくれよ? 彼女は仕事柄、口は堅いほうだし、お前のことを心配して話してくれたんだからな」

「分かってるよ。僕も帆南先生にはお世話になっているからね。自分から関係を悪化させるようなことはしないよ」

「それならいいんだ。で、俺からも単刀直入に一つだけ聞くぞ。これだけ聞けば、俺からはこのことに関しては他には何も聞かない」

「……何が聞きたいんだい?」

 また一段と空気が張り詰める。秀介さんも聞くといいながら口に出すのを躊躇ためらっているということは事件のもしかしたら核心なのかもしれない。そう思うと私も身構える。


「ユウ――お前が犯人じゃないよな?」


 秀介さんの口から漏れた言葉は意外な言葉だった。意外すぎて私はリアクションすら取れずに固まってしまう。人間は本当に驚いた時には声も出ずに固まるのだということを知った。

「……何でそう思ったんだい?」

「なんとなくかな。俺が知っているのは帆南さんから聞いた話だけだから、何の証拠も確証もない――これは当てずっぽうですらないんだ」

「それで?」

 有悟君は続きを促す。有悟君が即座に否定しないことで場の空気は重くなる。秀介さんの顔つきは険しくなる。

「一番の違和感はユウ、お前自身だ。この事件に関して、お前らしくないことがあまりにも多すぎるんだ」

「何がどう僕らしくないって言うんだい?」

「まず事件に関わっていることがおかしい。そして、事件の調査なのか捜査なのかは知らないが深入りしようとしているだろう? それも自分の好きな人という弱みを人に見せて話を聞いたりだとか、本当にお前らしくない。そもそも本当にその亡くなった女子のことを、お前は好きだったのか?」

「ああ……好きだよ。僕は朱香さんのことが好きだよ。そこにいつわりはないんだ」

 はっきりと有悟君の口から好きだと言われて、思わず照れてしまう自分がいた。しかし、今は浮かれている場合じゃない。

「それは本当なんだな」

「ああ。そういう言い方だと、他にも何か気になることがあるって感じだね」

 秀介さんはカップに口をつけた後、一呼吸置いてから疑問を口にする。

「それじゃあ、事件が起こったとされる放課後、お前はどこにいた?」

「帆南先生から聞いているんだろう? 僕はいつものように非常階段の踊り場で時間を潰していたよ」

「それを立証できるか?」

「ああ。非常階段の昇降口でいつも練習してる吹奏楽部の男子――名前は知らないけどさ。あの日の放課後に顔を合わせているよ。それに僕はその日、たまたま非常階段の踊り場に体操服の入った鞄を忘れて帰ったんだ。それで僕が非常階段にいたことの説明はつくだろう?」

「まあ……そうだな」

 またしても不穏な沈黙が二人を包む。有悟君が疑われるきっかけである事件に関わる動機は、私という幽霊の存在を説明しなければならない。その説明をなしに話を進めると、有悟君をよく知っている人から見ると有悟君の行動が不自然に見えてしまうということまでは気付かなかった。有悟君はおそらくそのことに気付いていて、できるだけ無理のない道筋を立てて話を聞いたりしていたんだと今思い起こせば見えてくる――有悟君は何か間違っていたのだろうか?

 考えれば考えるほど不安になってくる。私と話すようになってからの有悟君もたしかに、彼らしくないことが多かった。

 だからこそ、有悟君の口からはっきりとした否定の言葉を聞きたかった。それは秀介さんも同じ気持ちなのだろう。


「大丈夫だよ、兄さん。僕は犯人じゃないから」


 その言葉にホッと胸を撫で下ろす。秀介さんもそれは同じようで、

「――分かった。その言葉信じるからな」

 と、有悟君を真っ直ぐに見ながらそう言い、最初に言っていた通りそれ以上の追求をしないとばかりに間を空けるようにコーヒーに口をつける。

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