第15話 密談は保健室で
職員室に入ると、先生たちは一様に固い表情だった。有悟君は広谷先生の机に近づいていく。
「おう、
「先生、もうこの学校には兄はいないんですからその呼び方やめませんか?」
「いやあ、悪い悪い。定着してるもんを改めて変えるのは、難しいことだろう?」
「そんな呼び方、広谷先生以外で定着なんてしてませんから」
広谷先生と有悟君は噴き出すように小さく笑う。
「それで、戎谷。何のようだ?」
「ああ、そうでした。村中君に昨日と今日出た課題を届けてあげたいので、課題一式と彼の住所教えてもらえませんか?」
「お前、どういう風の吹き回しだ?」
「なんのことでしょう?」
広谷先生は一つ息を吐いてから言葉にする。
「こんなこと言っちゃああれだが、戎谷、お前はさ、休んだクラスメイトの心配をするようなやつではないだろ? そんなお前が届け物をしたいと言い出すとか不自然極まりない」
「ひどいなあ、先生は。まあ、クラスメイトに興味がないのは認めますよ。ただ村中君に会って話したいことがあるだけなんです」
「何を聞きに行くつもりだ? 見当は付くがお前がそれに関わろうとする理由がわからん」
広谷先生は有悟君の目を真っ直ぐに見据えながら尋ねる。
「先生の察してる通りのことを聞きに行くんです。理由は――」
有悟君は職員室を見回し、他の先生たちの視線がちらちらと集まっていることを確認してから、
「ここでは誰に聞かれて、どう扱われるか分からないので言いたくないです」
と、広谷先生に告げる。
「ああ、分かった、分かった。じゃあ、ちょっと場所を変えるぞ」
広谷先生は机に立てていたファイルを一つ抜き出し、その間に机の端に置いてあったプリントの束を挟みこんだ。そのファイルと自分の財布と携帯電話を手に立ち上がる。
そのまま職員室を出て、購買に向かう。そこでコーヒーを二本買い、一本を有悟君に投げるように渡す。
「ここじゃあ、まだ誰がどこかで聞いてるかわからんな。さて、どうするか……」
広谷先生は渋い表情を浮かべる。
「じゃあ、もう一本カフェオレを買って保健室に行きましょう。あそこはこの時間だと生徒は誰もいないでしょ」
「
「小崎先生はいいんですよ」
「まあ、よくわからんが分かった」
広谷先生は納得できないという顔を浮かべながらカフェオレを買う。そして、二人は並んで保健室に歩き出した。私は二人のすぐ後ろを離れないように付いていく。
保健室に広谷先生が先に入り、有悟君は私を先に入れて最後に入る。
「これはこれは、広谷先生。それと有悟く――戎谷君。二人してどうされたんですか?」
「いやあ、こいつがここで話がしたいと言うからですね――。あっ、これ差し入れです」
小崎先生は突然の来訪に驚きの色を隠せないでいた。今日はいつもに増して小崎先生はお洒落をしているように見えた。広谷先生はカフェオレを小崎先生に渡し、近くの椅子に腰掛ける。有悟君も別の椅子にゆっくり腰掛ける。
「じゃあ、戎谷。説明してもらおうか?」
「分かってますよ。村中君に聞きたいのは先生の想像通り安居朱香さんの事件についてです」
「お前がなんで安居の事件に首を突っ込もうとする?」
広谷先生は有悟君に真っ直ぐ視線を向ける。有悟君はその視線を受けつつ、小崎先生に目をやる。有悟君の視線を受けた小崎先生は困ったように視線を漂わせる。
不思議な三すくみの様相になり時間が停止したように誰も口を開かない。
最初に耐え切れなくなったのは小崎先生だった。
「あのですね、広谷先生。戎谷君にも彼なりの事情があるんです。話してもいいかな?」
有悟君は頷いてみせる。
「戎谷君は安居さんのことが好きだったんですよ」
沈黙が部屋を包む。その沈黙を広谷先生の笑い声が吹き飛ばす。
「ははははっ! お前が安居を、ねえ」
「先生、笑うことないでしょ? ひどくないですか?」
有悟君の抗議の声は広谷先生には届かない。
「いや、だって、想像付くか? 真面目に構えてたこっちがバカみたいじゃないか」
広谷先生の笑いの波は収まらないようで、ひいひい言いながら笑っている。
「で、お前が安居を好きだったから、その
「悪いですか?」
「いや、いいんだ。お前のそういう年相応のところが垣間見れてよかったよ。わかった、村中の住所は教えよう。だけど、引き時と踏み込みの見極めを間違えるなよ? お前まであんなことになったらたまらんからな」
「ありがとうございます」
「あとな、戎谷。困ったことがあったりしたら周りをちゃんと頼れよ? 俺でなくても小崎先生でもいいからな」
有悟君は頷いてみせる。広谷先生は小崎先生からメモ用紙を貰い、持ってきていたファイルの中の名簿を見ながら、村中君の住所を書き写す。そのメモと課題のプリントの束を有悟君に手渡す。有悟君は受け取ったプリントを鞄の中に、メモは目を通した後にブレザーのポケットに入れた。そして、有悟君は立ち上がり、二人に一礼して保健室を出ようとする。
「戎谷。事件のこと何か分かったら教えてくれよ。お前なら俺ら教師には見えないものや普通のやつが見落としていることが分かるかもしれない。期待してるよ」
「戎谷君、くれぐれも無茶はしないでね」
二人の言葉を受け止め、有悟君は小さく笑い、もう一度軽くお辞儀をして保健室を後にする。閉めた扉の向こう側から先生たちが何やら話し始める声が聞こえるが内容までは聞こえなかった。
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