第三章

夢の中でたどった道をそのままに歩き、小高い丘にたどり着く。

夢そのままの光景を見下ろす。陶吉は、ぞっとした。俺はどうして、ここをこんなにも知っているのだろう。そして、どうしてこんな光景が現実に有り得るのだろう。………一面の重苦しい水銀色。空も水面も木々の色も。その中でたったひとつの、薄紅。このふたつの色の濃淡の他には、何色もよせつけない光景。

ゆるやかな斜面を、そろりそろりと降りていく。むせるような甘い匂いの、冷たい霧が体にからみついてくる。

その桜は、巨木と呼ぶにふさわしい、大きな木であった。根元に立つと、頭上は霧に溶ける薄紅しか見えない。本当に、俺は何でここに来たのだろう。俺もまた、この桜のわなにかかってしまったのか。

何が起こるのだろう。ここで。あの夢の少女の姿だけが、見当たらない。

…ぴちゃ。かすかに、かすかに、水の音がする。ふりむいてぎょっとした。湖のほとりにひざまづく、小さな人影。両手から、こぼれる水。深く傾けた体が、ほんのバランスの狂いで、湖に落ちてしまいそうで。

思わず走り寄り、腕をつかむ。細く、あたたかな腕。生きている、ひとのぬくもり。腕の、あまりの細さにびっくりして、陶吉は相手を見入った。蜜色の髪、水面のように、深い瞳の青。うすもも色の着物を着た、陶吉と同じ年位の、女の子。

ああ、この子は。陶吉は察した。この子は異人の子だ。都会に住んでいた陶吉は、異国のこういう姿をした子供を連れているのを、見たことがある。

「いたい」

「ごめん」

強く腕を引く彼女に気付き、陶吉は素直にあやまった。

「湖に、吸い込まれそうだったから…」

言いながら、彼女の顔をのぞきこんで驚いた。髪の色も目の色も違う、けど、彼女はあの夢の少女に似ている。

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