残酷御伽草子 吉備太郎と竹姫

橋本洋一

序章 伊予之二名島

第1話始まる前の物語

 昔々、或る地方にはおじいさんとおばあさんは居ませんでした。

 若者すら居ませんでした。

 みんな鬼が喰らいつくしてしまったからです。

 桃太郎も犬も猿も雉も今は居ません。


 いえ、独りだけいました。

 竹の中にたった独りだけ生き残っていました。

 その子の名前はありません。

 今は遠い大空の上、『月』からやってきた名もなき赤ん坊でした。


 彼女――名前のない彼女を便宜上、竹姫(たけひめ)と呼びましょう――は自ら過ちを犯していませんが、竹姫の親兄弟が『月』で反乱を起こし、負けてしまいました。

 その咎により未だ小さき赤ん坊を、私たちが住むこの日の本の一本の竹の中に閉じ込めてしまったのです。


 なんとおそろしいのでしょう。

 なんと残酷なことでしょう。


 救いがあるとすれば、彼女が光輝くほどの美しさを持っていたことでしょうか。

 それは比喩でもなんでもなく、本当に竹姫は全身を輝かせることができたのです。

 それは『月の民』特有の能力でもありました。

 こうして竹姫は暗い竹の中を明るくして少しでも孤独を癒そうとしたのです。


 そうやって竹の中に暮らすこと、十年。

 彼女はずっと独りきりで生きていました。

 しかし竹姫は知りません。

 外の世界には鬼が跳梁跋扈していて、誰一人対抗できないという現実に。


 いえ、一人だけ居ました。

 鬼退治の伝説を持つ先祖の血を引く、伝説の武者が現れるのは竹姫が解放される三日前のことでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る