第25話 トレインジャック・アフター
「お呼び立てしてすみません。出発しましょう。こっそりとね」
ニンジャの声を受け、軍用の迷彩車両はゆっくりと走り出す。遠ざかる列車をマイルズは遠目に眺めた。
息のあるヤクザをすべて拘束したマイルズは、山中にある緊急用の臨時駅舎に列車を停止させた。
死体がごろごろ転がる物騒極まりない列車だ。
後方車両でまだ生きていた乗客には客室を出ないよう説明し、警察を呼んでおいた。山岳地帯のため、到着まで時間がかかるだろう。
その間に、マイルズとニンジャは国境山岳基地から回してもらった車を使い、現場を離れることにした。
警察が来るより早く出ていかなければならなかったからだ。
現場レベルの対応と上層部の意向が食い違うのはよくあること。初めから現場で対応できない状況に追い込んでおけば、上層部同士で話をつけるときに早くなる。
たとえば、殺人の被疑者本人がいなくなっている、といった事態などだ。
警察の散り調べに付き合っていられないマイルズとニンジャは、早々に事件現場から逃亡した。
「彼らも気の毒ですね。これから何時間も待たなければいけないのですから」
ニンジャが冗談めかして言う。
マイルズは肩をすくめ、車のシートに体重を預けた。疲れた体には山道の揺れさえ負担だ。
「生きているだけ感謝してほしいがな。危うく死ぬところだったんだ」
「ま、そうですな」
すまし顔のニンジャが、ふと苦痛に背を丸める。痛みの波をやりすごすと、撃たれた足を見つめて深くため息を吐いた。
「この足じゃあ、私はここで脱落ですね」
「ハッサ教授のチップは頼む」
「もちろん、どんっとお任せください」
早々の離脱を気にしていないと示す頼みに、ニンジャは胸を張って請け負う。
助手席の軍人がマイルズを振り返り、無線機の送話器を差し出した。
「スミス大佐宛てです」
「俺はもう大佐じゃないんだが。代わりました、どうぞ」
ダッシュボードに埋め込まれた無線機は、送られた信号を忠実に音にした。
『ハイ、ダーリン。あなたの私よ、元気?』
めいっぱいシナを作った艶声。マイルズは渋面を作る。
「カルロス。余計なことを言ったら殴ると言ったはずだが」
『あれまだ有効だったんすか!? いやでも、あれは下ネタ限定だったはずっす!』
セーフ! と喚く声は、通話越しでは完全に女性だ。つくづく金をかけたらしい。
マイルズは眉間を揉みほぐしながら声をかける。
「うまくいったか?」
『ええ、怖いくらいです。軍の検問で特別待遇とか、もう心臓バクバクですよ。俺の用意したルート、全部要らなくなりました』
マイルズの目配せを受けたニンジャは得意げに胸を張る。
目礼をして、マイルズは送話器に話しかけた。
「今はどこだ?」
『予定通りビジネスホテルです。今警察に職質されたらだいぶ怖いんで、なる早で来てくださいね』
「わかった。おい、地図はあるか? 貸してくれ」
助手席の軍人から地図を受け取り、マイルズは膝の上で広げる。
「最終的には、予定よりだいぶ早く動けそうだな。カルロスが検問をスルー出来たのが大きい」
想定ルートを指でなぞっていく。
合流予定のホテルからは所有者をごまかした中古車を使い、待機ポイントに向かうことになる。
王都の郊外、丘陵地帯に広く分布する高級住宅街を叩いた。
「夜のうちに着きそうだな。準備の時間も取れそうだ」
マイルズの言葉に、ニンジャは顔を曇らせた。巨体を申し訳なさそうに縮まらせて、窺うように尋ねる。
「あの……大丈夫なんですか? 本当に」
「大丈夫にするために準備するんだ」
「そうではなく。民家の襲撃なんて、裏稼業相手の正当防衛をもみ消すのとは違います。警察との面倒は見れませんよ」
情報部を代表してマイルズの前にいるニンジャがそう言った。
であれば、後処理は助けてくれないということだ。彼らには彼らの作戦がある。マイルズの役目が終わったら肩入れするつもりはないらしい。
マイルズは肩をすくめた。
「ま、捕まるまでに決着をつけることはできるさ」
「……捨て身過ぎません?」
「女のためだ。それくらいできなくてどうする」
口ではそう断言したが。
ルーシーはきっと喜ばないだろうな。マイルズはそう思って自嘲する。
彼女が合理性を重んじているのは、根っからの理想家だからこそだ。
理想に届きたい意志が強すぎるあまり、徹底した効率化を選んでいる。身を犠牲にした献身など好まない。
だとしても、座視して待つなどできそうにない。
「止めても無駄ですか……わかりました」
ニンジャは大きな肩を落とし、マイルズに握手を求める。
「俺が生きているのはあなたのお陰です。ともに戦えて光栄でした」
「またいつでも歓迎するぞ」
「できればあんな修羅場は、もう勘弁願いたいところです」
正直な苦笑に笑って応じ、マイルズは握手を返した。
手を握りながらニンジャは言う。
「健闘を祈ります。確約はできませんが、個人的な範囲でできる限りのことはしますよ」
誤伝達の許されない情報部の人間が口にする"できる限りのこと"だ。本当にこれが、今の彼がマイルズに言える精いっぱいなのだろう。
マイルズは強くうなずく。
「ありがとう。俺のほうこそ、きみと戦えてよかった」
そして、マイルズは宣言した。
「明日の未明、所長の邸宅に襲撃をかける」
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