第43話 娘の意図

 一体何が起きているのかも分からずに、人々は騎士達に促されるままに広場から逃げ出していた。その流れに逆らうように公開審議が行われていた場所に向かうのは、難しい顔をしたバートロム公爵だ。彼は、公開審議を少し離れたところから見ていた。


(私は、娘のことを何も分かっていなかったのかもしれない)


 今までずっと、ティアレシアのために動いてきたはずだった。

 しかし、ティアレシアが望んでいたのは、無理矢理つくった平穏ではなかったのかもしれない。ジェームスが娘のために反乱の刃を隠していた間に、ティアレシアは戦う準備を進めていたのだ。

 血塗られた〈悪魔の女王〉に奪われた平和な王国を取り戻すために。


「バートロム公爵」

 呼びかけられ、ジェームスは顔を上げた。そこには、十六年前から疎遠になっていた人物が立っていた。

「ヴェールド男爵、何故あなたがここに?」

 信じられない思いで、ジェームスは口を開いた。

 ヴェールド男爵は十六年前、クリスティアンの処刑を阻止するべく動いたブラットリーが捕らえられ、彼自身辺境の地に飛ばされたはずだった。

 その時、シュリーロッドへの反乱の指揮を執り、国王になってくれという彼の願いをジェームスは退けた。妻を亡くし、生まれて間もないティアレシアを守りたかったのだ。王国ではなく、自分一人の都合で動くような男が、国王になるべきではない。あとからそう理屈づけて、ジェームスはシュリーロッドの治世をできるだけより良くしようと影で奔走していた。

 しかし、このままではいけないと頭では分かっていた。我儘な女王に振り回される国民の姿をこれ以上黙ってみている訳にはいかなかった。シュリーロッドを王座から引きずり下ろすためのきっかけを探していた時に、娘のティアレシアが動いたのだ。それも、父であるジェームスが長年悩んでいた十六年前の事件の真実とともに、女王を糾弾した。

 だからこそ、このタイミングでヴェールド男爵と顔を合わせたことは、ジェームスにとって大きな衝撃的だった。

 まるで何者かの意思に動かされているようだ。


「わしだけではない。シュリーロッドに反乱の意志を持つ者たちが、この場には多く集まっている。それもすべて、あなたの娘の呼びかけでな」

「ティアレシアが……しかし、何故?」

 いくら歳を重ねているからといって、ヴェールド男爵は十六歳の娘の言葉に動かされるような男ではない。

「〈悪魔の女王〉を消せば、このブロッキア王国は混乱する。その隙に、カザーリオ帝国が攻めてくるやもしれん。そんな不安を、ティアレシア嬢はあっさり否定したのじゃ。この王国は父であるバートロム公爵が立派に治めてみせるから何も心配はいらない、とな」

 その言葉に、ジェームスは息を呑んだ。

 愛する娘は何も言わず、勝手に父を国王にしようとしていたようだ。しかし、今ジェームスの心にあるのは信頼されている、という心強さだった。父として、エレデルトの弟として、ブロッキア王国を愛する者として、ジェームスは皆の期待に応えなければならない。

「娘にお膳立てされるとは、何ともお恥ずかしい話です」

「いい娘を持ったな。さて、この混乱をどうする?」

 ヴェールド男爵が皺だらけの顔を意味深に向けて、ジェームスに問う。

「娘に嘘を吐かせる訳にはいきません」

 ジェームスはぎこちなく微笑んで、人だかりができている門の方へ足を向けた。


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