第3話 君は虎の前に置かれたおいしそうな肉に過ぎない

「はぁ…いい日だったなぁ。あんな良い爺様見たことねぇ」

 お珠はパーカー氏を思い出してほけーとしていた。

 食事を食べながら、安酒を飲むのは毎日の事だったが、いつにも増して今日は酒が上手く感じる。

「あんな、男をみちまったら、他のがどじょっ子にみえらぁな」

 こんどは鉄之助を思い出して、「デェヘヘ」とほほを緩ませた。

「ああ――――くそ!ヤリてぇ!あんな男と一発ヤリてぇ!」

 おおよそ、女子が叫ぶべきではない言葉を思いっきり叫んでから

 今度は悔し気に飯をかきこんだ。



 2


「くそ――――ねみぃ」

 夢で、あの二人が出てきてから、珠は我慢出来ずに慰めてしまった。

 そうでもしないと、寝れないと思ったし、何より下半身が疼いて仕方なかった。

(でも、昨日のは一層気持ちよかったなぁ)

 それは確かだ。

 まるで行き方が違った。達するのが早すぎて、スルことが止まらなかった。

 おかげで――――太陽が黄色く見える状態に、珠はなったのである。


「居留地に行ってみっかなぁ…」

 居留地を訪れてみたいが、ぎっしり幕府の衛兵達がいるはず。

 この間は関係者二人がいたが、今回は一人だ。下手をすれば捕まってしまうかもしれない。

 しかし、やはり、あの男達が気になる。

 もっと話して、もっと近づきたい。一緒に過ごせたら色のない人生を替えるに違いない。

 お珠は朝から妄想が止まらなかった。

「朝から何笑ってんだい。気持ちわる」

 

しかし、そこに美星が板塀の向こうから茶々を入れてくるのが聞こえて、お珠は現実に引き戻された。

「うるさいねぇ、余計なお世話だろ」

 美星は半纏を肩からかけた格好だ。これから勤め先の木場で木材をの木挽きする。

 お玉もこれから勤めに出る。近くの茶屋で立ち仕事であった。


 3


「hey.tetsu(なぁ鉄)」

「whats?(何ですか?)」

「I'd like to take a rest nearby(近くで休んで行きたいんだが)」

「It is useless. I have to go to another one from now(駄目ですよ。これからもう1件行かないと)」

 パーカーと鉄太郎は昼の少し前で、取引先へと向かっている所だった。

「Is it a usual thing to be a little late? Even though he knows that.(少し位遅れることはいつもの事だろう?先方だってそれは分かっているはずだ)」

 パーカー氏は足取りが重い。

「It can not be helped. It's just a bit.(仕方ないですねぇ。ちょっとだけですよ)」

「Good, You know the story(流石、鉄。話が分かるじゃないか)」

 ここら辺で休憩を入れてやるべきかと、考えて、仕方なく近くの茶屋に入る事にした。

「いらっしゃ―――いぃ?」

 茶屋の女が元気よく――――そして、頓狂な声を上げて、男二人を見ていた。

「二人分の席はあいてますか?」

 鉄が女給に声を掛けた。

「はい。あいていますとも!」

 女給が威勢よく声を張り上げた。その声に反応して、パーカー氏がびくりと反応したのにはいつものことながら、鉄は笑ってしまい、あわてて

「Sorry」

 と付け足したのだった。


 4


「男が二人連れで護衛もなしで店にいるってよ!」

「そいつぁ、ほんとかい?」

「ほんとほんと!二間先の茶屋だって!」

「見に行くかい!」

「おうよ!」

 街の女たちは色めき立った。彼女らは娯楽に飢えている。良い男が護衛もなしでそこいらを歩いていれば、この世界で噂はあっという間に広がっていくというもの。

 茶屋の前には黒山の人だかりができた。

「はぇーーー。良い感じの男じゃないか。爺の方もいい具合だね」

「高飛車じゃない男なんてはじめてみたよぉ。おぉーー?今こっち見たんじゃないのかい?」

「くう。あの女、そこ変われ」

 ぎゃぃぎゃい。わいのわいの。

「Mister, Parker. We should have hid your face after all.(ミスタ、パーカー。やっぱり顔を隠すべきでしたよ)」

「No, is it strange to hide We face until entering indoors?(いや、屋内に入ってまで顔を隠しておるのは変だろう?)」

「Well, indeed.(まぁ、確かに)」

 すっかり客寄せパンダになっている。二人は珍獣扱いにうんざりだった。

「お客様」

「ん?何ですか」

 鉄は女の問いかけに普通に応対した。

「あああの、お変わりは?」

「あ、お願いします」

 鉄は二人分の湯飲みを渡す。ふにゅん、と指がふれあった。それだけだったのだが。

「あふう」

 女は顔を物凄く緩めていたのをパーカー氏は見逃さなかった。

「it's pretty confident Tetsu.(迂闊だよ。鉄)」

「?」

「Did you notice that you were doing a great service to her?(君はとびきりのサービスをしてたのを気がついていたかね?)」

「What is it?(何がです?)」

「Have you touched it?(手が触れただろう?)」

「Ah well well(あーまあそうですね)」

「It is almost angry if it is normal. It can not be helped if you do not want to do it.

(普通なら怒るところだ。君が嫌でないのなら仕方ないが)」

「There is nothing wrong with this.(これくらいなんともないですよ)」

「Okay, Your feel a sense of crisis. But It is such a thing It is attacked It is nothing like this.(やれやれ、危機感が足りんな。そんなことだから襲われてしまうのだよ)」

 なぜだかパーカー氏は少し機嫌が悪くなった。


「美代吉はどうしたんだい。さっきから、「はあはあ」言いっぱなしじゃないか」

「さっきの男前に触られたんですよ」

「やったじゃないか! でも、後が辛いかねえ」

 美代吉は、女ならだれでも味わう、男欠乏症を味わっていた。

 男欠乏症とは、男に優しくされればされるほど、あとが辛くなる症状の事だ。

 女なら一度はかかる、かかってみたい病気堂々の1位の症状である。


 この世界には、優しい男が実に少ない。で、優しくされるなど、夢のまた夢だ。

 しかし、優しい男がいないからこそ、少し優しくされただけで、勝手に気分が高ぶってしまうのも分かる。

 指が触れて、話ができて、蔑まれない。

若い男と渋みが良い感じに効いた爺様の2人連れなど、部屋にこっそり隠している絵草紙の中の展開だ

 普通のそこらの女なら、想像だけで自慰3回は余裕だった。


5


 ぎっこぎっこ――――

 木場に、鋸引きの音が響く。

 今日も美星は鋸引きのリズムを崩さずに――――というか若干早く、木をスライスしていく。

「随分、性が出るじゃないか。美星」

「ありがとごぜぇやす!へへ。良いことがあったんでさ」

 親方の幸が美星の鋸引きがリズムよく進むのを目にとめ、話しかけると美星は鋸を止めずに嬉しそうに返答した。

「へぇ。良いことねぇ。金かい?うまいもんでも食ったかい?」

「へへぇ、どっちでもねぇですよ。」

「なんだい。もったいぶるじゃねぇの。教えろよ」

 幸は嬉しそうに話す美星が気になった。

「誰にも言わねぇって約束できるんで?」

「あたぼうよ。で――――なんだよ?」

「男ですよ。それも別嬪なんですよ。昨日、長屋に来ましてね」

「ああ―――?男だぁ」

「声が大きいですよ!周りに聞こえたら台無しでさぁ」

「おっと、すまねぇな。で、男ってのはどんな奴だよ?」

「年のころは三十路、と五十路ですかね。男の二人連れでしてね」

「ほうほう」

幸も興味を引かれた。

「ワケェ方も、爺様の方も性格が良い感じなんですよ!」

「ありぇねぇ。美星オメェ夢でも見たんだろ? そんなもん、いるわけがねぇよ」

 幸はハッと鼻でバカにした。いるはずが無いと。

「あ、噓じゃねぇですぜ?」

「じゃあ、見してみろい。家はどこだよ?」

「二人とも居留地の人間です」

「居留地?あの埋め立て地の?」

「ええ」

「異人関係か――――確かに顔は良いらしいが、あたしは嫌だね」

幸は眉根に皺を寄せた。異人は好かない。

「一人は、鉄之助っていいましてね。日本人ですよ」

「へぇ。もう一人は?」

「みすたぱー 何とかっすね」

「ぱー?」

 幸は不思議そうに美星を見て言った。

「おめぇの頭がパーなんじゃねぇのかい?」

 と。

 しかし、幸はこう後述することになった。

「あのときはあの2人を知らなかったのさ。今じゃあの二人は皆の癒しだよ」と。


 6


「あんたが鉄太郎さんとパーなんとかさんかい?」

縦じま模様の着物を粋に着こなして、華美ではない化粧までしっかりと整えた上で、「木場のお幸」は2人の男を前にして静かに問うた。

「ええ。それと、パー何とかじゃありません。ミスタ パーカーさんですよ」

鉄太郎は静かに言った。


 幸は美星の案内で、ある座敷にいた。

今回はある頼みごとが有って幸は街の顔役として此処にいる。

目の前には鉄之助とミスタ パーカー氏がいた。

「さて、色男の旦那方、自分達がどれだけ危険な状態にあるのかわかるかい?」

お茶を一口すすり幸は問いかけた。


 幸は街の治安の保全をする代わりに、面倒事の調停役をしたりもしていた。ちょっとした互助組織ヤクザがわりである。

「行っちゃ悪いが、あんたらは刺激が強すぎる。あたしも、欲望を理性で抑えちゃいるが――――襲いたくて、触りたくて仕方がねぇ。正直、我慢の限界だ」

見れば、着物の膝当たりをぎゅっと握りしめているのが分かる。

その行為が、鉄之助には怒りだすのを必死にこらえているように見えた。

「私たちが、迷惑だっていうんですか?」

 そういう風にしか鉄之助は聞こえなかった。

「ちち…ちがう。ああ、違うんだ。迷惑なんじゃねぇ。危なっかしくて、見てられねぇんだよ。だから、頼むから護衛を付けてくんねぇか!」

 幸が頭を下げた。それも土下座に近い恰好でだ。

「は?――――何故護衛がいるんです。パーカー氏の護衛は僕の仕事だ」

「男が男を守ってどうするんだ。男は女に守られるもんだし――――」

「嫌です。もう一度言う。パーカーさんの護衛は僕の仕事だ。それを取り上げるつもりならこの話はここで終いです」

 鉄太郎の眼光が鋭くなった。しかし、パーカー氏がそれを諫めた。

言葉が通じなくて困ったのだろう。

 「Tell me as you can tell me what she is saying.(彼女の言っていることを私にも分かる様に言ってくれ)」

 「understood.(わかりました)」

 鉄太郎はそれから英語でパーカー氏に幸の言い分を伝えた。

 暫く黙考した後。

 「She is right, Tetsu. What she says is collect(彼女の言う通りだ。鉄。彼女の言うことは正しい)」

 「Mr Parker, what are you saying ...(パーカーさん何を言って…)」

 「What she says is right. I don’t want to say ... You are a delicious meat placed in front of a tiger.(彼女の言うことは正しいんだよ。言いたくはないが…君は虎の前に置かれたおいしそうな肉でしかないんだ)」

 「I guess I do not need anymore?(僕はもういらないと?)」

 「What are you talking about? Are you my guardian and interpreter? But ... you must also have an escort. If you do not do it, your body is dangerous.(何を言っとるんだ。君は私の護衛兼通訳だろう?だが…君にも護衛を付けなければならない。そうしなければ、君の身が危ない)」

 パーカー氏の目は冷静で――――鉄之助の反論を与えてくれそうになかった。

 結局、

 「understood.(わかりました)」

 折れたのは鉄だった。

 「Good. Then tell her to hire an escort(よろしい。では、彼女に護衛を雇うと伝えてくれ)」

 鉄は幸に向き直り、まず頭を下げ、そして――――

「声を荒げてすみませんでした。そして、護衛の件、お引き受け願います」

 改めて護衛を幸に頼み込んだ。

「よっしゃ!」

 パン

 幸が、膝を叩くと安心したように息を吐いた。

どうやら、内心では心配していたらしい。

「ふぃ――――。てぇしたモンだ。何言ってんだか全くわからねぇから失敗かと思ったが、どうやらそっちの爺様は話が分かるみてぇだね」

 パーカー氏は幸を見てニタリと笑った。

「まぁ、護衛を雇ってくれるんならそれでいい。人選はあたしが見繕っていいかい?知り合いから、腕っぷしの立つ奴を用意するよ」

「Can we leave the selection to her?(人選は彼女に任せていいですか?)」

「Oh, OK. Tell me that it's only two people.(ああ、構わんよ。そう多くは雇えんから二人までだと伝えてくれ)」

「OK(はい)」

「人選はそちらに任せますが、雇えるのは二人までです」

「あいよ。この幸様に任しときな」

 木場の棟梁――――幸はそう言ってにっこりと飛び切りのスマイルを見せたのであった。

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