第15話 池田屋事件 その2

「御用改めである!手向かいいたすな!」

池田屋に号令が響いたのは夜半の事。

近藤が番頭を切伏せて、叫ぶ。

一瞬のうちに池田屋は大騒ぎになった。

「手向かいするもの、逃げるもの、はすべて切り捨てる!」

この時池田屋に入ったのは近藤、沖田、永倉、藤堂の4人だけであった。


「なんでバレたのよ!」

「んなこた知らん!」

池田屋に、集まっていた志士達は慌てる。

ロウソクを吹き消し暗闇を作り出し、身を潜めて機を伺う。

ぎゃああ!

と廊下から声がして、障子が赤に染まり、人が倒れた弾みで障子が内側へ倒れる。

そして、障子のむこうから姿を見せたのは新選組の沖田だった。

「もう…逃げないでよね!追いかけるの大変なんだからぁ!」

かわいい口調だが、手には血刀。顔にも帰り血を浴びていて、恐ろしい。

「でぇええい!」

「ふっ」

沖田が動いたのは1挙動で、しかし襲いかかった相手からは喉、心臓、腹から血を上げた。

「遅いわよ…けほっ」 

咳払いをしながらニタリと笑う小柄な女は修羅の様に見えた。

「まだまだなんだからねぇ!」

「かかってきなさい!オラァ!」

池田屋の夜はまだまだ終わらない。


2


「なんの騒ぎだぃ」

「池田屋に新撰組が押し入ったってよ」

池田屋の周りには数人の町人が噂をしていた。

「ミブロか。ああ…いやや。はよ出て行ってほしいわ」

町人の女が京都弁で悪態をついた。

「全くだ。あたいもそう思う」

横で野次馬に混じりながら、美星が同意した。後ろにはお珠がいる。

「お珠。鉄さんに知らせな。一歩も外に出るなって」

「あんたはどうすんのよ?」

「あたしは事の顛末をみとどけねぇとな。それに、逃げた奴がいるみたいだぜ」

へへへと美星は笑って見せた。

「無理すんじゃないわよ?」

「わぁってらい。ちょっと遠目から見るだけよ」

そう言って二人は分かれた。


「さすが逃げの桂よね!」

「お前も女のクセに随分と速いじゃないか!」

女。吉田稔音と、男。桂小五郎は路地を屋根づたいに走りながら夜道を逃げていた。

行き先は長州藩邸である。

「いたぞ!」

後ろからは新選組が迫っている。

「あんたは先に行って。あたしは戦うわ」

稔音はそう言うと背中に背負っていた長い棒状の物の包を解いた。

「槍か」

「そ。あたしはこれでも宝蔵院流の皆伝。壬生浪にやられるわけがないじゃない。」

稔音は言うと、槍を構える。

「早く行って。行って長州藩邸に助けを求めて帰って来て」

「何言ってんだ!?」

「あたし一人じゃ足らない。それは桂さんでもわかるでしょ。それにあたしより逃げ脚早いんでしょ?…お願いだから、それ今使ってよ」

「死んだらだめだからな!」

桂は言いながら背をむけて猛ダッシュを開始した。


3


「槍使いけ。退げ」

相手が持つ提灯に書かれた会の文字は会津藩邸のものであることの証であった。

稔音の前にいるのは十数人。

しかし彼女は笑う。

「どくわけないじゃないの。アンタ達こそ逃げたら?さもないと…死ぬわよ?」

稔音は目の前の会津藩士をすべて殺せるだけ確証があった。


グチャッと人から槍を抜き、血振りをしながら稔音は

「弱いわね。そんなのが会津の実力なのかしら?そんなんじゃアソコも濡れやしないわ」

残り二人の会津藩士を前に、稔音は言った。

「何おう!」

会津藩士も反論しようとするが、稔音はさらに強く言う。

「あたしはアンタらをぜんぶぶっ倒して、そんで気持ちよくイッテから、寝てやるんだから!」

ガッカリなセリフだったが、気合は十分だ。

確かに人を切った夜は、気持ちが高ぶり寝られはしないだろう。

彼女の言うのもわからなくも…ない。

世の男が聞けば、ゲンナリはするだろうが。


とまれ、稔音は、のこり二人の会津藩士を仕留めるために槍を構え直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る