九話 どきどきのディナータイム
馬小屋を後にした俺達は夜のクレアシオンの街を練り歩いていた。
夕食を食べるために歩き回っていたのだが、いろいろな料理屋があるために目移りしてしまう。
外からでも見える料理たちが誘惑してくるようだ。
しかも、視覚だけではなく嗅覚でも誘惑してくる。
元いた世界でも嗅いだことのある匂いもあるし、嗅いだことのない未知の匂いもあり非常に興味深い。
店の種類もさまざまあり、冒険者が集まっているダイニングコートのような大きい店があったり、街の市民が行くような定食屋があったり、少しお高めのレストランのような店もある。
本当にいろいろな料理屋があるが、俺達にお金があまりないことは分かっているので贅沢は言ってられない。
だが、手持ちのお金を把握しないことにはどの店に入れば良いかが分からないため、アリスに今の手持ちのお金を聞いてみる。
「アリス、今持っているお金ってどれくらいなんだ?」
「2,700ルイスよ」
2,700ルイスか、さっきの杖を買った残りが1,500ルイスだったから、アリスの元々の手持ちは1,200ルイスだったってわけか。
あまり要らない考察だったな今の。
まあ、それは置いといて今日の夕飯をどうするかだが、物価とかもあまり分からないからアリスに任せるしかないかな。
「アリス、ここら辺の店は俺よくわからないからさ、今日の夕飯何にするかは任せるよ」
「え?! ええ、分かったわ」
「?」
「…………」
どうしたんだ? なんかアリスの様子がおかしい。
まずいことでも言ったかな?
~アリスの心の声~
私は今危機的状況に陥っているわ。
何故かって?
それは、カイトが貴族だからよ。
貴族といえば毎日豪華な料理を食べていることでしょう。それはそれは豪華なものを。
私たち冒険者には想像もつかないくらい豪華なものを食べているはずだわ。いえ、間違いない。
そしてついこの間まで豪華な料理を食べていた人が庶民の私たちが食べるような料理を果たして美味しいと思えるのか。
答えはノーよ。
いくら適応力の高い人間でも別の環境下にいきなり放り込まれたら、すぐには対応出来ないはずだわ。
しかも、食物の摂取という人にとって最も重要なことの一つと言っても過言ではないものが、いきなり
変わったら(しかもランクがダウンして)すぐになれるのは難しいでしょう。
カイトも同じことを言えるでしょう。
だとしたら私はどうすれば良いの?
私がいつも通っている料理屋は安いことが売り。
味は美味しいと言えるけれども、それはあくまで私の感覚。
カイトにとっては美味しくないかもしれない。
でも、今日はカイトの杖を買ったからあまりお金に余裕があるとは言えない。
どうすれば良いの?
どうすれば
「お、ここがアリスのおすすめの店か?」
「え?」
いけない!
私ったら店の前で考え事をしてしまったわ!
カイトがここに決めたものだと勘違いしちゃった!
は、早く訂正しないと。
「あ、あのここはその……」
「ん? どうした?」
「いえ、何でもないわ」
「そっか、じゃあ早く入ろうぜ」
「ええ、そ、そうね」
じゃないでしょバカ!
ここの料理はあなたの口に合わないかもしれませんって言うのよ!
どうしよ、食べてから変な空気になったら。
はあ~
店に入ってからアリスの様子がおかしい。
なんかテンションが低いというか、俺が料理の名前を言うたびにビクッてするし。
もしかして、俺が高いものを頼むんじゃないかって心配してるのか?
お金が足りなくなるんじゃないかと。
だとしたら出来るだけ安いものを頼まないとな。
えーと、この「ジャイアントフロッシュの唐揚げ定食」ってのが450ルイスでメニューの中だと結構安いな。
これにしようかな。
「アリス、このメニュー頼みたいんだけど良いかな」
「え?! ええ、良いわよ」
明らかにさっきまで上の空だったけど大丈夫かな。
「ジャイアントフロッシュの唐揚げ定食」は山で取れたジャイアントフロッシュ(カエル)の足を唐揚げにしたものが主菜として出てくる定食。
ジャイアントフロッシュの肉は高タンパクながらもパサパサしていたりせず、ジューシーな味わいを楽しめることが出来る。
ジャイアントフロッシュ自体はかなり安価で売られていて、その上抜群の味を誇るために人気のある食材となっている。
これがジャイアントフロッシュ定食とジャイアントフロッシュの概要。
カイトは何気なく頼んでいたけど、これはカエル。
私たち市民の間ではかなりポピュラーな食材だけど、貴族はどうなのかしら。
いやでも、カイトが頼んでいるからおそらくは貴族もカエルは食べるはず。
なら気にしなくても良いかもしれないわね。
さて、私も料理頼んじゃいましょう。
「すいませーん、ジャイアントフロッシュ定食と日替わり定食でお願いします」
これでいいわね。
私が一段落して落ち着いていると、カイトが話しかけてきた。
「なあ、アリス」
「どうしたの?」
「ジャイアントフロッシュってなんなんだ?」
「へ?!」
知ってて頼んだんじゃないの?!
ええ、どうしよう。
普通に言った方が良いかな。
呼び名が違うっていうだけかもしれないし、ちゃんと言いましょう。
「カエルよ」
「え?」
「カエルよ」
「へぇー、俺カエル食べたことないんだよね。なんか楽しみだわ」
し、知らなかったわ。
どうしよう、これでジャイアントフロッシュを食べてまずいって言われたら。
どちらにせよ謝るべきよね。
後でしっかりと謝りましょう。
程なくして二人の料理が運ばれてきた。
「うわ、上手そう! いただきます!」
「いただきます」
勢いよく食べ始めたけど大丈夫かしら。今のところはまだジャイアントフロッシュに手を付けていないけど。
アリスがそう思った次の瞬間、カイトがジャイアントフロッシュに手を伸ばした。
「これがジャイアントフロッシュの唐揚げか、いただきまーす」
カイトが唐揚げを頬張った。
アリスはただカイトの様子をじっと見つめていた。
どうなの? 美味しいの?
アリスは気が気でなかった。
美味しくないと言われたらどうしようと。
しかし、カイトから上がったのは喜びの声だった。
「美味い! カエルの肉って美味しいんだな。初めて食べたけど良かったよ」
アリスはその感想を聞いて一安心し、自分の料理を食べ進めた。
こうして二人の夕飯の時間は過ぎていった。
「アリス、こんなに美味しい店を紹介してくれてありがとな!」
「ええ、どういたいまして」
「またこんど一緒に行こうぜ!」
「ええ!」
なんだか不思議な人ね。
貴族のはずなのにとても親しみを感じるわ。
今まで出会ってきた貴族とは比べものにならないくらい好感が持てる。
彼とならパーティーを組んで行けそうね。
安心した。
街の明かりに照らされて二人は並んで歩いていた。
カイトは満足げな表情を浮かべ、アリスはそんな彼を見つめていた。
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