第一章
陶吉は、無口な少年であった。
彼の父は、異国でのいくさにかり出され、もう二年近くも便りさえ無い。母は半年前に、はやり病で熱に苦しみながら死んだ。
陶吉は、母方の祖母にあたる ばばさに預けられた。このとき彼はもう13だったので、自分が生きる責任は出来うる限り自分で負う覚悟をして、この村に来た。
彼は、同じ年頃の村の子らの仲間に入ることもせず、毎日、慣れないながらも、ばばさの仕事を黙々と手伝った。ばばさは、陶吉の言葉に出せぬ重い悲しみを、よく知っていたから、そんな彼の様子を痛々しくは思っていても、甘やかすことなく、静かに見守っていた。
長い長い冬が過ぎ、陶吉が村に来て初めての春が、やっとという位、ゆっくりと訪れた。甘い香りを放つ白梅の花や
ほころびかけた桃のつぼみに、まだ冷たいなごり雪が降る日、ばばさが村に流れる妙なうわさを仕入れて来た。
「しろがねの湖の傍(はた)に、桜の精が出たと」
「桜の精?」
めずらしく陶吉が顔を上げて聞き返した。あわてて、ばばさは続けた。
「桜の精は死神じゃ。見たいなどと思っちゃなんねえ。見てくれは、桜みたいにそりゃきれいな娘っこだというが、それがわななんじゃ。いいか、あの桜の木は死びとのたましいを吸って咲くんじゃ。あの湖じゃ、毎年二、三人は村のもんが溺れ死んでおる。よりあざやかに赤く咲くために、あの桜は毎年、新しいたましいを自分の根に引き込もうとしておる。しろがねの湖の桜が、他より赤いのが、その何よりの証じゃ」
毎日、ばばさの家と畑から離れず働いている陶吉は、その湖も桜も見たことがない。陶吉の頭の中に、墨絵の中の薄紅が、強烈に印象づいた。
(あんな話を聞いたから、こんな夢を見てしまったんだ)
陶吉は、ひたいの冷たい汗を手でぬぐった。
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