八章 鎌倉
第61話相模に到着!
甲斐を出てから数日後、吉備太郎たちはようやく相模へと着きました。
そこで見たものは、都と変わらないほどの盛況した集落でした。
いやむしろ暗く澱んだ都しか知らない吉備太郎にとっては、このように栄えた場所は知りませんでした。
「流石に都造りの玄人ね。もうこんな街を創っちゃったわ」
感心するより呆れると言う感じの竹姫です。
鬼の脅威は去っていないのに、彼らは忘れてしまっているのかという皮肉も含んでいます。
「それで吉備太郎殿。拙者たちはこれから何をすれば? そもそも旅の目的地が相模ということしか聞いていませんが」
蒼牙の言葉に朱猴と翠羽は頷きました。
「そうだな。竹姫、まずは匂宮右大臣のところへ行こう」
吉備太郎は何気なく言ったつもりでしたが、竹姫以外の三人は驚愕のあまり後ずさってしまったのです。
「き、吉備太郎殿!? 右大臣さまとお知り合いなんですか!?」
「なんでそういうことを言わないんだよ!」
「考えられません! どうして黙っていたのですか!」
三人の反応が過剰に思えた吉備太郎はとぼけた風に「そんなに凄い人なのか?」と竹姫に聞く始末でした。
「そうね。日の本でも五指に入るほどの偉い人よ。吉備太郎は自覚ないけどね」
三人の仲間は呆れていいのかどうかさえ分かりませんでした。
その後、朱猴が調べた結果、街の中心に近いところで居を構えているらしいので、五人は向かうことにしました。
「そういえば、この街の名前ってなんだ?」
吉備太郎が何気なく訊くと朱猴は「鎌倉というらしいぜ」と答えました。
右大臣の屋敷は突貫で造られた質素なものでした。庭などありません。近くには宮殿が造られていました。きっと御上が過ごされる場所として建てられているのでしょう。
屋敷の前には門番が居ました。近づくと「ここは右大臣の屋敷だ。用のない者は近づくな」と決まりきった言葉を言っていました。
「右大臣に用があって来たんだけど」
物怖じもなく竹姫が言うと門番は「用だと? 貴様らは何者だ?」と誰何しました。
「私は吉備太郎です。右大臣さまとの約束を守りに来たとお伝えください」
吉備太郎が名乗ると門番は姿勢を正して「おお! あなたが吉備太郎さまですか!」と尊敬の眼差しで見つめました。
「し、失礼ですが、吉備太郎さまの証になるようなものはありますか?」
吉備太郎は首を捻って「証になるようなものはありませんが」と前置きをしてから右大臣のことを思い出します。
「右大臣さまにお伝えください。屋敷でお粥をご馳走になったことがありますと」
門番は「少々お待ちください」と言い、屋敷の奥へ向かいました。
「……本当に吉備の旦那は右大臣と知り合いだったんだな」
「なんだ。信じてなかったのか?」
すると翠羽はぼそりと呟きました。
「信用すること自体がおかしな話ですよ」
しばらくして奥のほうから壮年の男性、つまり匂宮右大臣がやってきました。
「おお! 吉備太郎くん! 久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
「お久しぶりです。右大臣さま」
仲間はまさか目の前の気さくな男性が右大臣だと分からなかったので、吉備太郎の言葉で遅らせながら跪きました。
「おや。そこの三人は見ない顔だね」
穏やかに言う右大臣に恐縮しながら、代表して翠羽が言いました。
「僕たちは吉備太郎さんの仲間です。僕は翠羽と申します」
「拙者は蒼牙と申します!」
「俺様じゃなかった私は朱猴と申します」
右大臣は「なるほど、だから一緒に行動しなかったんだね」と納得しました。
「とりあえず中に入りなさい。鷲山中納言も居るんだ。是非君たちに相談したいことがあるんだ」
竹姫は鷲山中納言という言葉を聞いて嫌な顔をしました。
屋敷の中の一室には鷲山中納言がどっしりと座っていました。
「おお。吉備太郎だな。それに竹姫。……知らん顔が増えているな。まあいい。話したいことがあるのだ。まずは座れ」
中納言は貴族らしい傲慢不遜な感じで声をかけました。
吉備太郎と竹姫は慣れたものですが、仲間の三人は居心地の悪い思いで一杯でした。
「それでだ。相談したいこととは東国武者のことだ。あいつら、兵権を寄越せと言ってきた。なんとかしたいが策がない」
単刀直入に話を切り出す中納言。
「兵権を寄越せ? 意味が分からないけど」
竹姫が言うと右大臣が「一から説明しよう」と話し出しました。
「東国武者は四つの派閥が居てね。東川、西山、北野、南原の四家だ。まあ無所属の武者のほうが多いが、有力者はその四家の当主だ。問題はそれぞれ仲が悪い」
右大臣は困りきった顔になりました。
「都の軍隊は一万三千。四家の合計は二万。一つ一つの勢力は弱いが、それでも合わされば力が強くなる」
すると中納言は憎々しげに言いました。
「あの田舎者共、御上の前でこう言ったのだ。『力を貸す代わりに征鬼大将軍の地位と兵権をくれ』とな。それも自分の家だけにだ」
竹姫は「四家はそれぞれ仲が悪いから、誰かに兵権を渡すと協力しなくなるってことね」
「しかも兵権を渡すのはどうかと思うわ」
吉備太郎は「兵権を渡すと何が都合が悪いんだ?」と竹姫に訊ねます。
「兵権を渡すのは、そうね、分かりやすく言うと心の臓を渡すようなものね」
御上の権力は兵権があってのことです。武力があって初めて日の本の頂点に立てるのです。それを譲り渡すとは御上にとって代わると言ってもいいぐらいなのです。
「そうだ。兵権は渡せない。しかしそうしないと兵力が足らない。都を奪還できぬ」
中納言の苛立ちは最高潮に達していました。
「ねえ。無所属の武者の力を借りられないの? そうすれば対抗できるんじゃない?」
右大臣は「それは可能だけど」と言葉を濁します。
「四家の協力を拒むことになる。あくまでも四家の力が必要なんだ」
中納言は「さらに悪いことに」と続けて言いました。
「鬼の軍勢がこちらに迫ってきている。数は五百だ。東海道を進軍している」
最早、一刻の猶予はありませんでした。
「ねえ。それぞれの四家の勢力で一番大きいのは?」
竹姫の質問に中納言は「東川家だが、あまり変わらん」と言いました。
「各家が五千の兵を持つ。もしも誰かに頼むとなれば、一万五千の兵が無くなると言っても過言ではない」
吉備太郎は「無所属の武者はどれくらいいるんですか?」と訊ねました。
「正確な数は把握していないが、十五万は居るだろう」
中納言の言葉に吉備太郎は「えっ? そんなに居るんですか?」と驚きました。
「しかし全員が協力してくれるはずがない」
部屋が沈黙に包まれました。この状況を打破することはなかなか――
「あのう。なんとかできそうなんですけど」
おずおずと翠羽が手を挙げました。
「……貴殿、今なんと言った?」
中納言が翠羽の目を見ました。翠羽はおどおどしながらも「はい。策が思いつきました」とはっきり言いました。
「兵権を渡さずに、四家の協力を得る。そう難しいことではありません」
翠羽は思いついた策をその場に居る全員に話しました。
それを訊いた中納言は小娘に思いついたことを何故思いつかなかったのかと恥じ入り。
竹姫はあたしよりも発想と知能はやはり上なのねと改めて思いました。
「ふむ。面白い。やってみる価値はあるね」
右大臣はさっそく策を実行しようと思い、立ち上がりました。
「中納言殿、四家を五日後に召集しよう。それだけの時間があれば策は実行できる」
「了解した。私は御上の名を借りる許可を得よう。しかし――」
中納言は翠羽を見ました。翠羽は目を伏せてしまいます。
「吉備太郎。貴殿は素晴らしい者を仲間にしたな。羨ましい」
中納言にしては最大の賛辞でした。
こうして五日の間、策は実行されつつありました。
四家はそれに気づきましたが、邪魔立てすることはできません。
むしろすることで自らの首を絞めることになるのです。
そして五日後。
四家の代表は造りかけの宮殿に召集されました。
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