おそろしや、おそろしや
☆むかしむかし。
広島長崎へ核兵器を落とす際に、当時の大統領が、周りにあまり相談せずに、
自分の判断と乏しい知識 (女や子供は巻き込まれないと思っていたらしい) で
落としちゃった経緯がある。
いいわけがふるってる。
「アメリカ人の犠牲を増やさないためだ。結果的に日本人も救われたじゃないか」
犠牲者を増やさないためにっていうのは、総司令官として当然のことであって、
どこかのだれかみたいに 玉砕しろと教えて 自分の兵隊をひどい目に遭わせるのは
理性も戦略も戦術もない、ただの特異な思想でしょう。
戦争は愛ゆえにある、とタモリはいう。
それが愛なら、マルキド・サドもまっさおだ。
よろこぶのはマゾヒストぐらいじゃないの。
精神論だけで戦えるなら、日本は負けやしなかったさ。
☆愛の感動
「仲間を守る!」
「団結だ!」
「絆こそ尊い!」
そのことばには、ひとを感動させる力がある。
でもわたしは立ち止まってしまう。
どうしても、考えてしまう。
わたしの属するところは、どこだろう。
わたしは他人とつながることができてないのに
仲間を守ることができるだろうか。
☆戦争でつながることのできる絆
戦争でつながる絆もある。
戦後、アメリカ人が、がん治療に放射能を使ってひどい目に遭い、
日本に来てはじめて放射能が原因だとわかった。
しかも、治療は日本の方が進んでいた。
自分を敵視しないで治療してくれて、ありがとう!
と涙した話を聞いたことがあります。
禍福はあざなえる縄のごとしと言いますが、
いい縄(福)も悪い縄(禍)もセットであるのが世の中。
ひとつ欠けても、縄にはなりません。
押しつけがましい愛を主張するアメリカ人は、
その同じ口で神に許しを願ったりします。
だったら、なぜ、テロを許せないんだろうねえ。
もとはといえば、自分たちが原因だろうに。
共存する以外には、生き延びるすべはない。
対話してほしいと思う。
テロリストも武器を構えずに。
憲法改正するという時代。
西洋の愛の演出に乗せられて、
護るんだー! 爆発だー! ぶっころしてやるー! と叩きのめす日本人の姿が
目に浮かぶようだわ。
ああ、なさけなや。なさけなや。
古代に 『源氏物語』 や 『枕草子』 を書いていた人たちと、同一種族とは思えない。
くわばら くわばら。
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