第16話 村中家へ
学校を出た私と有悟君は真っ直ぐには村中君の家に向かわなかった。途中、有悟君はファミレスに立ち寄り、ドリンクバーとナスのミートソーススパゲティを注文した。ドリンクバーからはアイスコーヒーを手に戻ってきて、注文したものが届くと手早く食べていた。
有悟君は食べ終えると、机の上を片付けてもらい、昨日の喫茶店の時と同じように今日渡された課題に手を付け始める。
飲み物に口をつけるか、ドリンクバーにおかわりを取りに行く以外はノンストップで問題を解き続ける。それをすごい集中力だなと、邪魔をしないように静かに見守っていた。
二時間が経ったくらいだろうか、有悟君は大きく息を吐き出して、伸びをした。どうやら終わったようだった。
「有悟君、お疲れ様。課題は終わったの?」
「うん、終わった。量だけで中身は大したことなかったよ」
「いやいや、私はその何倍もきっとかかっちゃうよ」
「そう? ねえ、朱香さん。朱香さんなら僕のこの課題のコピーがあったら見たいと思う?」
「うん、見たい。だって、それある種の模範解答じゃん。最初から写すってことはしないけど、分からないところは参考にするかも」
「そう思うってことは、普通は課題って、大変なもんだったんだな」
有悟君はぼそりと
バスで家の近くまで行き、有悟君は村中君の家ではなくコンビニを探し始めた。しばらく歩き回ってやっと見つけたコンビニで有悟君は鞄から昨日出されたものも含め、課題を解いたルーズリーフを取り出し、その全てをコピーし始める。コピーが終わると適当に飲み物とゼリーなどのお見舞いに向きそうなものをチョイスして買っていた。
そして、今度こそ村中君の家に向かって歩き出した。
住所に書かれていた場所にあったものはいわゆる高級マンションと呼ばれるもので、その一室が村中君の家らしい。有悟君はエントランスで部屋番号をプッシュし、呼び出しを掛ける。
『は、はい。どなたですか?』
「同じクラスの戎谷です。村中
『え……戎谷君? ど、どうして君が?』
インターフォンに出たのは村中君本人だったようで、有悟君の名前を聞いて驚いているようだった。私が村中君の立場でも同じように驚くだろう。というか、驚かずにいられる人はクラスにはいなだろう。
「ちょっと村中君に聞きたいことがあって、広谷先生にお願いして届けに来たんだ」
『は、話って……分かった。とりあえず、上がって』
そういうと、エントランスの扉が開いた。有悟君は私を気遣いながら中に入り、エレベーターで村中君の部屋のある階に向かった。部屋の前に着き、ドア横のチャイムを鳴らすと、すぐに村中君が扉を開けて出迎えてくれた。
「あ、上がって。僕の部屋と、リビングどっちで話す?」
村中君は目を合わせないように俯いたまま迎え入れてくれる。
「どっちでもいいけど、今、家族は?」
「い、今は僕一人だけなんだ。共働きだし、帰ってくるのは夜遅く……だと思う」
「へえ。あっ、これはお見舞い。村中君のご両親は何してる人か聞いてもいいかな?」
有悟君はさっき買ったものが入ったビニール袋を村中君に渡し、靴を脱ぎながら尋ねる。
「ありがとう。とりあえず、リビングに」
村中君は有悟君の前を歩き、広いリビングに通す。そして、高そうなガラステーブルに無造作にビニール袋を置き、その脇にある座椅子に座るように有悟君を促す。私は有悟君の隣の座椅子に腰掛けるように座った。村中君はキッチンスペースからコップを二つ持ってきて、さっそく買ってきた飲み物を
「えっと……僕の両親だっけ? 父さんは大学病院に勤めてる医者で、母さんは別の病院で看護師をしてるんだ」
「そうなんだ。村中君は将来そっち系を目指しているのかい?」
「う、うん。そういう戎谷君はどうなんだい?」
「僕はまだやりたいことは分からない。とりあえず、第一志望は法学部ということにしてはいるよ」
「へえ……」
会話が不意に途切れる。この二人はそもそも人とあまり関わらないタイプだろうし、間が持たないのかもしれない。有悟君もそれは感じているようで、鞄からプリントの束を取り出す。
「はい、これ」
「ありがとう。これ全部課題? 提出はいつ?」
村中君はプリントの束の中身を確認しながらため息をつく。これが正常な反応だ。有悟君にいたってはほぼ無反応だったうえにもう終わらせているときている。そっちがおかしいのだ。
「来週の月曜日の朝って言ってたから、ホームルームのときじゃないかな」
「ちょっときついな……」
有悟君は鞄からコピーの束を取り出して、それを村中君に差し出す。
「これは?」
「課題の解答。僕のやつのコピーだけどね」
「戎谷君はすごいな……もう終わってるのか……で、これで僕にどうしろと?」
「それを使うのも捨てるのも君の自由だよ。僕の本題はこれからなんだ」
村中君は表情を強張らせる。コップに入った飲み物をぐいっと喉に流し込んでから、おそるおそるといった風に話し始める。
「それで、僕にわざわざ聞きたいことってのはやっぱり……」
「そう。君の今思っている通り、安居さんの事件のことだよ」
「ど、どうして戎谷君があの事件に関わろうとしているんだい? それが分からないと話すに話せないよ」
有悟君は意を決するように大きく息を吐き出す。
「僕と安居朱香さんは実は恋人だったんだ。それで事情は察してもらえるかな?」
私はドキリとする。事前に伝えられてたとはいえ、どうしても反応してしまう。村中君は衝撃の告白に言葉を失っているようで目を丸く見開いて口を大きく開けている。
「村中君?」
「えっ? ……えっと、ごめん。それは本当なのかい? そんな
「学校ではこのことが誰かに知られると、それなりに面倒なことになってしまうからね。お互いのために秘密にしていたんだ」
「そのことに証拠はあるのかい?」
「何か話して君はそれで納得できるのかい?」
村中君は視線を露骨に逸らす。
「それは……じゃあ、一つだけ。お互いがどこを好きだったのか教えてくれないかい?」
「僕は安居さんの何事にも一生懸命なところが好きだったよ。安居さんは僕のどんなところを好きだったんだろうか……それは分からないよ」
有悟君はちらりと私を見る。
「今、私の方を見られても……わ、私は有悟君の不器用な優しさが好きだよ……」
有悟君は視線を逸らし、耳を赤くしていた。私はとんでもないことを言ってしまったことに気付く。
「あわわわわ。今のなし、忘れて! 忘れてよね!」
有悟君は慌ててコップに口をつける。村中君が有悟君を見ながら不思議そうな表情を浮かべる。
「わ、分かったよ、戎谷君。それで、僕は何を話したらいいのかな?」
「じゃあ、水曜日の放課後。美化委員の活動中に何があったか知ってる範囲で教えてくれないかい?」
「うん。上手く話せる自信はないんだけど――」
そうは言ったものの、村中君はきっちりと整理して話し始めた。それはまたしても私には身に覚えのない話で――。
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