桜先輩の妄想動画は今日も配信されない

あおいろ

第1話 高校生がバイトをしてみた


「あ、お疲れ様です桜先輩」

「相変わらず直の見た目は面白くないわね。髪型も顔も普通すぎ」

「今や普通に生きるのが難しい世の中で、普通でいて何が悪いんですか!?」

 放課後の青柳高校の視聴覚室に、いつも通り先輩と後輩の仲睦まじいやり取りが繰り広げられる。

 ・・・って言っとかないと先輩に怒られそうだからそういうことにしておこう。

 今は4月も終わりに近い、平日の授業後。

 入学した時は新しく始まる高校生活に心躍らせていたけど、今や数々の教科から毎日のように宿題を出され、絶望感を感じまくっている、5月鬱へまっしぐらなゴールデンウィーク前。

 きっとこうやって社畜教育が行われているんだなって高校生ながら日本社会の闇を見ている気がする、そんな4月の終わり。

 もう一つの闇が今ここに・・・って言うと怒られるなきっと。

 そんなにほんしゃかいのやみにひかりをともすかつどうをしています。

 うん、これでいいや。


 新しく始まる高校生活で1番楽しみにしていたこと。それは部活動。

 入学式の日に行われた部活動紹介は、どれもこれも力が入っていたし、どの先輩たちも楽しそうにしていたから、その場で決めることなんてできなかった。

 どれにしようか迷いながら、体育館の外に出た時だった。

 トイレに行きたかったけど、何せ高校に来たのは今日が2回目。トイレの場所なんてわからなかった。

 キョロキョロしていたところに、金髪ロングの女性が近づいてきた。

「君、どうしたの?」

 女性にしては少し低めの声だった。制服を着ているところから、先生ではないと思うけど、雰囲気的には先輩なんだろうと思った。

 女性・・・しかも美人の先輩に聞くのはかなり抵抗があったけど、なりふり構っていられない。今日は高校の初日。そんな初日に、しかも15にもなって漏らしたとなればこれから始まる高校生活・・・というか、始まる前から学校に来れなくなる可能性だってあるほど恥ずかしい。

「・・・トイレの場所がわからないんです」

「そう・・・こっちよ」

 先輩の少しだけ口元が笑った気がした。

 そうだよね、トイレを探してキョロキョロしてる高校生なんて面白いよね。

 それでも、華やかな高校生活を送るために、僕は行かなきゃいけないんだ!

 今は笑われたっていい。だって、ここを乗り越えられなかったら、さらに大変な壁を乗り越えなければいけなくなる。耐えろ・・・耐えるんだ!輝かしい高校生活のために!

 ・・・なんて思ってた僕が甘かった。

「ここよ。」

 先輩は、体育館から少し離れたトイレに案内してくれた。

 普通、体育館の近くにもトイレを作る気がするけど、きっとこの高校は違うんだな・・・。

 ってそんなこと考えてる場合じゃない!いよいよ下半身が限界を知らせてきている!尿意を抑えられなくなっている!早くしないと封鎖できなくなって現場に血が・・・じゃなくて尿が・・・とかそんなことはどうでもよくて!!

早いところ親切に教えてくれた優しい先輩にお礼を言わなきゃ!

 そんなギリギリの精神状態だったから、きっと笑顔を作ったつもりだけどこわばってたと思う。だけど、精一杯の笑顔で言ったんだ。

「ありがと・・・」

 せっかく精一杯の笑顔を作ったのに途中までしか言えなかった。

 先輩は急な威圧感とともに、トイレの入口の壁に僕を追い詰めた。

 そして・・・

 ドンっ!

 僕の顔の横に右手を勢いよくついた。

「あなた、私と共に自由を手に入れない?」

 人は、予想の斜め上のことを言われると、言葉が何一つ入ってこない。

 先輩が何を言ってるのか、まったく意味がわからなかった。

「・・・今何て言いました?」

「私と共に自由を手に入れない?って聞いたの」

 ごめんなさい、聞き直したけどやっぱり意味がひとつもわかりませんでした。

 そう脳が判断した瞬間、忘れていた尿意が帰ってきた。

 おかえり尿意。今はまだ帰ってこなくてよかったのに。

 しかも、1度忘れて帰ってくると強くなるのが辛いよね。

「すみません、意味がわからないので遠慮し・・・」

「そう。じゃあ気持ちが変わるまでこのまま待つわ」

「えっ、でもトイ・・・」

「このまま待つわ」

 トイレに案内する前の不敵な笑み、それはこういうことだったのかと、尿意と戦っていて処理能力がほぼない頭で結論を出した。

「私と共に自由を手に入れない?」

 先輩が改めて聴き直してくる。

 凛々しく自由へ誘う先輩は現代における民衆を導く自由の女神のようだったけど、とりあえず今はトイレに導いて欲しい。あ、入口までは導いてくれたっけ。

 こうなるともはや、先輩の脅迫を飲むか、高校生活の終りを始まる前から早くも迎えるかの二択しかない。

 ・・・いや、脅迫を飲んでも高校生活の終わりを迎えるかもしれないけど。

 それでも、少しでも生き残る希望があるのなら。僕は生きたい・・・!

 というか、マジでトイレに行きたい・・・!

「・・・わかりましたよ!いいですよ!」

 その一言を聞くと、先輩は誓約書を差し出してサインを求めてきた。

すでに尿意の猛攻がすごかったから、とにかく早くしなきゃと中身も読まずにその誓約書に「木下 直」とサインをした。

 誓約書を受け取った先輩は満足したのか、壁から手を離した。

 それは、解放の合図だった。

 急いでトイレに駆け込み、こちらも下半身を苦しみから解放した。

 会いたかった・・・こんなに便器に会いたいと思ったことはないよ・・・。

 たぶん、すごく幸せそうな顔をしてたと思う。

 解放された人質はみんなこんな気持ちなのだろうか。人質にされなくても、こんな幸せな気持ちになれる方法はあるのかな・・・。

 こうして、所属部員は先輩たった1人、「自由を手に入れる」という謎の目標を持った部活「フリーダム部」は新入部員を1名迎えた。

 後で見せてもらった誓約書には「入部する」ということだけではなく、「高校を卒業するまで退部しない。万が一退部をする場合は退部費用として部長 都姫桜に1000万支払う。」という文言が書かれていた。

 ・・・どんな時でも契約書はしっかり読んでからサインをしようと、心に誓ったよ。

 大人になったな、僕。



「あ、お疲れ様です桜先輩」

 ・・・というわけで、最初に戻って4月も終わりに近い、平日の授業後。

 活動拠点の視聴覚室で待っていると、先輩が入ってきた。

「相変わらず直の見た目は面白くないわね。髪型も顔も普通すぎ」

「今や普通に生きるのが難しい世の中で、普通でいて何が悪いんですか!?」

「普通じゃ動画の再生数伸びないでしょう?とりあえず面白い顔に整形してきなさい。」

「しないですよ!?というか動画のために整形したくないですから!」

「テレビ出るために整形しているアイドルなんて星の数ほどいるじゃない。例えばA」

「いないです!みんなちゃんと努力で可愛くなってるんですから!」

「可愛いを作るためにはちゃんとした土台がいるのよ。家を建てるにはちゃんとした基礎が必要でしょ?基礎がしっかりしてないとどれだけその上に作ったってブスはブスでしかないのよ」

「そんなこと理論建てて言うのやめてもらっていいですか先輩」

 大丈夫!大事なのは中身だよ中身!僕はそう思ってるから!

 来た早々、今日も猛毒を垂れながしながら僕の前の席に座った。

桜先輩は見た目はすごく美人なんだけど、口を開けば美人なのを忘れるくらいそれはそれは猛毒の持ち主だった。

一緒にいるところを目撃した同級生に羨ましがられることはあるけど、余計な事を言うと先輩に何をされるかわからないので、ただただ話を流していた。同級生には間違っても惚れることのないようにどこかで言っておかないと。告白なんてしようものなら何が起こるか考えるのも恐ろしい。

実際、これは噂だけど桜先輩が1年生の時、同じクラスの男子が学校を休み、2,3ヶ月後に登校してきたと思ったら激やせしていたらしい。それが桜先輩に告白した次の日からというから、何が起こったかを考えただけで恐ろしい。

あくまで噂だし、激やせした本人はこの件について一切口を開かないらしいので、真実はもう当事者にしかわからないけど。

そんな青柳高校の闇・・・じゃなかった、青柳高校のマドンナである桜先輩が作ったフリーダム部の活動は動画配信をすること、らしい。

らしい、というのは、3月に「動画配信は億万長者になれる」と桜先輩が思い立ち、当時の担任の風宮先生を脅して無理矢理(風宮先生談)顧問にして部活を設立したため、僕が入るまで活動という活動をしていなかったからだ。

 ちなみにあの日、なぜ僕に狙いを定めたのか桜先輩に聞いたら「簡単に丸め込めそう」という安易な理由だった。

 ・・・とりあえず、詐欺にひっかからないように気をつけることにする。

「整形しないなら、もちろん何か面白い企画は浮かんだのよね?」

「できなかったら整形って罰ゲームはたぶん未だ誰もやってないと思いますよ」

「じゃあ面白そうだから〇〇できなかったら即整形という企画をまずは」

「やりませんから!っていうか校則引っかかりますから!」

「多様化している現代において整形禁止の校則なんかやめてしまえばいいのよ」

「いくら多様化していても高校生で整形はあんまりいないですよ!?というか成長過程の途中だから今やると将来大変なことになりますから!」

 みんな、タバコとお酒と整形は二十歳になってからにしようね。

「まあ整形はそのうちやるとして、何か企画は浮かんだの?」

「今さらっと言いましたけど確定事項にしないでもらっていいですか」

「大丈夫よ。私、美術4だから」

「大丈夫じゃないですよ!?何で先輩自身の手でやろうとしてるんですか!?っていうか5じゃなくて4ってところがさらに大丈夫じゃないですよ!?しかもそもそも免許いりますから!」

 こうして、企画会議は早くも難航。

 ・・・いや、いつもこの感じなんだけどね。

 視聴覚室で、部員全員(と言っても2人だけど)のミーティング。その内容は動画の企画会議。毎日のように放課後にこうやって桜先輩と会議という名の無茶ぶりを受けている。

「仕方ないわね・・・じゃあ整形は諦めてあげるわよ」

「ありがとうございます」

 お礼を言う意味はまったくわからないけど、なんか流れで言ってしまった。

 というより僕がわがまま言ってるような感じになってるのはなぜなんだろうか。

「で、企画は?」

 桜先輩が少しぶっきらぼうに聞いてきた。

「・・・すみません、思いつきませんでした」

「使えないわね」

 あっさり切り捨てられた。何も思いつかなくて申し訳ない気持ちになった。

 慣れって怖いよね。今や毎晩ちゃんと企画を考えようとしてるからね。

「仕方ないから私が考えてあげるわよ」

 ちなみにこの動画配信、出演者・企画・編集は全部僕が担当となっている。

桜先輩は・・・会長という立場らしい。部長じゃないんだ、って思ったけど。

口は出すけど手は出さないし責任も取らないという一緒に仕事をするには非常にめんどくさいポジションに位置するけど、優しい桜先輩は企画が浮かばないとちゃんと手助けをしてくれる。

 ・・・いや、企画が浮かばないと動画が配信できなくてこの部活1番の目的の収入がないって話だからなんだけど。

 頬杖をつきながら、窓の外をじーっと眺める先輩。

 窓から差し込む日光が、桜先輩の金髪をより輝かせる。少し目を細めながら、考え込む姿はすごく美しかった。

 ふと、美人の先輩と教室に2人、ということに気づかされる。

 そう思った瞬間、ドキドキが止まらなくなる。

今、この教室には僕と桜先輩のたった2人だけ。美人の先輩と2人きりになれるなんて、僕の考えた憧れの高校生活では想定もしていなかった。

もし・・・もし万が一があったら、万が一、桜先輩が僕のことを思ってくれていたら。

そんなことを考えていたら、桜先輩が急にこっちを向いて、目を合わせてきた。

えっ、まさか・・・そんな!そんな万が一のことが・・・

「いい企画思いついたわ」

 あ、そうだった、企画会議だったこれ。

 というかその万が一があったら僕の高校生活大変なことになるな。いや今も大変なんだけど。

 現実に帰ってきたところで、不敵な笑みを浮かべる桜先輩の企画の中身を聞くとしよう。

 その表情からして既に嫌な予感しかしないけど。

「直、マ〇〇〇〇ドでバイトしなさい」

「うちの高校バイト禁止ですよ」

「黙って働いている人なんていくらでもいるじゃない。私のクラスにもいるわよ。ガールズバー勤務」

「それ校則じゃなくて法律で禁止ですよね!?完全にアウトですよね!?」

「いつか使えるネタとして本人にはまだ黙ってるし、本人もバレてないと思ってるから大丈夫」

「何に対しての大丈夫なんですかね。その大丈夫」

 一応、桜先輩は高校2年生だからね?クラスメイトも当然16歳とかだからね?

 というかその情報どこで知ったんだろうか。この人探偵にしたらたぶんどんな依頼も遂行できると思うよ。下手な動画配信するよりよっぽどお金儲けできると思うよ。

「というかただの高校生がマ〇〇〇〇ドでバイトって企画になるんですかね」

「それでこの間すごい再生回数とった人いたじゃない」

「国民的アイドルですからね!こんな一般人高校生じゃなくて国民的アイドルがやったから再生回数伸びたんですよ!」

 72時間お疲れ様です。あれ面白かったなぁ。

 というか、戦いを挑むにも土俵違いすぎるから。一般人が国民的アイドルに挑むとか全裸で宇宙戦争に挑むようなものだから。装備足りなさすぎるから。呼吸できずに戦う前に死ぬから。

「それに、こういうのは素人でもプロでも、ハプニングが起これば面白くなってバズるのよ」

 動画配信にありがちで、大事な要素『ハプニング』。

しかし、ハプニングは本来偶然起こるものであり、狙って起こすものではない。

「そもそも、マ〇〇〇〇ドでバイトして起こるハプニングって何なんですかね」

「例えば・・・想像してみなさい」



「今日からお世話になる木下直です。よろしくお願いします!」

 制服を着て、挨拶をする僕。


『お客さんに挨拶してどうするのよ』

『え、先輩店員さんにしてたんじゃないですか!?』

『そんなしょうもないボケで再生回数伸びるとか思ってないでしょうね』

『思ってないですから!というかお客さんにしてるイメージじゃなかったですから!』

『そもそもマ〇〇〇〇ドの営業時間からして、挨拶なんてしてる暇ないじゃない。挨拶できるのなんて人がいるかどうかすら定かじゃない〇〇県のマ〇〇〇〇ドくらいよ』

『伏せているとは言え〇〇県の人に謝ってもらっていいですかね』

『そもそもそんな県にマ〇〇〇〇ドがあるかどうかすら定かじゃないけど』

『謝ってもらっていいですかね〇〇県の人に』

『まあとにかく、普通の直だから普通に仕事も覚えて初日を終えるのよ。その帰り、上がる時間が一緒だった同い年の子とロッカールームで会うの』


「お疲れ様です・・・今日から新しく入った木下直です。よろしくお願いします」

 今日たくさん練習したスマイルを使って挨拶をする。

「あの・・・私今から着替えるんで一旦外出てもらっていいですか?」


『初対面の女の子に怪訝な顔で言われたんですけど!?っていうか何でロッカールーム男女兼用なんですか!?』

『店長の趣味ね』

『悪趣味すぎるでしょ!?というかアウトでしょ!?』

『大丈夫よ。店長熟女しか興味ないから』

『大丈夫の要素が何一つないんですけど。というか昼間とかパートさん多いから完全にアウトですよね!?』

『60オーバーしか興味ないから大丈夫』

『そういう問題ですか!?』

『マザコンなのよ。母性を求めていった結果なのよ』

『っていうかそもそも動画配信にその店長の設定いりますか』

『まったく必要ないわね。実際店の面積少なくてロッカールーム男女共用のお店なんて行くらでもあるし』

『なんで最初からそう言わないんですか』


 着替えが終わったバイト仲間がちゃんとロッカールームから出てきてから、自分も着替えた。

ロッカールームを出ると、さっきの女の子が待っていた。

「あの・・・私、木下君のこと好きです!」

「えっ・・・えーっ!?」

「すごくすごく普通なところ・・・見た目も普通、性格も普通、仕事も普通にこなす、木下くんが好きです!」

「急にそんなこと言われても・・・」

「私、木下くんのことを考えたら夜も眠れなくて・・・」

「今日初対面ですよね?まだ夜迎えてないですよね?」


『JKのために仕方なく恋愛要素を入れてみたわ』

『JK甘く見すぎだし仕方なくにしたって入れ方雑すぎますよ!?気持ちの変化とか駆け引きとかないんですか!?』

『そんなものは記憶に対して残らないその辺の若手俳優かき集めた映画でたくさんやってるから今更やっても数字取れないわよ』

 タイトルが浮かんだとしても決して口に出しちゃダメだよ?

 そんな映画ないよ!ないけどね!

『っていうか大体普通普通って悪かったですね普通で!』

『女の子も普通だから安心しなさい。学芸会とかでも主役じゃなく森の動物Cくらいの役しかやらないし、大学に行ったら地元の彼氏じゃ遠距離になるからって何かと理由をつけて別れて近場の男と付き合って数回体の関係を持った上で性の不一致で別れるような普通の女の子だから』

『前半のたとえだけで十分普通だったはずなのに後半のたとえのせいで普通の概念がわからなくなったんですけどどうすればいいんですか』

 とりあえず、桜先輩の『普通』の定義についての論議はこの企画とは関係ないので後日研究するとしよう。

『とにかく、普通の直は普通の彼女を手に入れたのよ。一応誤解の無いように補足するけど胸は巨乳でも貧乳でもないし、夜の営みもいたって普通だから期待してはいけないわよ』

『その補足一切いらないです。というかどの誤解を解こうとしたんですかその補足』

『見た目や性格は普通なのに夜は淫乱とかいうAVによってもたらされた社会の歪みよ』

『それについてはノーコメントにしておきます』

 そもそも高校生はAV見れないはずだからね。パッケージも含めて。

 なお、桜先輩自身が社会の歪みのような気がすることについてもコメントは差し控えさせていただきます。


 彼女と一緒にロッカールームを出てくると、店長が何やら電話口でもめていた。

 怖がる彼女。普段は優しい店長らしい。自分も今日仕事を教わっている間、すごく優しくしていただいたし、そんな店長からは想像もできないくらい激しい口調で電話の相手とやりあっていた。

 受話器を激しく叩きつけ、電話を切ると、店長は急にカウンター下にあったガトリングガンを取り出し、天に向かって激しく乱射した。


『ってどういうことですかこの展開!?』

『〇〇県のマ〇〇〇〇ドあるあるね』

『どこのマ〇〇〇〇ドでもありえないですから!というか日本国内ならそもそも銃刀法違反ですよ!』


 人質となってしまった僕と彼女、そしてお客さんやその他店員は店のホールに集められた。

 どうしてこんんなことになってしまったんだろう。ただ僕は動画配信のためにバイトを始めただけなのに・・・。

 怖がる彼女をなんとか安心させようとしながら、そんなことを考えていた。

 ふと時計を見る。時間はもう20時。勤務が終わってから2時間が経過していた。

 店長が突如叫びながら銃を天井に向かって乱射する。

「・・・どうして警察が来ないんだぁぁぁぁ!!」


『〇〇県あるあるね』

『いくらなんでもディスりすぎですよ』

『これは事件が起こっても目撃者がなかなか現れなくて事件が発覚するのが遅れるという過疎化社会の弊害。私達が作ろうとしているのはその弊害と危険性を世間に知らしめる動画よ』

『もっといい啓蒙の仕方はあると思いますよ。というか啓蒙してどうするんですか』

『〇〇県から人口が増えた分のインセンティブをもらうわ』

『そんなこと女子高生が堂々と言わないでもらっていいですか?』

 新しいビジネスモデルが確立される前に話を先に進めよう。うん。


 結局、店長に命じられた僕が仕方なく警察に電話をかけ、さらにそこから1時間後にやっと店の外に警察がやってきた。

 店の外から警察の人がトラメガで声をかけてくる。

「要求は何だー!」

「マ〇〇〇〇ド本社からの謝罪!」

 大声で答える店長。その回答に警察が渋い顔をしている。

 そうだよね。大企業、しかも海外に本社を置いてるから、大変な要求だということは高校生にでもわかる。

 渋い顔をしていた警察が、決断したのか再び店長に交渉しようと話し始めた。

「・・・金銭はいらないのかー?」

 いや聞くなよ!?思っても聞くなよ!?

「金のためだと思って用意した金が無駄になるだろー!」

 用意してたの!?1時間もかかったのそのせいだったの!?

 そんな警察への疑問を思っていたら、店長は涙ながらに警察に話し始めた。

「俺は・・・俺はマ〇〇〇〇ドのためにこれだけ働いてきたっていうのに、期間限定セットが売れなかったらおもちゃ全部買取ってどういうことだよ・・・こんなじじいやばばあしかいない県でどうやって売れって言うんだよ!?」


『〇〇県あるあるね』

『もうそこに関してはいいとして、店長の言い分が正論過ぎるけど一応お客さん目の前にいますよね?』

『これが現代のフランチャイズの問題をも取り上げるという社会派動画よ』

『泣き寝入りしない店長は格好いいけどやり方もう少しあるんじゃないですかね』


「わかったー!そのおもちゃ、警察で買い取ろう。だから人質を解放しなさーい!」

「その金は俺らの税金だろ!無駄遣いするんじゃねぇよ!しかも今回買い取ったってこのシステムが悪だと認められない限り、また同じ事が起こるんだよ!次回も買い取るっていうのかよ!」

 あんまり刺激しないでよ!?しかもガッツリ正論で返したよ!?

「俺だけじゃない、いろんな業界の店長が同じシステムで搾取されてるんだよ!俺が立ち上がらなきゃ誰がやるんだよ!!」

やっぱりこの店長いい人だったよ!?やり方は大きく間違ってるけど!

「そのシステムが違法かどうかは裁判所でやってくれー!俺達めんどくさーい!」


『縦割り行政の弊害ね。』

『これ単純に警察がめんどくさがってるだけですよね!むしろ警察と裁判所は独立してないといろんな意味で大変なことになりますから!』

 表現の自由って大事だよね。マジで。


「というわけで、さっさと終わらせたいからお約束通り用意したぞー!」

 正直すぎるよね?銃を持った立てこもり犯に対して正直すぎるよね・・・?

 そんな警察の正直な一言を聞いて、年老いた女性が現れた。

 あ・・・これ見たことある!泣き落しするやつだ!家族を呼んで泣き落しする奴だ!!

「カツ丼、こちらでいいのかね」

カツ丼だったよ!?警察ドラマあるあるだけど今じゃないよね!?状況違うよね!?それもう少し後で出すやつだよね!?密室でやるやつだよね!?

「うちの店は持ち込み厳禁だよ!どいつもこいつもペットボトル置き去りにしていきやがって・・・!」

 あ、違う地雷踏んだなこれ。飲食店あるあるだよね。

 いやいや店長さん人質の女子高生睨みつけないであげて。いつもあの子置いてくんだねきっと。ほら泣いちゃったよ。いつも持ち込む方が悪いけど。こうなるからみんなは真似しちゃダメだよ?

「そうかー!カツ丼はダメかー!」

 いやダメなんじゃなくてタイミングの問題だよね!?本来立てこもりの交渉じゃなく捕まえてから登場だよね?フライングだよね?

「それならこの店1つくらい吹き飛ばせるほどの火薬は持っているけど話し合うかー?」

 脅したよ!?警察が脅しに入ったよ!?昔ドラマで散々火薬投げ込んで「話し合おう!」とかいう頭のおかしい警察はいたけどダメだよね!?というかここに持って来た段階で人質助ける気ないよね!?

「どうするかー?飛距離確認するために1発打ってみるかー?」


『最近の国際情勢あるあるね』

『国際情勢あるあるかどうかの議論はやめておきますけど、僕ら助かる気がしなくなってきてるのは気のせいですかね』

『大丈夫、主人公が死ぬわけないじゃない。大怪我は仕方ないけど命までは取らないわよ』

『主人公だって言ってもらえるのは嬉しいですけどそう思ってるならもう少し扱い考えてもらっていいですか・・・というかそもそも大怪我は無事の範囲に入らないですよ!』


 とりあえず、思いとどまったようで飛距離確認は行われずに済んだ。

 店長は相変わらず銃を持ち凛々しく立っている。

 こうなってくるとどちらが犯罪者かわからなくなってきてるんだけどね。向こうは最初から火薬持ち出してきてるし。

 警察は火薬使用をやめてから、揉めているようだった。

「あいつわがままだよな」

 なんでトラメガ通して愚痴ってるのかは置いとくけど。

あれわざとだよね?トラメガってトリガー引かないとONにならないはずなんだけど。

「こっちは残業の予算もなくてサービス残業だってのにあいついつまで立てこもるんだろうな」

 大人って大変だよね。就職する時はこうならないようにホワイト企業に就職したいから勉強頑張ろう。

 ひとしきり愚痴を言い終わったのか、警察がこっちを向いて再び交渉を始めた。

「仕方ない、お決まりの説得する人いるから出すぞー!」

 いるなら最初から出そうよ!?火薬とか持ち出す前に出すよね普通!?火薬最終手段だよね!?っていうか自分でお決まりとか言っちゃダメだよね!?

 渋々警察が出してきたのは、年老いた女性だった。

 というかそもそもこの警察の人たちなんでこんなに棒読みなんだろう。給料出ないからやる気でないのはわかるけど。

 店長がじーっと年老いた女性を見ている。その目が潤んでいるところから、だいぶ効果があったらしい。

 お決まりって大事だよね。いろんなことあったけど、ちょっとらしくなってきたもんね。立てこもり事件の現場っぽいよ今。

 ・・・自分が人質だっていうことをやっと今思い出したのは内緒だけど。

「もうこんなことはやめなさい和彦」

 あ、和彦っていうのは店長の名前だよ。店員たちからは店長としか呼ばれないから慣れないけど。

「あなたはこんなことをするような子じゃなかったじゃない」

 年老いた女性が優しく語りかける。

 その優しさに包まれた現場の空気に押されて、店長の目から涙がこぼれる。

 やっぱり偉大だよね、お母さんって。無事に帰れたら「いつもありがとう」ってお礼言おう。

「私は和彦の優しいところが好きだったのよ」

「トメさん・・・」

 ん?トメさん?

 母親のこと、下の名前で呼ぶことってあったっけ?少なくとも自分は15年生きてて1回もないよ?

「あと、ベッドの上で激しいところも・・・」

 赤くなって恥じらいながら何言ってんのこの老人!?

 というか母親じゃないよね!?母親じゃなかったよ!?

「もう謝罪なんていいじゃない。このお店がなかったら私たちは出会えなかったのよ」

「トメさん・・・」

 愛人だった!?愛人だったよ!?

というか60オーバーしか興味ない設定ここで生きたよ!?必要だったよ!?

「こんなことはやめて、今晩も一緒にホテルに行きましょう」

「わかったよ・・・。」

 さらっと言ってるけど大変なことだよね!?

っていうか店長奥さんいたよね!?今日客として子供と一緒に来てたよね!?

そんな人の心配をよそに、店長はトメさんに落とされたようで、白旗宣言を出そうとしていた。

「もう立てこもりはやめるよ。人質は解放・・・」

「和彦、その人は何だい?」

 少し枯れた中に怒りがこもったのがわかる声が、人質の中から聞こえた。

 声の主は・・・あ、お昼にポテト挙げてたシルバー(=もちろん60歳超)パートのウメさんだ。

「あ・・・ウメさんこれは・・・」

「私以外愛せないって言ってたじゃない」

 あー店長やったわー。これはやっちゃったわー。

 店長に詰め寄るウメさん。そのままガトリングガンを奪い取った。

 思わず止めようとした僕はそのままウメさんに近づいていっていた。

 いや、ウメさんならなんとかなるかもしれないと思った僕がいけないんだけど。

 次の瞬間、ウメさんの持つガトリングガンは見事に火を噴き、その瞬間、僕の腹部に熱いものを感じた。

 お腹に手を当てると液体のようなものがついたのがわかった。ゆっくり腹部から手を離して液体の正体を見る。

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!!」



「・・・って死んでるじゃないですか僕!?」

「結局、直は主人公の器じゃなかったのよ」

 鼻で笑いながらさらっという桜先輩。

 ・・・平気な顔で人殺したよねこの人。いや妄想の中ではあるんだけど。

「安心しなさい。ちゃんとこの後あなたのバイト代は付き合いたての普通の彼女が普通に笑顔で持っていったから」

「普通の定義おかしいですよね!?完全に財産目当てですよね!?というかその内容でどう安心すればいいんですか!?」

 完璧ツッコミ渋滞が起こってるよね。

いや仕方ないよね?たった一言に盛ってくる桜先輩が悪いよね?

「っていうかそもそもマ〇〇〇〇ドでバイトどうでもよくなってないですか!?」

「だって普通の高校生がその辺の普通の店でバイトして何が面白いって言うのよ」

「言いましたよね!?それ最初に僕言いましたよね!?」

「せっかく面白くない企画を面白い企画にしてあげたっていうのに何が気に入らないのよ」

 椅子の背もたれに思いっきりもたれながら不満を漏らす桜先輩。

「僕が殺されるところ」

「そんなこと言うけど、そもそも直があんなこと言うから死ぬことになったのよ」

「え、僕何か言いましたっけ・・・?」

 心当たりが何も・・・ないわけじゃないけど。たしかにツッコミでひどいことはたくさん言って桜先輩の恨みをかってそうな気はするけど。

 でもそんな恨みで殺されてたらたまったもんじゃない。僕は正しいことをしたんだ!

 嘘で塗り固めて生きるより、正しく死んだほうがいい!

 ・・・いや、生きたいけど。

「直、しっかり前フリしてたわよ」

「え、前フリ?」

「ほら、トメさんが出てきたあたりで言ってたじゃない」


『お決まりって大事だよね。いろんなことあったけど、ちょっとらしくなってきたもんね。立てこもり事件の現場っぽいよ今』


「あの・・・心の声を『言ってた』カウントするのやめてもらっていいですか」

「直、感情をなかったことにするなんてできないのよ」

 いいこと言ってる感じで返されたよね。ドヤ顔こそしてないけど無表情なのが何とも言えないよね。

「・・・で、この部分じゃ僕が死ぬってことにならなくないですか?」

「『お決まりって大事』って言ってるじゃない」

立てこもり事件のお決まりに人質が死ぬってあったっけ・・・?

相当悩んだ顔をしていたらしく、桜先輩がため息をついて続けた。

「ちゃんとお決まり通りにしたじゃない、ほら」


『やっぱり偉大だよね、お母さんって。無事に帰れたら「いつもありがとう」ってお礼言おう』


「直が死亡フラグ立てたからお決まり通り殺してあげたのになんで文句言われなきゃいけないのよ」

「逆に殺されて文句言わない人いないですよ!というかここ拾います!?」

「ちゃんと伏線回収しないと最近の視聴者はうるさいのよ」

「伏線にしたつもりないですから!?」


 こうして桜先輩のプレゼンは今日も日が暮れるかどうかくらいまで続き、話し合いの結果、今日も桜先輩の企画はボツとなり、動画の収録はできなかった。

 ・・・再現できないしできたとしても予算ないから無理だけどね。

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