第27話 夜襲<1>
夜にカルロスのスーツが浮かびあがる。
暗闇に体の輪郭を同化させる特殊な素材を体にぴっちりと着込み、タクティカルベストを羽織って武器を全身に巻き付ける夜襲装備だ。マイルズも同じ装備を身に着け音もなく走る。
暗闇に沈んだ町は異次元だ。泥沼から浮かび上がるように、部屋の明かりがついた白亜の豪邸が沈黙している。
所長の邸宅だ。
マイルズは低く告げる。
「目標目視。行くぞ」
「りょーかい」
カルロスの返事を受け、マイルズは家屋に向かって擲弾を放った。粘着質のボールが壁に取り付いた瞬間、バチバチと火花が散って照明が落ちる。供給を断った。
屋敷が暗闇に飲み込まれる。
カルロスはまるで蛇が登るようななめらかさで高い塀を乗り越え、敷地内に侵入して周囲を警戒する。マイルズも続いて塀を登った。飛び降りる。
「クリア」
着地したマイルズへと、カルロスは短く告げた。
敷地内はまるで自然公園だ。
植え込みの豊かな庭には私設プールが揺れていて、ガラス張りの壁が夜空を反射している。ひと気はなく、警報装置が作動する気配もない。
カルロスは振り返って肩をすくめた。
「たった一人で住んでいると調べちゃいましたが……この大きさを見ると、つくづくハルベーザ・ゴトウって偏屈っすね」
俺なら何人も男を泊めちゃうなあ、とつぶやくカルロスをマイルズは叩いた。
「痛? あ、まだ余計なこと言うと殴る判定続けてるんっすか! いい加減しつこくないっすか!?」
「終わりはないぞ」
「無駄口のない俺とか、ただ完璧美女なだけじゃないっすか……!」
謎の自信に呆れて、マイルズは再び走り出す。
星明りもまばらで、庭園は輪郭さえ定かでない。二人は重武装を感じさせない身軽さで駆け抜ける。
プールを回り込んで大窓に取り付いた。円を描くコンパス文具のようなガラスカッターを伸ばして押し付ける。ぐるりとひと回し。ガラスをくり抜いて大人も通れる穴をあけた。
ゴトウ邸に侵入した二人は、広大なリビングに銃口を巡らせる。
暖炉と、ティーセットを伏せたテーブルと、巨大なソファ。あとは絵画やレコードプレーヤーくらいしかない。金持ちの居間という気品にマイルズは鼻を鳴らす。
「クリア。明かりがついてたのは書斎でしたね」
「ああ。順に潰すぞ」
事前に入手した図面は頭に叩き込んである。二人は迷いのない足取りで足音を殺して駆け抜ける。
ドアを蹴り破って書斎に飛び込んだ。交互に銃口を巡らせて部屋を索敵する。
書斎は屋敷に反して小ぶりだった。天井まで届く本棚が壁じゅうに据えられ、なかには分厚く古臭いハードカバーの専門書が居並ぶ。中央に重厚な書き机とデスクライトがあり、万年筆が立てられていた。
所長はいなかった。
マイルズは怪訝に顔をゆがめた。
「……クリア。どこに行った?」
「部屋を出た気配はありませんでしたけどね。隠し部屋とか? こんだけデカい屋敷ですし」
油断なく銃口を向けたままカルロスが言う。
数瞬だけ思案したマイルズは、銃から手を放してストラップで腰にぶら下げた。
「よし、一分間だけ探してみよう」
「はいよっす」
二人は飛び掛かるように別々に部屋を探し始める。
書き机のうえは綺麗なものだ。下敷きの黒マットがある程度で、紙片の一つも落ちていない。
マイルズは引き出しをナイフで破壊して
数葉のハガキと封筒が入っているが、どれも個人的なもののようだった。CTI社との癒着を示す証拠は都合よく転がってはいない。
重い作りの机を蹴り倒して、隠し部屋の仕掛けがないことを確認すると、マイルズは顔をしかめた。
「仕事を持ち帰る主義じゃないってか?」
「どうですかね」
本棚を調べるカルロスは銃で本を払い落とし、頭を突っ込んで本棚の奥を調べる。
「こんな郊外に住む
おっ、と漏らした声に喜色。
腕を伸ばしてレバーをひっかいたカルロスは、そのまま本棚を引く。軽々と扉のように開かれた。
奥の壁には金庫が埋め込まれている。
マイルズは呆れて顎を撫でた。
「これはまた古典的だな……」
「言った通りでしょう?」
カルロスは鼻歌交じりに、手のひらサイズの小さなアイロンのような器具で金庫の隙間を撫でた。数度動かすと蝶番が割れる。鍵がかかったまま金庫の扉が引き抜かれた。
鮮やかな手腕にマイルズは呆れる。
「立派な泥棒になれそうだな」
「褒めても他人のものしか出ませんよ」
カルロスは飄然と金庫の中身をぶちまけた。通帳に土地の契約書、暗証番号のリスト。どれも貴重品だが、私物のようだ。
通帳をつまんでカルロスは笑う。
「もらって帰りましょうか。金銭狙いの賊にカムフラージュできます」
「カ厶フラージュしてどうする。余計なものは盗るな」
静かな叱責にカルロスは肩をすくめて放り捨てた。
マイルズは頭の中に家の図面を描き、思案する。
「しかし隠してあるのが金庫サイズだと、隠し部屋はなさそうだな」
「探しに行きますか」
カルロスは気楽に言う。緊張は全くない。
通信網は断ってある。隣家から遠い郊外では助けを呼ぶのも難しい。そして、自衛用の武器を持たれたところで、後れを取るほどマイルズもカルロスも素人ではなかった。焦って臨む必要はない。
「よし、ベッドルームから順に探っていこう」
マイルズが廊下に歩を向けた瞬間。
破砕音が壁を引き裂いた。
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