第5話 ”終わりの見えないヤミ”


あの時の光景は、いったい何だったのだろうか・・・・・

今でも、記憶の中にぼんやりとだが、確かに覚えている。

他人に干渉しない僕からすると、女性の泣き顔なんてモノはそうそう目にする事がない。

だからこそ、覚えているのかもしれない。

その後も、死にたくなるくらいの出来事は減ることもなく、日常的にほぼ毎日僕に降り注いでくる。

中学生だったあの頃、義務教育という枠に留まらず、登校拒否してしまえばよかったのだろうけど、親や世間の目を気にして、そういった行動にでることはなかった。

そして、わずかに心の中で葛藤していたモノがポキッと折れる音が聞こえる度、何度も自殺を試みた。

しかし、結果が変わるわけもなく、僕の自殺という行為は、そもそもがなかったという前提で毎日が繰り返されていった。

さらに、知らないが見覚えのある女性は、事を成す度に僕の前に現れるようになった。

しかし、あれっきり僕の体に異変らしき異変は現れず、ただうっすらと記憶に残る女性だけがぼんやりと、何かを言っているように見えるだけだった。

何度か見ているうちに、僕はその女性を“ミサキ”と呼んでいた。

何故かは分からないが、その女性がミサキという名前なのだと思ったからだ。

僕の生活上、女性とは無縁で、仲の良い女子はもちろん母親以外の女性とまともに会話した事がなかった。

しかし、そのミサキは普通に呼び捨て出来るほど自然な感じで名前を呼ぶことが出来ていた。

僕は、通い慣れた道をとぼとぼと肩を落とし、丸まった背中に違和感がないくらいのいわゆる悪い姿勢で下を向きながら歩いている。

前を向いて歩いていると、足下に転がっている不幸にぶつかってしまいそうになるから。

高校生になった僕は気持ちを切り換え、自殺という行動をそもそも考えないようにしている。

だって、結果がわかっているのだから。

分かってはいるが、毎回その結果が来る度に僕は絶望し、頭が真っ白になる。

そんな事を繰り返していると、この死なないという非日常がどうでもよくなっていった。

そうして、僕の日常は大きな変化もなく、そして死ぬという行為をすることもなくなった。

家に着いたが何をするわけでもなく、今日も両親は相変わらず帰りが遅い。

だからか、今誰もいない家に一人、リビングで無駄に再放送しているドラマを見ながらボーっとしている。

「宿題でもやるか・・・」

誰もいないが、自分に勢いを出す為声を出し、自室に戻った。

自室に戻った僕は、別段まじめという訳でもないが、普段通り特にやることもなかったので、宿題をすらすらと終わらせていった。

そして、どうでもいい日常が通り過ぎていく。

夜眠りにつき、いつもの朝がやってくる。

通い慣れた学校に向かう道の途中、目の前ではしゃいでいる子供達の群が目に入った。

とても楽しそうにしている。

僕にもあんな頃があれば、きっと今みたく死んだ魚の目をせずにすんだのだろうか。

ふと、窓ガラス越しに写る自分の顔を見る度に、なんて死んだ魚のように生気のない目を僕はしているのだろうと、我ながら不思議な目で僕自身を見ることがしばしばある。

そんな事を考えていると、子供達の中で一人、勇気を示す的な感覚なのだろう。

子供という生き物は、突然意味もなく不可解な行動に出ることがあるようだ。

その子供は、車道のギリギリをまるで綱渡りでもしているかのように、バランスをとりながら歩き出した。

そんな所を歩いていると、車がぶつかってきて大惨事に・・・・と思っていた瞬間、子供達の後ろから暴走した車走っている事に気づいた。

このままでは、子供達の群に、というか綱渡り風にふらふら歩いている子供に突っ込んで大事故が起こってしまう。

次の瞬間、

「あぶない!」

と叫びながら、僕はその車道ギリギリを歩いている子供を助けに飛び出した。

車は予想以上に勢いよく子供の群に突っ込んでくる。

子供をかばう行為にでた僕からは、運転手の状態が全く分からない。

車が子供達に突っ込む瞬間、僕はその子供を抱きかかえるように覆い被さり、僕は恐怖のあまりぎゅっと目を閉じながら子供達の群と一緒に車で跳ねられ・・・・・

た、はずだった。

目の前が真っ白になったと同時に、体の体重を感じなくなった。

そして、目をつむったままだったが、見覚えのある光景を目の前にひろがっていた。

「あなたを・・・・・・・・わたし・・・・・・とう・・・・・・なら・・・・・・」

どうやら、跳ねられそうになった瞬間、僕の目の前にミサキが現れた。

「ミサキ・・・・?」

きっと声にもなっていなかっただろうと思うが、ぽそっと僕はミサキの名前を口にした。

僕は察した。

このまま誰かの役に立って死ぬことが、僕の運命であったのかも知れないと思っていたのに、結局死ぬことが出来ないのかと。

予想通り、ミサキが現れた後、現在進行形で学校に向かっている僕のすぐ脇を、にぎやかに騒いでいる子供達の群が通り過ぎていった。

何もなかったように・・・

いや、子供達からすれば、本当に何もなかったのだろう。

僕は、自殺はもちろん、事故でも死ぬことすら出来ないようだ。

あれだけの自殺を試みたにも関わらず、事故で楽になろうなんて虫が良すぎる。

この現実を、思いの外僕の中でびっくりするくらい素直に納得していた。

だが、逆に考えると、僕が関係した事によってあの子供達は無事、平凡な日常に戻れたのだから良かったのだろうと思う。

ミサキ・・・・・・

君は何故毎回僕を生かそうとするんだい?

僕は心の中で、ぽそっと思った。

学校に着き、日常的な環境に変化はなく、朝自分の机を定位置に戻し、授業を受ける。

体育がないことが、今日はとてもうれしく思えた。

面倒事が一つないのだから、それだけでも平和に感じる。

これが僕の小さな幸せなのだとしたら、本当に小さすぎる幸せだなと自分が少し可哀想に思えた。

帰り道、やっかいな3人組を出し抜き、安全に帰る事が出来たので、たまにはと思い、電車で少し離れた大型チェーン店の本屋に足を運ぶことにした。

僕は、自殺と言う行為を考えなくなってから、本を読むことが増えた。

読書なんて趣味的な楽しみではなく、死ぬという行為をしっかりと理解しようと思い、いわゆる難しそうではあったが医学書的な本をよく読んでいる。

近所の本屋は小さい店舗しかなかった為に、少し離れた街まで買いに行く。

いつもの見慣れた駅のホームで電車を待っているのだが、何故か今日はやけに人が多い。

夕方手前の時間ではあったが、朝のラッシュのような混み具合に少し気分が悪くなってきた。

周りでは、サラリーマン風の男性が電話で何か話し込んでいたり、たぶんOLであろう女性はスマホでゲームをやているのか、ずいぶんと集中している。

さらに、女子高生達がうるさいくらいにはしゃいでいる。

そんなに何がおかしいのか。

きっと、馬鹿笑いするくらいの出来事があったのだろう。

「まもなく電車がまいります。白線の内側に下がってお待ちください。」

電車が入ってくるアナウンスが聞こえたので、僕は、白線ギリギリに立ち電車が入ってくるのを待つ。

色々な人間が色々な事をしている。

公共の場所はいつも賑やかで、一種の人間観察するには暇しないものだ。

そんな事を考えながら周りをキョロキョロしていると、ドスっと背中になにか重たい感触があった。

振り返り際、大きな荷物を背負った男性が、僕の近くを通り過ぎていったようだ。

大きなヘッドホンをしているせいか、周りの声などはまったく聞こえておらず、その男性も何もなかったように立ち去っていった。

が、僕は、荷物がぶつかった瞬間にバランスを崩し、そのまま線路の方へと倒れ込んでいった。

電車がホームに入って来るというアナウンスが聞こえ、電車が入ってくる駆動音や注意喚起のベルが聞こえてくる。

ということは、僕は今、電車に跳ねられるのだろうか。

さっきの男性は、アナウンスはもちろんだったが、倒れていく僕にすら気づいていない様子だった。

周りの電話している男性が僕の転倒に気が付き、驚いた表情で電話を続けている。

さっきまで騒いでいた女子高生達も、事の流れを見守っている。

人が死ぬときは、周りの速度が遅くなり、記憶のリバイバルから走馬燈をみると言う。

僕の周りの光景の速度がゆっくりと流れていくように見えている。

これがいわゆる死ぬ瞬間と言うやつなのだろうか。

あとは、走馬燈を・・・・

やっぱりそうか・・・・

走馬燈の代わりに僕の真っ白になった頭の中に出てきたのは、やはりミサキだった。

「あなたを・・・・・・わたしが・・・・・・とう・・・・・・うなら・・・・・・・・」

彼女の泣き顔と、微かに聞こえてくる言葉を、何度も見いているが、僕から話しかけたことが一度もない。

そんなミサキに、僕は、

「ミサキ・・・・・僕は、もう一度生き返るのかい?それとも、もう死んでいるのかい?もし死んでいるなら、もうこの夢から覚ましてくれないか?」

ゆっくりと流れる時の中問いかけた。

しかし、ミサキの表情が変わることはなく、ただただ涙を流しながら僕に何かを伝えるように話しかけてくるだけだった。

「僕らはどこで出会い、そしてどこに行くんだい?答えてくれないの?

ミサキ・・・君から僕はどう見えているんだい?」

僕の声は、ミサキに届いているのだろうか。

一瞬の瞬きから瞼を開くと、そこにはさっきまでの賑やかな日常があった。

ブォーーーーという大きな音と共にものすごい勢いで僕の前を風が流れていった。

アナウンスと同時に、目の前の電車のドアが開いた。

そう、いつものように何事もなく、電車は僕の目の前で安全運転し停車した。

何も起こらなかったのだ。

これはこれで、きっと良かったのだろう。

だれに迷惑をかけるわけでもなく、普通の生活がそこにある。

ただそれだけだ。

僕は、街へ行き、本屋へ向かった。

さすがに広い店内を、暇つぶしのようにうろうろしている。

目的のモノはあったが、それ以外にも色々と見て回る事も楽しみの一つではある。

グルグル回っていると、普段はまず目にしないであろうコーナーで足が止まった。

そこは、絵画の本がならんでいる所だった。

そこで、ふと目に入ったモノ。

本の表紙が客側に見せるように陳列されているが、きっと本屋的にはオススメの絵画集なのだろう。

その表紙に描かれていたモノは、夕焼けに染まる海を眺め、悲しげな表情をした女性の絵。

まぎれもなくそれは、ミサキだった。

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