第41話 絶望を与えるもの

 シュリーロッドの下で動いていた者も、女王には逆らえないと思っていた者も、十六年前の悲劇の真実と女王を退けるだけの力があることを示せば、不満だらけの彼らはすぐにティアレシアの味方になってくれた。

 それはすべて、ヴェールド男爵の働きかけとヴァルトの尽力によるものである。現王立騎士団長ヴァルトを動かしたのは、フランツとブラットリーだ。ティアレシアだけの力ではどうすることもできなかった。

 ルディが見つけた娼婦たちはベルゼンツに保護してもらい、今は王立病院で治療を受けている。

 あくまでもティアレシア側は正統な主張をしていると示すために、セドリックに用意させた手紙を利用した。誰一人として味方はおらず、発言は無視され、審議で認められるのは身に覚えのない罪だけ。

 十六年前と同じ状況を作り出し、シュリーロッドにもクリスティアンが味わった無力さと屈辱を味わわせた。とはいえ、シュリーロッドの場合は身に覚えのない罪ばかりではない。セドリックの毒殺未遂に関しては覚えがないだろうが、その他は身に覚えがありすぎるものだろう。

 逆らうはずのない国民たちが反旗を翻したことも、自分の守る騎士が裏切ったことも、シュリーロッドにとって衝撃的だっただろう。そして、ティアレシアはさらなるショックを与えるために遠くで控えているルディに合図を送る。

 彼はすぐに動き、ティアレシアとシュリーロッドの元へある人物を送り込む。


「……セドリック?」

 セドリックの姿を目に止め、シュリーロッドが救いを求めるように名を呼んだ。しかし、セドリックはシュリーロッドの方を見向きもせず、ティアレシアに笑顔を向ける。

「ティアレシア、僕は君の役に立てたかな?」

「えぇ、もちろんですわ。女王陛下の私室に手紙を忍ばせるなんて、セドリック様しかできませんもの」

 シュリーロッドにわざと聞こえるように、ティアレシアは言った。

 かつて、シュリーロッドもセドリックを使って証拠品をクリスティアンの部屋に忍ばせた。それと同じことを、ティアレシアは彼に求めた。この会話だけでクリスティアンへの仕打ちを思いだし、セドリックが何のためにティアレシアに協力したのか理解しただろう。

「セドリック、わたくしを裏切ったの?」

 その声を聞いてようやく、セドリックはシュリーロッドに向き直った。それも、ひどく冷淡な笑みを浮かべて。

「裏切った? 人聞きの悪いことは言わないでくれ。僕ははじめからシュリーのことなんて信じていないよ。クリスティアンを僕にくれるというから、一時的に協力しただけだ。僕の言葉をなんでも信じるのがおもしろくて口説いてみたりもしたけれど、君では僕の心は動かなかったよ。僕が愛しているのはね、今も昔も君ではない」

 シュリーロッドを絶望に叩き落すためには、セドリックという存在は必要不可欠だった。

 だからこそ、ティアレシアは彼に嫌悪感を抱きながらも、振り払うことはしなかった。シュリーロッドと決別させるほどに、ティアレシアに夢中にする必要があったのだ。時々、このままで大丈夫なのかと不安なことはあったが、セドリックは完璧にシュリーロッドを裏切ってくれた。

 十六年前の真実を暴き、騎士たちの裏切りを知った時でさえ、憤りと怒りに支配されるだけだったシュリーロッドの瞳が、悲しみと絶望に揺れている。

 愛する者に裏切られた痛みが、きっと今、彼女を襲っている。

「でも、そんな……きっと、毒のせいよね?」

「本当はね、毒なんて盛られていないんだよ。ティアレシアがどうしてもカルロを監獄から出したいっていうから演技していたんだ」

 にこやかに、セドリックはシュリーロッドの耳元で囁いた。

 今回、ティアレシアがセドリックの毒殺未遂事件を計画した理由は二つある。

 ひとつは、十六年前の毒殺事件を連想させるため。

 もうひとつは、カルロを監獄から出すため。

 ルディの力で監獄に忍び込み、ブラットリーの居場所はすぐに分かったが、カルロはどこにいるのか分からなかったのだ。

 王宮医師にも解毒薬が作れず、セドリックの容体が悪化したとなれば、王国一の名医といわれたカルロの名が出るはずだ。そして、思惑通りシュリーロッドはカルロを呼び出した。

 監獄から救い出したかった二人を無事に監獄から出し、シュリーロッドに協力した三人の大臣を巻き込むことにも成功した。

「僕はね、ずっとシュリーのことを可哀想な女だなって思いながら接していたんだよ」

 甘い声でセドリックが微笑むと、シュリーロッドの顔がみるみるうちに歪み、大きく見開かれた瞳からは透明の雫が流れた。ティアレシアは、シュリーロッドが泣く姿を初めて見た。威嚇するように涙を流すシュリーロッドの瞳は、一瞬で藍色から漆黒へと変わった。


「わたくしを愛さない者など、みんな消えてしまえばいいのよ!」


 シュリーロッドが叫んだ瞬間、その身体から黒い霧のようなものが立ち上る。そして、その影が最も濃い場所に、人影が現れた。その影を見て、ティアレシアは息を呑む。

「おやおや、これはまた随分と大勢の人の前で泣かされたようですね」

 銀縁の眼鏡を人差し指でくいっと上げ、シュリーロッドをからかうように笑ったのは、エレデルトとクリスティアンの側近だったチャド・ブルシットだった。

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