第2話 男少女多の世の中で
「Although, I am concerned about the surrounding eyes, from a little while ago.(鉄。さっきから周りの視線が気になるんだが)」
「It is natural. Because we are in spectacular condition from around us.(当たり前ですよ。僕ら周りから見世物状態なんですから)」
男二人はお珠の長屋に保護をされ、実は、保護という名の見世物にされていた。
「災難だったねぇ。――――それにしてもいい男だぁ。芝居小屋の役者っても通るくれぇ色男だが、そっちの爺様は異人だろ? 珍しいこともあるもんだ」
「ああ、有難う。こちらのお方は僕の護衛対象のパーカー殿。イギリス人で商人だ」
「エゲレス?ああ、あんたら、居留地の……商人か。で?あんたは?」
「僕は鉄之助。この人を守って一緒に住んでる」
「へぇ!異人と一緒に住んでるって!?おっかなくないのかい?」
「別に怖くない。僕は言葉がわかるし、パーカーさんは優しい方さ」
お珠は今は着物を着こんで、胡坐をかいている。
隙間から腰巻がちらちら見えているのに一向に気にしていない。
下着が見えることなど、彼女らにとっては日常の事。
むしろ、男が前に居るので見せている感じさえあった。
扉の所には町人たちが鈴なりになって鉄之助とパーカーを見物していた。
「珠さん……その……ありがとう。貴方が居なかったら僕らは今頃犯された上に殺されていたかもしれない」
「いいんだよ!顔を上げとくれ。それよりそっちのパーカー殿はちじこまっちまってるね」
「ああ、視線が気になるらしくて」
「まぁ、そうだね。あんたらもういいだろ?そろそろ引っ込みなよ?」
珠は少し大きく周りに言い放った。しかし、ハイそうですかと言うわけにはいかなかった。
「もう少しいいだろ。こんなにいい男なんだからさ。もう少しだけ拝ましとくれよ」
「そうだ。そうだ!」
周りが一斉に抗議した。
2
この世界は女と男の比率がおかしい。どうおかしいかと言えば、「男少女多」な世の中で、鉄之助の基準では女性が8割、男性が2割といったところだ。町中何処を見ても女だらけ。男には必ず、「護衛」がついて回り、貴人扱いをされる。
「男は家を存続させる希少な道具である」とこの世界では認識されており、男児が生まれれば、大騒ぎとなり、蝶よ花よと育てられる運命が決定された。
一般の町人においても、男児が生まれれば、藩から支度金が支給され、女児よりも優遇した扱いで育てられる境遇にあった。
しかし、そんな状況にあるからこそ、犯罪率も高く、男は陰で女子の格好のはけ口となる。それを防止するための「護衛」は、世の中でもてはやされ、一種のステータスになりつつあった。
「男を男が守るってのは珍しいね。それに獲物も短筒だけときた。ヤットウはしないのかい?」
ヤットウとはいわゆる、剣術の事だと鉄之助は分かっていたので、聞き返したりはしない。この世界で生きてきてある程度は学んだのだ。
「剣はできない。握ったこともないよ」
(なんて良い貌で笑うんだい。行けねぇ涎が)
ハハハと力なく笑う鉄之助に、珠をはじめ周りの女子たちは心をときめかした。ついでに、涎を垂らした。
隣でパーカー氏が、視線を感じてか一瞬びくつき、鉄之助にここから出ようと目で訴えかけているのがわかるが、四方は猛獣の群れだ。うかつに動けるものではない。
しかし、パーカー氏の意向を捨ておくわけにもいかない。仕方なく、鉄之助はおずおずと珠にこう切り出したのだ。
「もうそろそろ、お暇を」と。
ざわざわ。
周りがざわつき始めた。が、これを制したのが珠だった。
「まぁそうだねぇ。今日のところは帰ぇりなよ。ただし、居留地まではついていくよ?また襲われるとも限らねぇ」
珠はここぞとばかりに、にやついていた。
「あたしがついていって、しっかと送り届けてやる。悪い女どももこのあたしがついてりゃ安心さ――――どうだい?」
「待ったぁ!! そいつは、欲張りすぎじゃないの?珠ぁ」
珠が身を乗り出す。しかし、そこに待ったを掛けるものが現れた。
3
物干しざおがかかる板塀の向こう側から大きめの待ったの声。
見ると、綺麗な日本髪を結った女が、塀の向こうから顔を出していた。
「ああん?―――あんだってぇ?美星ぃ。よく聞こえなかったねぇ」
お珠が耳をほじって美星に吹きかけるように息で飛ばした。
「んじゃ、聞こえるように言ってやるわ!男を独り占めすんなつってんのよ!」
今度は喧嘩腰の声が響く。
「おおぅ!こんどは良く聞こえたヨ!バカ美星の癖に吠えるねぇ」
お珠は獰猛に笑って見せた。
(あ……二人の背中にオーラが見える)
鉄之助は錯覚だろうかと目をこすった。パーカー氏は怯えっぱなしで
「oh、No」を繰り返している。怯えた小鹿に見えなくもなかった。
「ちょっとまっててくんな。いまあのバカ美星と話を付けてくるカラさぁ」
すっくと珠が立ち上がろうとする。しかしそれを、止めたのはパーカー氏だった。
「should not. It should not be more than that.(いけない。それ以上はいけない)」
す―――っとお珠の着物の袂を引っ張るそれだけの行為だが――――不思議と珠は静かになり、
「ンンっ」
と咳ばらいをして再び畳に座り込んだ。
「おお……珠ねぇが静かになった!」
「すげぇ!あの爺さん。ただもんじゃないわ」
「What has happened ?(今度はなにが?)」
パーカー氏は騒ぎ始めた周りに再び驚き、一瞬威厳を示したがすぐにちじこまってしまった。
「calm down please. Mr. Parker. Everyone is impressed that you stopped fighting
(落ち着いてください。パーカーさん。貴方が喧嘩を止めたので、彼らは感心しているんですよ)」
「Ah, I see (そうか)」
暫くどよめきは続いていた。
4
「ちっ!」
昼下がりになって、二人の女、(お珠と美星)に付き添われてパーカーと鉄之助は居留地へと帰ることになった。
珠はパーカー氏の隣に、美星は鉄太郎と並んで居る。
舌打ちは、往来の女から向けられたもので、「羨ましい」、「悔しい」、「死ねばいいのに」などのろくでもない言葉が唾棄されていった。
しかし、お珠と美星はどこ吹く風。むしろ罵倒が心地よさそうに往来を歩いている。
(ほんと、この世界の女は強いなぁ)
鉄之助は、その光景を見ながらこの世界の女に驚嘆する。
(たぶん、強くならざる得ないんだろうな…きっと)
生まれて、ずっとこんな環境にさらされていれば、自然と強く育つのかもしれないと考える。
そして――――
(ほんと女になってなくてよかった)
そうも思う。鉄之助自身この世界で女になっていたとしたら、今まで生きて居られた自信はなかった。きっと精神的に参ってしまうだろう。
やがて、居留地の入り口にたどり着き振り返ると、なんとも寂しそうな二人の貌が目に入った。
「「―――はぁ。もうお別れかい」」
奇しくもお珠と美星の言葉がはもっていてついクスリと鉄太郎は笑ってしまった。
隣ではパーカー氏が何事かを二人に言って手を振った。
「Today I was taken care of. Thank you」
「パーカー氏はこう仰せです。今日は世話になった。ありがとう。また会おう、と」
――――お珠と美星は目を大きくした。きっと驚いたに違いない。
そしてお珠と美星はこういった。
「異人さんに伝えとくれ。今日は幸せな一日だった、また遊びに来ておくれってね」
「ああ。伝えておくよ。それじゃ」
「それじゃね」
今度こそ鉄之助は居留地の中へと入っていった。
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