第12話女武者の名は山吹

 吉備太郎はこちらに敵意を向けている女武者を見ました。

 彼の父親は「自分に敵意を向けている相手のことをよく観察することは重要だ」と息子に教えていました。


「何故こちらに敵意を向けているのか、それを知ることは決して無駄ではないんだ。吉備太郎、何の理由もなしに人は人を恨まない」


 父親の教えを守るならば、目の前に居る山吹と呼ばれた女武者はどうして吉備太郎たちに敵意を向けているのでしょうか。その理由を探るために吉備太郎は観察します。


 年齢は吉備太郎より上で、おそらくは十八か十九。背丈は吉平と同じくらいで、吉備太郎と比べたら背は低いです。薄手の鎧を着ていることから力はそれほど強くないことを表しています。

 つり目で厳しい顔つき。もっと柔和な表情をすれば女性らしくなるのにと吉備太郎は勝手に思いました。


 額には家紋が書いてある鉢巻。髪はそれほど長くありません。

 そして武器の薙刀。刀以外の得物を使ったことはない吉備太郎ですが、刀と槍が融合したものであるなという認識をしました。


 その認識は正しくありませんが、吉備太郎なりの分析は今は亡き父親から見れば及第点と言えましょう。

 吉備太郎は目の前に居る女武者がいつ吉平に斬りかかっても守れるように構えていました。


「闘え? そんなことはしないよ。君と闘う理由はない」

「ならば貴様のような半々妖が、このような場に居る? 消え失せろ」


 憎々しげに女武者――山吹が言うと吉平は肩を竦めました。


「酷いなあ。俺たちは鬼の討伐隊に加わるためにここに居るんだよ」

「貴様が鬼退治だと? 笑わせる」


 ふんと鼻を鳴らして山吹は言います。


「貴様も鬼と同じ、人ならざるものだろう」


 吉備太郎は吉平の顔を反射的に見てしまいました。

 吉平は少しだけ悲しそうな表情を見せました。自分ではどうしようもないほどの困難を目の前にした子供のような表情。


「そうだな。俺は鬼と同じかもしれない」


 あっさりと認める吉平。


「だけど誰よりも京の都を守りたいという気持ちは強いんだ。それだけは信じて――」

「半々妖が綺麗事抜かすな!」


 山吹は怒りのあまり吉平に詰め寄ろうとしました。


「そこまでですよ」


 吉備太郎は吉平と山吹の間に割って入りました。


「邪魔立てするな! 小僧!」

「それ以上、私の友人に危害を加えるならば、相手になりましょう」


 吉備太郎の言葉は丁寧でしたが「くるならこい!」という闘志に燃えていました。目が爛々と輝いて睨みを利かせています。


「貴様っ! いいだろう。望むところ――」


 山吹が臨戦態勢になったそのとき。


「山吹! 何をしている!」


 山吹の後方から怒声が響き渡りました。

 ハッとして三人が声の主を見ると、そこには長身の吉備太郎よりもさらに大きい大男が居りました。

 山吹と同じ薄手の鎧を着ていても分かるほど、筋肉隆々で逞しい身体つきをしている壮年の武者。

 彼もまた、薙刀を携えていますが、山吹と比べてかなり長く無骨な得物でした。

 大男は山吹に怒鳴り散らしました。


「あほんだら! 屋敷で待っていろと言っただろうが! 女が来る場所ではない!」


 山吹はしゅんとなって「でも父上……」と小声で言います。まるで借りてきた猫のようで、先ほどの勢いはありませんでした。


「おとなしく帰れ! 今回の戦いは半端なものではない! 相手は鬼だ!」


 大男は山吹に説教を始めました。


「吉備太郎ちゃん、行こう」


 その隙に、吉平はこっそり耳打ちして、その場を離れました。


 御所の中に入ると外から「吉平ぁああ! どこに逃げたぁあああ!」という到底女性の出すものとは思えない絶叫が響きました。


「大丈夫ですか? あのおなごに色々言われていましたが」


 吉備太郎の言葉に吉平は「大丈夫だよ。ありがとう」と言いながらも悲しそうな表情は変えません。


「山吹がここに来るとは思わなかったね。会いたくなかったから」

「あのおなごとはどのような関係ですか?」


 訊くのはどうかと思った吉備太郎ですが、訊かないのもそれはそれで良くないとも思いました。

 まるで捨て子のように、吉平は寂しそうだったのです。


「うーん、幼馴染の腐れ縁。今は山吹にとって最低最悪の敵みたいなものさ」

「……すみません、意味が分からないのですが」


 吉平の言葉に、吉備太郎は首を傾げました。


「俺の出自に関することなのさ。吉備太郎ちゃんには申し訳ないけど、いずれ話すよ」


 吉備太郎はその言葉を信じて「分かりました」と頷きました。


「それにしてもさ」


 暗い雰囲気を払拭するようにわざと明るい声で吉平は笑いました。


「吉備太郎ちゃんに友人と言ってもらえるなんて、思わぬ役得だったよ」

「あ、それはつい出てしまった言葉で……不快でしたら撤回しますけど」

「撤回しなくていいさ。俺も吉備太郎ちゃんのことを友人と思うよ」


 けらけらと笑う吉平を見て、吉備太郎は機嫌が良くなって良かったと単純に思いました。

 実際、吉平の心は悲しみで塗られていましたが、吉備太郎があまりに心配した顔をしているので空元気を振りまくことにしたのです。




 御所の中で討伐隊に加わる武者が数列に並んでいました。おそらくは百を超えるでしょう。

 彼らの目の前には屋敷があり、前面を御簾で閉められています。

 吉備太郎と吉平は一番後ろに並びます。


「もうすぐ軍事責任者がやってくる。なんでも『征鬼大将軍』という令外官――役職が創られたらしいよ」

「なんだかとってつけた役職ですね」

「こうやって地位や権力を設けないと人は動かないからね。まあ建前だね」


 ひそひそ話をしながら征鬼大将軍とやらを待っています。


「その征鬼大将軍ってやっぱり貴族がなるんですか?」


 吉備太郎は数日の間に貴族について説明を受けていました。

 吉平は貴族とは特権階級であり権力と財力に溢れた者たちという言い当て妙な言葉で説明しました。


「うーん、まあそうかもね。でも戦いの経験者が指揮を執るから心配要らないよ。ずぶの素人を責任者にするほど、頭が悪いわけではないしね」


 吉平は言い終わると同時に、御簾が上げられました。

 そこに居たのは、先ほど山吹を叱っていた大男でした。


「げっ。山吹も参加するのか……」


 よくよく見ると、山吹も屋敷の中に居ました。どうやら同行が許されたようで、満足げな表情をしています。


「このたびの討伐隊の指揮を任された坂井定森である」


 大男――定森が討伐隊の面々を眺めます。


「これから挑む相手は知ってのとおり、大江山を占拠している酒呑童子とその一味だ。はっきり言ってこちらの分が悪いことは確かだろう」


 その言葉に武者たちはざわめきます。


「しかしだ。我々が戦わなければ都の人間が喰い殺されてしまうだろう。それは避けねばならぬ。我らの国を守らねばならぬ」


 定森は続けて言いました。


「我らの家族を守ろう。主君を守ろう。無辜の民を守ろう。そのために力を貸してくれ」


 すると指揮官にあってはならないことを定森はしました。

 頭を下げたのです。

 武者たちはどよめきましたが、次第に歓声へと変わりました。


「うおおお! やってやるぞ!」

「鬼がなにものぞ! 刀の錆にしてくれよう!」


 定森は頭を上げると武者たちに言い聞かせました。


「昔から鬼を討伐するのは人間だ。勝てぬ道理はない! 戦え、武者たちよ!」


 皆の歓声を聞きながら、吉備太郎も自らの心が高まるのを感じました。


「やれやれ。昔から熱い人だな」


 吉平は一歩引いて思いました。

 この中で生き残るのはどれだけ居るのでしょう。そう考えたら素直になれない吉平。

 そして作戦を実行に移すことを考えると、どうもいい気はしないのです。


「まったく、山吹。君の父君は罪なお方だよ」


 その声は歓声にかき消されて、届くことはありませんでした。

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