S.G.A.L.4 厳秘絶対防衛計画シナトベ Der Geheimste absolute Verteidigungsplan

小松多聞

プロローグ

 田巻たまき己士郎こしろうは、その野性的で愛らしい顔をしばらく見つめていた。

 若いころから女性とはあまり縁がなく、これほどの美人はほとんどはじめて「お目にかかった」かも知れない。内心やや、動揺もしていた。

 田巻は、やがて自分が危険な極秘実験に立ち会っていることを思い出した。

 防衛省関係の民間会社から政治的コネで任官、最近やっと一等尉官昇進が決まった中年男は、あらためて薄暗く寒々とした空間を見回した。

 ドームの壁面から天井まで、無数の小さなランプが輝き、プラネタリウムのようだ。しかしその特殊実験室の中心にあるのは、未来的デザインの棺おけのようだった。少し青ざめて横たわる眠り姫は、まだ十代終わり。

 田巻が「どさくさにまぎれて」統合自衛部隊ジャストに入ってはじめてであった、PSN特殊超常能力を持つ少女だった。

 そんな「力」が存在する可能性は信じていたが、まさか防衛省時代から細々とその研究が続いていたとは意外だった。田巻はその存在と、軍事利用に関する私的な論文、または空想的な提言を提出したこともある。

 隊内ではこの分野での、エキスパートの一人とされていた。

 この春、念願かなって情報統監部に配属されたが、もとより「まともな」、あるいは地道な情報業務ができる男ではない。小心者ゆえの用心深さと世渡り術で、なんとか昇進していた。そしてもっぱら危険でいかがわしく、かつ常人の避けたがる裏家業担当となっていた。

御剣みつるぎ真弓まゆみ二等曹長。かわいい子ね」

 香水よりも強い艶かしい体臭をふりまいているのは、黒い下着に直接白衣、しかもボタンをしめていないと言う娼婦じみた小林御光おみつ二等佐官だった。年は田巻とかわらないはずだが、かなり若づくりである。外見に反して、極めて優秀な医官だった。二十五歳で医学博士号をとっている。

「意識がないって、悪さしちゃだめよ。いくら女に縁がないと言ってもね。

 でも、天は二物を与えるのね。なんか特殊能力持ってる子ってみんな若くて可愛い」

「……十代の少女に限られるってのも、進化的になんか意味おますんか」

「ハイティーンって言うのが、一番ダーウィン適応能力高いじゃない。多分そんな年代の母体を護る、一種の防衛機能かしら。

 でも妊娠可能になると、急速に衰えるみたい。母体には危険みたいね」

 その問題の二等曹長は、銀色の宇宙服のような実験着をきて実験台に横たわっている。眉毛より上は歪な兜のような測定器具で覆われ、手や胸にはさまざまな観測装置が取り付けられている。バラ色の唇は肉感的で、閉じた目には長いまつげが並んでいる。

 陰気そうな痩せた人物が、大型モニターに張り付いている。

「すばらしい」

 薄暗がりのなか、研究開発本部の別所技術三佐はうっとりとした声で言った。

「ここまで能力があるとは予想以上。これだとどんな兵器でも強力に遠隔操作できる。いや、兵器そのものに意思を移植できるかな」

 いつもは妖しい笑みで色気をふりまいている小林御光おみつ二佐が、珍しく真顔になった。

「別所三佐。少し休ませては。こう次々と色んな兵器で仮想シミュレーションさせたんじゃ、ほんとうに彼女の身がもたないわよ」

「判りました。しかし素晴らしい……こんな力が実在するとは」

 田巻は、目を閉じた美しい顔がゆがんでいるのに気付いた。

「ち、ちょっと小林二佐殿、その、エラい苦しんではりまっせ」

「!いけない。自律防衛反応が出ている」

小林は手持ちのタブレット型端末をいじった。別所も慌ててキーを操作する。

「別所三佐!」

「電圧を下げました。現在新データを蓄積中。終わり次第実験中止します」

「そんなこと言っていると……」

 被験者が小さく叫んだかも知れない。次の瞬間、天井でなにかがはじけた。

「なんや?」

 田巻が見上げると、輝いていた「星たち」が次々と小爆発していく。そして輝く龍のごとく、小さな稲妻が飛びまわりはじめた。

「大変、電源切ってっ!」

 別所工学博士はやっとデータ更新を終え、電源をきった。しかし異変はおさまらない。

「な、なんやなんやなんやっ! どないなっとんのや!」

 各種計器は火花を散らし、飛び回る小さな龍はますます増えていく。各種ランプは次々とふきとび、発光ダイオードが溶けていく。スパークが火をよび、警報が鳴り響いた。

 被験者は意識を失ったまま、固定された実験台の上で身もだえしている。

「あ、あかん。エラい苦しんどる」

「電源落として、なにしてるの!」

「き、切ってます。でもかってに電力が流れ込んでる」

 小林は実験台に飛びついた。被験者の頭を覆う複雑な兜のような機器に手を触れると、たちまち手がスパークしてはじきとばされる。

 小林は白衣を脱いだ。その下は、上下の黒く小さな下着だけである。その白衣を丸めて絶縁体として、ヘルメット状の観測機器を剥ぎ取った。

「あああああああっ!」

 被験者は目を見開き絶叫したが、ほどなくまた気を失ってしまう。同時に実験ドーム内のパニックも、急に終わりをつげた。

 あちこちで火花がとび、小さな火災もおこっている。白煙がただよう中、職員が消化器をもってかけこんできた。自動消火装置が作動しないのだ。

「はやく御剣みつるぎ二曹を! 医療班急げ」

 研究開発本部の別所技術三佐は脂汗をかきつつ、その場に座り込んでしまった。田巻二尉も腰がぬけたようになっていた。

 一人、医学博士号を持つ小林が、被験者の瞳孔や脈を確認していた。


「研究開発本部中央高等研究所によって隔離?

 その、御剣二曹の様子はどうなんです」

 新設の情報統監部に呼び出された小林は、珍しく統合軍令本部員の兵科色である青みがかった灰色の通常勤務服に、制帽であるモダンな「烏帽子」をかぶっている。変わったベレー帽にも見える。

 内心怒っていても、顔は挑むように笑っている。

 執務机の前に立つのは、情報統監部長に就任したばかりの新任将帥石動いするぎ麗奈れいなである。五十近い年齢のはずだが、若々しい。

 男性のよう短い髪は、栗毛色である。

「……わたしの権限外のことなので、これ以上は追求できない。君も田巻君も、今回のことは忘れて欲しい。いえ、絶対に口外無用。いいですね」

 なにか反論したかったが、小林にも石動の苦悩はわかっていた。自分達は大きな計画の歯車に過ぎない。

 そして言うことをきかない歯車は、取り替えられるしかないのだ。

 小林は固い表情で敬礼すると、踵をかえして出ていった。この数週間後、密かに作られた情報第十一課「エルフィン」の課長に強引に彼女を推薦したのは、石動統監部長だった。


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