罪王

(株)ともやん

第1話

あぁ、十分に生きた。俺は満足している。

此の世にある“欲望”の全てを束ねて生まれ落ちただけの俺は、こうして漸く死ぬことが出来る。

はははっ。感情の寄せ集めでしかないはずの俺が、まさか“死ぬ”ことが出来るとはなぁ。

命だけは、幾ら欲そうとも手に入らなかった。


その俺が死ぬ。


こんな満足出来ることがあるか。

この俺は、最後の最後で漸く命と呼べるものを実感している。愉快極まりない。

だがまぁ、俺の中にある無限の欲望にも呆れたもんだ。“生”を感じるために、その正反対である“死”を以って漸く実感出来るんだからなぁ。

体の感覚が無くなっていく。

この器を満たしていた果てしない渇きはもう無い。


「ああ、満足だ……」

【満足するにはまだ早い】


目を閉じ死を受け入れた瞬間、意識の中に直接響く声があった。


「誰だお前は……」

【心外だね。私を忘れたのかい?】

「あぁ? 知らねぇよ」

【残念だよ】


言葉とはちぐはぐに、ケラケラと笑っている。

不気味なヤツだ。魂を直接撫で回すような不躾な声音だ。


「何の用だ」

【ふふふっ。君はもうわかっているんだろう? “欲望の王”よ】

「………………知るかよ」

【気がつかないフリをしても無駄さ。君の欲望は決して満たされてはならない。さぁ、もう一度立ち上がっておくれ。そして、世界の全てを手に入れるんだ】


目を開いた。

死を迎える寸前の脱力感は無く、代わりに底無しの欲望だけが体を満たしていた。

またか。くそっ、また俺は、まただ! くそがっ!!!


「ウォオオオオオオオオ!!!!!」


雄叫びを上げた。

誰だ、俺の願いを、望みを、満足を奪い取ったヤツは! 此の世の何処にいようと引き摺り出し、全てを奪って後悔させてやる!

この“欲望の王”から奪うということが何を意味するか、その身に刻み込んでやろう!



「いやぁ、憤怒の王がこれほど精悍な男とは思いませんでしたなぁ!」

「いえ、精悍などと、私には勿体ないです」


そもそも私達に性別は存在しないのだが、という言葉を飲み込み、俺は笑顔を返した。

金や銀で彩られた装飾の煌びやかさと大理石の静謐さが同居する大広間で、俺は豪華な歓待を受けていた。机に並べられた料理の種類は、両手で数えられるだけを越えている。


「ねぇねぇオウサマー、これ食べて良いのか?」

「えぇ! 勿論ですとも! 世界を救った貴方達を労う為に用意したのですから!」

「へー、いただきまーす」


性別の曖昧な顔立ちをした幼子(曖昧というかヤツにも性別は存在しない)が、机に並べられた料理に手を伸ばした。

ヤツは怠惰の王スロウス。

俺とともに旅をしていた罪王の1人だ。

ヤツの説明をするならば、そう、底無しの怠惰だ。

今だって、料理に手が届く前に面倒がって諦めている。

ただ、そのおかげというべきか、底無しの怠惰が幸いして俺と対立することはなかった。



対立。そう、対立だ。

俺はスロウスを除く5人の罪王と対立し、彼等を滅ぼして来た。

それは100年程前、欲望の王グリードが暴走を始めたことがキッカケだった。


欲望の王グリード。全てのものを欲望として捉え、エネルギーとして変換し奪い続けるグリードは、放っておけば世界を滅ぼす存在だった。彼は最も長く、最も強大な力を持った罪王だった。

グリードを皮切りにして、他の罪王も暴走を開始した。

色欲の王ラスト。女性的な外見をした彼女は、この世界にある全ての“愛情”に該当するものを捉え、その繋がりを断ち切っていった、

暴食の王グラトニー。“食う”という概念の具現ともいえる彼は、草木も残らない程に世界における“食われる可能性のある存在”をその胃袋に収めていった。

嫉妬の王エンヴィー。彼は全てのものの可能性を妬み、可能性という可能性を根刮ぎ絶やす為の虐殺を繰り広げていた。

傲慢の王プライド。彼はその傲慢さ故に、自らに逆らうもの全てを許さなかった。その性質故に一国の王として君臨し、世界に知らぬ者は居ない程の暴君となった。彼の国の民は日々怯え、その暴虐に苦しんでいた。


罪王達を滅ぼした俺達に待っていたのは、それを喜ぶ人間達による歓待だった。

それが現在だ。

何も特別なことをしたつもりはない。

俺の中には善悪があり、悪に怒り、力を振るうのだ。その結果が、各地であらゆる存在を混沌に貶めていた罪王達の消滅であり、俺の意志はそれを善とした。


「ねーラース、料理取ってー」

「お前の方が近いだろう。怠けるな」

「めんどくさいんだよう……。まあいいや、どうせ取った後も口に運んで咀嚼して飲み込むんだと考えると大変だし、そもそもかんが……」

「言い切るのすら面倒なのか……」


俺が呆れながら呟くと、王様が苦笑いをした。

そして、笑いながら侍女の1人に料理を取り分けるよう指示を出した。

スロウスはぐったりと机に伏せながら、侍女が口に運んでくれる料理を迎え入れた。


「いやはや、罪王とは誠に不思議な存在ですな」

「はははっ。スロウスは特別不思議ですよ。この間なんか、怠惰が祟って死にかけているんですから。もはや同じ罪王ですら理解が及ばない」

「なんと! スロウス殿が死にかけたと!? して、それはどのように……」

「えぇ。呼吸を、怠けまして」


王様が「は?」と聞き返した。

至極真っ当な反応だ。


「呼吸を……ですかな?」

「呼吸を……です」


とても理解出来ないだろう。

しかし、スロウスにとってはこれが当然のことだ。

彼の底無しの怠惰にかかれば、呼吸でさえ怠ける対象となる。


「ですが、スロウス殿は今生きております。どのようにして……」

「死ぬことを面倒だと気がつく迄、私が代わりに心臓を押し、空気を送り込み続けました」

「なんと…………」


王様が絶句した。

この生命の枠にすら囚われないのが我々罪王だといえばそれまでだが、それにしてもスロウスの怠惰は常軌を逸している。



食事を終え、俺とスロウスは与えられた部屋で休んでいた。


「ねぇラース」

「なんだ?」

「やっぱり、食事っていうのはよく分からなかったね」

「………………そうだな」


俺とスロウスには、食事という概念が理解出来ていない。

食事が出来ないわけではない。まるで味を感じず、ただ必要としていないだけだ。

口の中がベタベタとしている。料理を感情豊かに頬張っていた王様の姿が目に浮かぶ。

あの王様は、味を感じていたのだろうか?

あの王様が言っていた「うまい」というのはどんな感情なのだろうか?


「わかりはしないか」


人間の姿をしているが、人間ではない存在。

いや、それどころか生命としての役割すら曖昧な俺達は、一体何の為に存在しているのだろうか? 生殖機能も、消化器官も、呼吸器官すら俺たちの中には存在していない。

これは他の罪王を消滅させた時に確認したことだ。

剣で斬り落とした彼等の中身は、ドス黒い靄で満たされ、心臓部分に核となる宝石が埋め込まれているだけだった。

ならば何故呼吸が必要か。

それもわからないが、スロウスが呼吸を止めて死にかけたのは事実だ。俺自身、呼吸を止めると苦しくなるから、罪王にも呼吸は必要なのだろう。

例外的にグラトニーは底無しの食欲を持っていたが、ヤツが味を感じていたかは謎だし、もちろん中身に消化器官は存在していない。食らうだけ食って、それはどこかへ消えていた。


「ねぇラース」

「ん?」

「嫌な予感がするよ」

「それは困るな。お前の直感は外れない」


罪王には、それぞれの強大な感情を体現する為の能力がある。

もちろんスロウスにもある。それがこの直感だ。

その怠惰さ故なのか、危機を察知することにかけては群を抜いている。

スロウスが嫌な予感がするといえば、それはもう予言と変わらないのだ。



ズルズルと這いずる音がする。

暗闇の中だ。俺はいつまでもこうして暗闇の中にいる。

生まれた頃から、色彩というものを感じることはなかった。

初めて何かを口にした時、味を感じることはなかった。

何かを手に入れて満たされることも、何かを成し遂げて喜ぶこともなかった……!


この苦しみはいつ終わる?

いつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでもいつまでも!!!

この飢餓はいつ終わる!?


「苦しい、早く、早く俺を満たせ! この世界の全てを手に入れて、俺は…………俺は!!!」


地の奥深く、決して届く筈のない空に手を伸ばす。

大地が欲しい。大海が欲しい。大空が欲しい。

此の世にある全てのものを俺に寄越せ!

そうすればきっと、いずれ俺の飢えを満たすものが…………きっと!


「うガァああアアぁあぁアアアアアアアアア!!!!!」


早く、早く、早く早く早く早く早く早く早く早く! 早く俺を殺せ!!!



「ねぇラース〜、本当に行くの〜?」

「あぁ、放ってはおけないだろ」

「わざわざ面倒事に自分から突っ込んでいくなんて……、それもラースの“正義感”ってやつなの?」

「さぁな。人間の物差しと同じかなんてわかりはしない。ただ俺が“怒り”を感じているだけだ」

「へぇ。どうなんだろうね。僕はその“怒り”が、人間達の言う正義に当てはまるものなのか気になるよ。気になって仕方がない」

「珍しいなスロウス。お前がこんなにも面倒がらずに質問を重ねるなんて」

「ふふふっ。確かに僕は怠惰で、面倒事が大嫌いだ。ただ、面倒事と同じくらい、退屈も嫌いなだけさ。それに…………ほら」

「それに、なんだ?」

「そのラースの感情こそが、僕達の存在意義に答えを見出してくれるかもしれない。僕だって君達並みに、自らのそんざ…………」

「そこで唐突に怠けるのか……」


相変わらずのマイペースさだ。あれ程饒舌に話している最中ですら怠けるとは思わなかった。

歩く俺の頭の上で、スロウスはぐったりとダラけきっている。


俺達の存在意義か。

所詮“罪王”という呼び名は、人間達が勝手に名付けたに過ぎない。

罪王。7つの大罪と呼ばれる逸話が由来らしいが、確かに俺達の性質はそれに良く似ている。

実際、グリード、ラスト、エンヴィー、グラトニー、プライドは、その性質が故に暴走を起こした。特に、グラトニーとグリードに関しては世界を呑み込み滅ぼしてもおかしくはなかった。

この世界の滅びが俺達の存在意義とでもいうのか?

ならば、俺の中に与えられた善悪を捉える感情は何だ? 何の為にある?



先ず始めに自らのいた洞窟を呑み込んだ。

硬い鉱石や水が俺の中に溢れたが、どれも俺を満たすには至らなかった。

次に山を呑み込んだ。木々や動物達が入り込んで来たが、それらも俺を満たさない。

人がいる街に出てみた。俺の姿を見て逃げ惑う奴等を片っ端から呑み込んだが、やはり何も満たされない。

全ての財、欲、そして命を呑み込んでも、渇きが薄れることは微塵もなかった。

次だ。ここには無いだけだ。必ずあるはずだ。俺を満たす何かが。



「おい兄ちゃん。アンタ、ドータの街に行くつもりかい?」


王様との会食をした街から数えて5つ目の街を出ようとした時、商人の男に呼び止められた。


「ん? そうだが……」

「あっちはやめた方が良いよ。山みたいなバケモノが出て、街を呑み込んじまったんだってよ。いったらタダじゃすまねぇよ」


山みたいなバケモノと来たか。

既に被害も出ているらしいな。


「そうか。忠告ありがとう」


そのまま出て行こうとすると、男は更に強く俺を止めた。


「ま、待ちな! ありゃ欲望の王グリードの再来なんじゃないかってウワサされてるくらいのバケモンなんだ! 悪い事は言わねぇ、この街だって危ないくらいだってのに、さらに西へ向かおうだなんて! 兄ちゃん達死にてぇのか!」


男が叫んだ。

恐らくは、人間の“善意”というやつなのだろう。

だが、俺には関係無い。人間程度の善意を俺に押し付けるな。

俺は俺の中の“善”とするものに従い、“悪”とするものを討ち滅ぼすだけだ。

その相手が、あのグリードの再来と呼べる程の器なら尚更、俺が破壊しなくてはどうする。


「邪魔をするな」

「ひぃっ!!!」


俺が睨みつけると、男は腰を抜かしてしまった。


「あ、兄ちゃん、まさか憤怒の王か!」

「だったらどうした」

「なら止めやしねぇよ。ただ一つ言わせてくれ。あの街には俺の親戚が何人もいたんだ。今度の騒ぎでどいつもこいつも連絡がつかねぇ。頼む。助けてやってくれ……」

「……………………生きていたらな」



周囲にある“欲望”を呑み込み、体が大きくなっていく。

“欲望”には際限が無い。

怒りも、驕りも、妬みも、全ては“欲望”に通じている。

故に、俺は全てを呑み込む。

全てのものが“欲望”となる。


もはや誰も俺を殺す事は出来ないだろう。

山程にも膨れ上がった体には、呑み込めないものなど無かった。

体が脈を打てば大地に亀裂が入り、通った後には何も残らなかった。


どれだけ呑み込んでも満たされない。

それこそが“欲望”。

望めば望む程に渇きは強くなり、手に入れれば手に入れる程果ては遠くなる。


もう良い。

全てを呑み込み、世界が消え去るのも構わない。

俺の欲望が果たされるのと世界の消滅、どちらが先か……。



「アレがグリードなのかな?」

「さぁな。だが、感じるエネルギーは間違い無くヤツだ」

「核は砕いたのに、何でだろうね」

「わからないな。だが関係無い。何度でも砕くだけだ」


俺は、その場にあった剣を拾った。

効くかどうかなど知りはしないが、気休めにはなるだろう。


グリードは、もはや遠目では山と変わりなかった。

ドロドロとしたドス黒い塊が脈を打ちながら、周囲のありとあらゆるものを呑み込んでいる。

醜い。本当に醜い。

欲望とは度し難いものだ。

今度こそこの手で終わらせてやろう。


スロウスをその場に座らせ、待っているように告げる。

1人走り出して、グリードの体を斬りつける。

だが、剣はグリードに触れた途端に溶けていってしまった。

仕方ない。

俺は素手でグリードに触れる。


罪王にはそれぞれ人知を超える力がある。

スロウスは“超直感”とも呼ぶべき危機察知能力。

グリードは“全てを呑み込む”こと。

そして俺は、“全てを破壊する”ことが出来る。


俺の内部にある怒りのエネルギーを流し込むと対象が崩壊を始めるのだ。

グリードの体は、俺のエネルギーを受けて崩壊を始める。

さぁ、全てを破壊し尽くしてやろう。


「グォアアアア……」


グリードの体が暴れ回り、その衝撃で弾き飛ばされる。

痛みでも感じたか空虚な欲望風情が。

また同じように……、


「再生……しているのか?」


俺が破壊した場所が、ブクブクと泡を立てながら元に戻っていくのを見た。

いや、先程迄よりも大きくなっている。

ふざけるな。どうあっても破壊させない気か。

良いだろう。果てのない欲望と朽ちることない怒り。

どちらがより悍ましいかを確かめてやる。



それからは永劫ともいえる時間だった。

実際にどれ程の時間が経っているかはわからない。

俺が破壊をする度に、グリードは周囲を取り込み再生を繰り返していった。

破壊しては再生され、再生しては破壊し、それを何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、

際限無く繰り返し続け、漸くグリードの核に辿り着いた。


「グリード、漸くお前を破壊出来る」


露わになった核を握る。

パキン、と音が響き渡って、核が砕けた。


「お、ォアアあああアオオ」


脈を打っていた巨大な泥の塊は少しづつ白い灰に変わり、風に乗ってサラサラと飛んでいった。

一体どれだけの欲望を呑み込んでいたのか、その犠牲は計り知れない。

復活など許さぬよう、完全に消滅を見届けた。


【グリードを消してしまったんだね】


意識の中に響く声があった。


「誰だ!」

【心外だね。私を忘れたのかい?】

「どこにいる! 姿を現せ!」

【目の前だよ。ずっと君の前にいる】


言葉に従い、前を見た。

神話に出てくる女神のような女性がいた。

そして、彼女の腕にはスロウスが抱かれていた


【やあ、ラース】

「スロウス!!!」


駆け寄り、女性からスロウスを奪う。

既に呼吸は無い。スロウスが死んでいるのか?


「お前がスロウスを殺したのか!!!」

【殺した? 違うよ。君達に生き死になど在りはしない。スロウスは役目を終えただけさ】

「どちらにせよ同じことだ!!! スロウスに何をしたァ!!!」

【ダメだよラース。静まりなさい】


彼女が優しく囁く。

自分の中にある“怒り”が、溶けるように消えていってしまうのがわかった。


「何だ……何を…………」

【ラース、君は7体の中で最も人間らしく在った。そして、この1000年よく頑張ったね】

「1000年だと? 俺が生まれたのは人間の基準でいえば300年前だ! そもそもお前が人間なら1000年も生きている訳が無い!」

【正確には、“自我を持ち始めたのが”だ。多くの感情を集め過ぎた君達は、それぞれが自我を持ち始めた】

「何が言いたい! お前は一体何だ!!! 俺達の何を知っている!!!!!」

【ラース、怒りをコントロールするんだ。呑まれてはならない】


まただ。

また、先程と同じように怒りが溶けた。

彼女は何だ? 何故俺の怒りを鎮められる?


【ラース、これが何かわかるかい?】

「………………黒い、石……か?」

【ふふふっ。石に見えるだろう? これは賢者の石さ。そして私はこれと、これを使って君達を創り出した錬金術師さ】

「練……金術師…………だと?」

【そう。錬金術師。名はインサイド】

「インサイド、お前が俺達を創ったというのは本当か?」

【本当だよ。さっき君の中の“怒り”を鎮めただろう? それは私が、君達の設計者であるからに他ならない。他に何か証明が必要なら】

「いや、良い」


錬金術師インサイド。

錬金術師、賢者の石、そして俺達罪王を創り出した存在。


「俺達を創り出したと言ったな。何の為にだ?」

【うん。君はやはり優秀だ。その質問は良い。ずっと知りたかったんだろう? そして、私にしか答えられない問いだ】

「前置きは良い。早く答えろ」

【急かしてはいけないよ。それより、先にスロウスを弔ってあげようか】


インサイドは、俺の腕の中にいるスロウスを指してそう言った。

役割を終えた…………か。


スロウスを埋めて墓標を建てた。

人間はこうするのだと、インサイドは言った。


【さて、君達を何の為に創り出したか、と聞いたね。簡単だよ。より良い世界、完成された世界を目指す為さ】

「完成された世界? 何のことだ?」

【君達が役割を終えた今、世界がどうなっているか知っているかい?】

「今がどうなっているか?」

【そう。世界は変化している】


彼女がパチンと指を鳴らした。

ぐにゃりと景色が歪んだ。そして歪みが戻ると、先程迄とは全く違う場所にいた。

これは街か? それも、王様と会食をした城のある街だ。

人々が行き交い、地面をザクザクと踏みしめる音が響く。


【どう思う?】

「どう? …………街だ。以前来たことがある」

【そうだね。君も知っている街の筈だ。だが、決定的に以前とは違う】

「……………………静か過ぎる」


以前の城下町にあった喧騒はまるで無かった。

ただ人が行き交い、徹底的に無駄が削ぎ落とされた動きをしている。


「何だ……どうなっている」

【ラース、人の欲望とは醜いと、そう思わなかったかい?】

「何を……」

【争いとは醜いと、そう思わなかったかい?】

「一体何の話だ」

【彼等は自らの必要以上を求め、そして羨み、時には他者から奪ってでも願いを叶えて来た。私の生まれた時代はね、争いが絶えなかった。常に何処かで諍いが起こり、国同士では戦争を起こし、いつだって犠牲を払って来た。本来なら必要無かった筈の…………ね】

「……………………」

【問いの答えが未だだったね。教えてあげるよ。君達は“感情徴収装置”だ。世界から争いを無くし、完成された状態にする為には感情が無駄だった。ただ、存在するものを0には出来なかった。だから、封印することにしたんだ。一箇所に纏めて…………ね】

「その一箇所に纏める為の装置が……」

【君達“罪王”だ。人間達の呼び名を借りるならね】


街を行き交う人々を見た。

彼等の顔には一切の表情が無く、淡々と日常を行なっている。

日常という役割を果たすだけの存在になったのか。


【そして最後、君の中の“怒り”を封印すれば終わりさ】


俺を封印するのか。

そうすれば、人々は怒りを感じることが無くなり、争いは起こらない。


「元に戻せ」

【? …………何だい?】

「人々を元に戻せ、インサイド」

【何故だい? この完成された世界を、不完全な状態に戻すというのかい?】

「ああそうだ。怒りを感じることも必要以上に求めることもないと言ったな。それは何も無いだけだろう! 何も求めなければ、あの人間達はいずれ滅びて行くだけじゃないのか!? あの細くなった腕はなんだ! 痩せ細っているんじゃないのか!? 必要以上どころか、食欲も性欲も全て失った彼等はどうなる!!!」

【それはそれ、仕方の無いことだよ】


戻って来た怒りを振り絞り、インサイドの首を掴み上げ、そして地面に叩きつけた。



【どうするんだい? 私を殺せば、封印の依り代を失い感情は元に戻るよ】

「何故今それを教えた!? それを知れば、俺がお前を殺すのはわかるだろう!!!」

【ふふふっ、何でだろうね。何れにせよ、君に選ばせるつもりだったんだ。何の設計ミスかはわからないけれど、善悪の感情を併せ持った君に】

「答えは決まっている!!!」

【そうか、なら殺すと良いよ】


俺は近くにいた兵士の腰から剣を引き抜く。

剣を奪われても、兵士は平然と日常を続けていた。

異常だ。あまりに異常過ぎる!

こんなものの何が完成された世界だ。


剣の切っ先をインサイドの胸に当てる。

彼女を殺すのか。人間を殺すのは初めてだな。

いや、人間だとは思うな。彼女は“悪”だ。

自らが正義を騙る、人間の皮を被った“悪”そのものだ。

彼女が創った罪王達が何を成した?

天災のように悪戯にあらゆる命を屠っただけじゃないか!

プライドが、ラストが、エンヴィーが、グラトニーが、グリードが、一体どれだけの犠牲を生んだ? この女の命一つでは到底足りるわけがない!!!


「せめて…………死をもって償え!!!」


俺が叫ぶと、インサイドは微笑んだ。


【一体何が“善”か、なんてのは、意外とわからないものさ】

「問答をしようとしても無駄だ。お前の成した事は、多くの犠牲を払い過ぎている」

【そう。世界を完全なものにする為に、必要な犠牲だと言い聞かせて来た】

「それは傲慢だ。その傲慢さが、命を奪ったのだと知れ」

【ふふふっ。今の言葉、忘れてはならないよラース】


ザクリ。インサイドの心臓を剣が貫く。

1000年生きていようと、人間であることには変わりないか。

インサイドから溢れた血が、乾き切るまでそこにいた。


これで……、これで元の世界に戻る筈だ。



こんな筈では無かった。

一体何故……、


「何故人間同士で殺し合って……」


インサイドという封印の依り代を失った世界は、少しずつ感情を取り戻していった。

だが、感情が姿を変え、世界中で争いが起こる迄そう長くはかからなかった。


それは善意から起こることもあれば、悪意から起こることもあった。

土地や富、恋人の奪い合い、プライドのぶつかり合い、宗教観の違い、家族を傷付けられたことへの報復、飢えに苦しむ人々の反乱……。

既に、罪王など比較にならない程の命が失われていた。


「何故だ……、何故争う……、何故これを俺に教えなかったインサイド!!!」


こんなことになると知っていれば、世界に感情を戻すなどとは考えなかった。

こんなことならば、感情が無いまま痩せ細っていった方が救いがあった。

どうしてこれ程迄に醜い……、何を求めて……何故……。


俺が自我を持った時点で、多くの感情が既に封印されていたのか。

だからこそ、俺は世界の悪意に気が付かなかった。

こんな………………こんなことならば、


「うぁああああああああ!!!!!」


許されない。

あまりに醜い。

悍ましい。


俺は許せない。

この世界に悪を齎した原因が許せない。

何だ、何が悪い? 一体何がこの世界を……、


「俺…………じゃないか」


そうだ。

この世界に感情を戻そうと決めたのも、感情を奪ったインサイドを悪と決めたのも、その彼女を殺して封印を解いたのも……、


「悪は……………………俺か」


昔、インサイドの胸を貫いた剣を抜く。

そして、同じように心臓に突き立てた。

パキン、と核が砕ける音がする。


許せない。

俺は許せない。

自らが悪に成り果てたことも、自らの善を信じ切りインサイドを殺した傲慢も、より良い世界になる筈だと追い求めた強欲も、何もかもが許せない。


体が灰となって消えていく。

この世界は醜かった。そして何より、俺自身が醜かった。

こんな世界に在り続けるくらい…………なら……………………ば…………。











この世界は争いに満ちている。

人と人とが奪い合い、怒りをぶつけ、その傲慢さ故に譲ることを知らない。

何故か。感情があるからだ。

こうすれば、きっと世界は良くなる筈だ。

この稀代の天才錬金術師だからこそ成し得た偉業だろう。

不毛な争いの世は終わりを告げ、平和が訪れるだろう。

100年、いや200年、例え1000年かかったとしても構わない。

このオリハルコンと世界樹の蜜、ユニコーンの角、精霊の羽を練り上げ完成した“神の雫”があれば、私は不死に近い程の生を得られる。

そして、この雫と私の体を依り代にして、世界にある感情を封印して仕舞えば良い。

永遠に続く平穏を手に入れよう。

この世界を美しく完全なものにする為に。



To be continued……

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