第16話 歳三 VS 稔音
「急いで!」
池田屋に近藤勇が乗り込んだころ、別動隊として、鴨川対岸の四国屋に向かった土方歳三は間違いに気づき池田屋に急行していた。
「池田屋の表玄関は会津や桑名の兵がいっぱいよ。多分」
斎藤一はダルそうにいった。
「狙いは裏口から逃げる奴らよ」
歳三もそれはわかっていて答える。
「-----!」
「!」
「気づいた?相手は複数かもしれないわ。全員抜刀!」
少しすると、向かう先から悲鳴と、血槍を持った吉田稔音が現れた。
「なによ。次から次へと切りがないわね。まぁアンタらを池田屋に行かせたら仲間は全滅だもんね。しかたない…ヤルか」
稔音はこの時、守りに徹する事だけを短時間で導き出す。
守りに重点を置かなければ、目の前の敵にはかなわないだろうことも理解できた。
槍の穂先を下にして受ける構えを作る。
相手がもし隙を見せれば、下から喉を縦に割いてやるつもりでいた。
対する歳三は平正眼の構えでいる。
(やっばい…!強いわ!××コ濡れてきたぁ)
子孫繁栄のための本能か、歳三の体は興奮していた。
(一撃目は躱す。2撃目で仕留める!)
身体は興奮しているが、頭は冴え切っている。
やがて――――
槍の穂先が跳ね上がった。
(読み通り!)
続くのは上からの打ち下ろしだった。が、歳三はこれを右横から刀の峰で叩き、軌道をずらした。
「やるじゃないの」
稔音は再び最初の構えに戻ると、嬉しそうに言った。
2
一番近い道を、戻りながら鴨川対岸の鉄のいる潜伏先へとお珠は急いでいた。
しかし、運悪く、土方と吉田がやり合っているところが目に入る。
幸い相手はきずいていない様子であった為、お珠はその戦いを路地に隠れて遣り過ごすことにした。
(なにやってんだ?ありゃぁ…この間あったイケすかねぇブス女じゃねぇか)
お珠は、相手の一人が歳三で有る事がわかると帯の間に差していたS&Wを引き抜いた。
(このまま、ブス女が倒されてくれれば良しだ。だが、鉄さんに早く合わなけりゃいけねぇんだが…)
時間がない。
鴨川対岸まで泳いで渡るわけにもいかない。音を立てて渡ろうものなら、新撰組の餌食になる。
(周り道は…ダメだ時間がかかりすぎる)
鉄の泊っている宿は鴨川対岸のもう一つ先の商家の二階。今は静かだが騒ぎを聞きつけ鉄自身が何事だろうと表に出てくる可能性も考えられた。
一方、お珠が迷っている間にも戦況は変化していった。
二撃目も稔音の攻撃から始まる。踏み込んでからの石突きでの胴への突き。そして、下からの逆凪ぎ。しかし逆凪ぎを躱した歳三は一瞬で稔音の籠手を切り付け、切断した。
(腕はあげるわよ!)
籠手を切断されながらも稔音は上がった穂先を斜め上から歳三に向かって突きだした。
(届けぇ!これがあたしの全部よ!)
しかし、その一撃は歳三の羽織のみを貫くだけ。正確には皮は切れたが骨まで届くことは無かった。
(化け物かしらね?)
「名乗りなさい」
「長州藩士、松下村塾…吉田稔音よ」
「その名前。刻んだわ。吉田稔音」
歳三はそういうと、袈裟切りの一撃で稔音にとどめを刺した。
(…高杉…あたしはもうダメだけど、あんたとおんなじ道を歩けて…あたし凄い楽しかったわ)
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「…苦しいよなぁ。介錯はいるかい?」
新撰組が去った後、お珠は、まだかすかに意識のあった吉田稔音に銃口を向けていた。
「―――頼むわ」
「目を閉じなよ。すぐ楽にしてやるからさ」
「たえ…がとう…(ありがとう)」
パンッ
一発の銃弾で吉田稔音の側頭部を打ち抜くと、今度こそ稔音は動かなくなった。
1864年6月5日 吉田稔音は散った。享年23歳。
維新後、明治維新の顕職を歴任した松下村塾の品川弥次郎はこう言っている。
『松陰先生も愛した謹直重厚な人柄とあふれんばかりの才は唯一無二。もし吉田稔音が生きていたら、総理大臣になっていただろう」――――と。
おおよそ、一刻に及んだ池田屋事件はあとから調べた結果では長州・新撰組の両方に損害をだした結果になった。
新撰組は奥沢英子が即死。安藤準らが重傷ののち死亡。
突入した永倉は手のひらを始めとして7か所を負傷。
藤堂も額に裂傷をおい、重症。そして、沖田は原因不明の喀血後、昏倒しているところを発見された。
一方、攘夷派は、肥後藩勤皇党 宮部鼎子。土佐勤皇党の望月。播州の大高等を始めとして16名が闘死。さらに10余名が捕縛された。
だが、桂小五郎をはじめとする池田屋にいたはずの10名あまりの長州藩士が忽然と京から姿を消した。
それは、新撰組主力部隊を暫時、吉田稔音が防いでいたからだと言われている。
3
「お珠さん!?どうしたんです?」
「……。人を殺した」
「え?なにを言って…」
鉄は最初お珠がなにを言っているのか理解出来なかった。
「あたしは、そいつがあんまりにも苦しそうだったから…見てらんなくなって…ひっく…止めを差したんだ。コイツで」
ゴトリと S&Wを置く。
止めを指した、人を殺した。ということは、誰かを撃って殺害したという事だが、とりあえず鉄に言えたのは、
「……頑張りましたね。とりあえず奥へ行きましょう?泣きたいだけ泣いて良いですから」
その一言だけだった。
鉄はお珠を奥へ進ませて襖を閉じる。
「さ。もう安心です。いくらでも聞きますよ」
「――――すまねぇ」
それから夜が明けるまでお珠は泣きどおしたのである。
明け方、障子から入り込む日で目が覚めると、お珠は膝枕の状態で撫でられていたのに気がついた。
「?!」
それと同時に、耳に入ってきたのは鉄の歌声。
「fly me to the moon~」
優しい落ち着く、声に耳が幸せだと訴えていた。
「and let me play among sters~」
歌はまだ続く。意味は全くわからないが、お珠はまだ動けずにいた。しかし、動けないながらも、ジットリと股が濡れているのに気がつき、なんとか身体を起こそうとして、
「ううん」
と喘ぎのようなこえが意識せずに漏れた。
「まだ、寝てて良いですよ」
鉄は起きようとしたお珠の頭を撫でてくる。
「……♥️!!」
撫でられた頭がら電流が身体に走り、ビクン、ビクンと身体が弛緩し、お珠は気絶に近い状態で、再び意識を失ったのである。
4
ビクンビクンと弛緩したお珠に鉄は一瞬、びくっとしたが、その後動かなくなったお珠の身体を膝枕から退かそうとして、
「…あれ?あれれ?」
お珠の手がガッチリと自分の尻を掴んでいるのに気がつき、いつ掴んだのだろうと、青ざめた。
着物の分かれ目に絶妙に入り込みそうな位置で着物もろともフンドシを鷲掴みしている。
これでは、動こうとしても難儀しそうだと鉄は思った。
(細いのになんて握力だ。それにしても…昨日は泣き通しだったな。人を殺したのなら当たり前か)
結局、お珠から事情を聞き、介錯という救済措置だということがわかって鉄はこの事を隠すことにした。
(今の京都じゃ、相手にされないし、斬ったのは土方歳三らしい。職務上斬ったのなら、相手にされないどころか、僕たち迄で危なくなるな)
気になるのは、美星の方もである。
昨晩、お珠と一緒に出掛けて未だ帰ってきていない。
(なにかあったのか?)
そう心配仕掛けた時だ。
「ひぃ~疲れたあ…」
ガラリと襖が開かれる。
「あっ」
「ああ!」
上がる美星の悲鳴と右足。
ゲシッ
そしてその後、美星の右足はストンピングという形で、お珠へ降り注いだ。
「あだぁ!」
「なにしてやがんでぃ!このスットコどっこい!」
二発、三発とストンピングが落とされてようやく止まったのは五発目のことだった。
「痛ェ…しこたま蹴りやがって…」
「たりめ~だ。ひとが疲れて帰ってきたら、片方は、鉄さんの膝枕だぞ?こいつは蹴りだけじゃ普通はすまないだろ」
「あたしも、昨日はいろいろあってさ。すまねぇなぁ」
「なんだい。お珠の癖にしおらしくしやがって、気持ちわりぃな」
美星も、察したのか、文句をそこでいうのを止めた。
「今日だけだ。明日からは鉄さんに迷惑かけんじゃないよ?」
「おう」
「なんだかんだ、美星さんもお珠さんも仲良しなんですよね」
ふふと、鉄が笑うと二人とも口を揃えて
「ちげぇよ」
そういうのだが、いうタイミングが全く一緒でまた、鉄が吹き出す事になったのである。
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