第22話 トレインジャック<1>

「状況を整理しよう」


 奪ったアサルトライフルを脇に置いて、マイルズは観光雑誌の運行路線図を床に広げる。

 平然としたマイルズに、ニンジャは肩をすくめた。この雑誌は死んだ不倫女性の手荷物にあったものだ。巻き込まれた二人は部屋の隅に並べ、捕虜ともども簡単にとむらってある。

 大陸横断鉄道は、名に反して恐ろしくねじ曲がっている。大陸を左右に分かつ山脈の固すぎる岩盤を避けてトンネルを作った結果、山肌を這い回るような線路になったためだ。

 山脈の中央、三陸大トンネルの周りをマイルズの指がなぞる。


「今はここだ。峻険な山肌を九十九折りに登っている」


 ニンジャは部屋に並べた死体を見る。スーツを着崩した男たちは武器を扱う訓練を受けていたが、軍人のような統一された機械的な筋肉のつき方ではなかった。

 口封じと呼ぶにも大雑把な、民間人をも巻き込んだ暴挙はあまりにも強引すぎる。


「なんでこんな場所で仕掛けてきたんですかね?」

「駅が全くない区間だからだろう。この辺りでは、なにが起こっても助けはすぐに来ない」

「あ! なるほど……」

「そして」


 マイルズは地図の中央。三陸大トンネルを指先で叩いた。正確には、その隣に添え書きされた関門鉄橋を。


「俺ならここで列車を落とす」

「え」


 ニンジャはマイルズと観光雑誌を交互に見た。

 マイルズの指す三陸大トンネルは、王国を含む山脈に接した三か国が共同で完成させたトンネルとして、観光スポットになっている名所だ。レンガ造りの正面図もどっしりとして、峡谷を渡ってトンネルに通じる赤い鉄橋が風光明媚な風情を呈している。

 唖然としてマイルズを見た。


「むちゃくちゃだ。そんな大惨事、どうやって隠すつもりなんですか」

「小説は読まないほうか? 隠すつもりがないんだよ。木を隠すなら森の中、だ。俺たちを殺しても違和感がないように、死傷者多数の大惨事を仕立てるつもりなんだ。ずいぶんクラシカルな手法だが、有効性は変わらない」


 よどみなく語ったマイルズは、むしろその先で顔をしかめる。


「相手のやり口は理解できる。だから問題はそこじゃない。なぜそこまでするのか、だ」

「なぜ……」


 繰り返してつぶやくニンジャの顔をマイルズは見据える。


「俺の動きは探ればすぐに出てくるだろう。復讐を嫌って先手を打つにしては、いくらなんでも大げさすぎる。だから単純な引き算だ。……お前、なにか持っているな?」


 ニンジャは歯痛をこらえるような顔をした。言葉を探すように指をこねくり回していたが、すぐに膝に手を突く。吐き捨てるようなため息を吐いた。


「ああクソ。分かりましたよ。その通りです。こいつでしょう」


 懐から取り出したものは、小さかった。

 彼の大きな指でつまむと、まるでミニチュアのように見える。

 それはコンピュータに接続する携帯型の外部記憶媒体、メモリースティックだ。


「意外だな。データなのか?」

「はは。いいえ。メモリースティックに見せかけた書類ケースですよ。CTI社幹部を掃除するための"動かぬ証拠"、その原本が入っているんです」


 マイルズは唇に指を添えて黙考した。納得できる情報だ。

 この鉄道を運営するレイルライン社は、CTI社のグループ会社だ。息のかかった部下を送り込むくらい造作もない。

 武装組織の予想もこれでつく。和ノ国の裏社会を締める非合法暴力カルテル、ヤクザYAKUZAだ。謎の多い彼らの資金源の一つは、一部経済界が担っているという噂がある。

 研究所のスポンサーとなって設立を助けたのはCTI社。

 M10もまたCTI社が製造する兵器だ。

 ここまで一連の事件はすべてCTI社の手のうちということになる。

 悩ましくため息を吐いたマイルズは、ニンジャを呆れた目で見上げた。


「それにしてもお前、そんな大事な証拠を持っているのに、なんで俺と同じ列車にしたんだ?」

「馬鹿言わないでください。昨日いきなりチケットを取る人に合わせられるわけないじゃないですか。こっちは一か月前から予約してたんですよ。早期割引使って」

「運がよかったのか悪かったのかわからんな」


 なるほど、とマイルズは納得づくでうなずいた。


「状況が見えてきた。だいぶ対策が立てやすくなったな」

「囮にして逃げる、とか言わないでくださいよ? お願いですから本当マジで後生です」


 後半から本格的に悲壮感がにじみ出た。マイルズは苦笑する。


「安心しろ。お前にはハッサ教授のチップを託しているんだ。解析のためのコネをみすみす手放すものか」

「わあい私の命はデータチップ以下か!」

「美しく聡明な女性と、マスクレスラーが勝負になるか」

「あ、納得です。それもそうですな」


 目出し帽の首元をびろーんと引っ張って、ニンジャは笑った。




 さて、とマイルズはアサルトライフルの初弾を装填する。


「時間がない。急ぐぞ」


 窓から山を見上げた。

 夜の紺色が混じり始めた空に、鉄橋のシルエットが稜線から覗いている。

 この列車は三陸大トンネル前の鉄橋を渡る途中で落とされる。残り時間はいくらもない。


「高速で走っている列車を落とす仕掛けは多くない。考えられるのはレールの破壊、オーバースピード、車両の爆破ってところだろう。いずれにせよ、列車を止めれば死ぬことはない」

「手当たり次第にヤクザを無力化しながら先頭車両を制圧、ってわけですね」

「そういうことだ。行こう」


 扉を背中で開け、銃を構えた支援姿勢を取って周囲を索敵。ニンジャを先に走らせる。彼が突き当りの角を索敵すると同時にマイルズも走る。

 流れるように索敵と警戒を交互に繰り返しながら進む。その狭間に会話を交わした。


「列車を落としたとして、ヤクザたちはどうやって脱出するつもりなんでしょうね」

「場所は峡谷だ。パラシュートでもあるんだろう。それか、脱出する気がないのかもしれない」

「は? じゃあどうするんです?」


 尋ねるニンジャに滑り寄り、マイルズは連結デッキに通じる扉に手をかけた。

 銃を叩き、鋭くハンドサイン。二人いる。お前が右、俺が左。カウント、3、2、1。


「死なばもろとも、ってやつさ」


 軽口をたたいた瞬間、開けた扉の隙間に銃口を滑り込ませて押し開く。

 狭い鉄柵に囲われたデッキに立って連結部を監視するヤクザ二人は、続けざまに銃弾を喰らって壁に背中から激突した。

 マイルズが車両を渡って壁際に屈む。ニンジャは手投げ弾を前方車両の扉を開けて投げ込んだ。素早く閉めて横にずれる。

 扉が集中砲火を受けて穴だらけになっていく。

 ふとマイルズは、足元に倒れるヤクザに息があることに気づき、銃のストックで殴りつけて失神させた。胸元を引きちぎり、ため息を吐く。


「防弾チョッキか。さすが企業ヤクザ、リッチでうらやましい」


 ばん、と扉が爆圧で振動する。悲鳴が十重二十重に響き、銃声が止んだ。

 即座にマイルズはぼろクズのような扉を蹴り破って突入する。

 食堂車だ。がらんとした車内はバリケードを築いている最中のようで、中途半端な机の山の周りにヤクザたちがうずくまって目を押さえている。

 銃を握ってうめいている人間だけを的確にバースト射撃で打ち倒していく。間を置かずニンジャも掃除に参加した。

 二人が車両の半分ほどまで進む間に、戦闘員と思しきヤクザは全員が悶絶して倒れていた。すなわち、二人を除く全員だ。


「肉の盾も捕虜もなし。非戦闘員は別車両か? ヤクザも意外と高潔だな」

「おんどれェ舐め腐りおってェ」


 よたよたと身を起こす赤シャツの男。二人はすかさず銃弾を撃ち込む。

 防弾チョッキごしに殴りつけられたように体を折った男は、息も絶え絶えに声を絞った。


「センセイ、お願いしやす! センセイ!」

「どおれ」


 べり、と。

 前方車両につながる扉を破って、巨漢が部屋に入ってきた。


「で、でか……」


 大男のニンジャが、闖入者を見上げてうめく。

 その偉丈夫は首をかがめてなお天井に頭をこすらせる大柄で、腕は子豚でも巻いているかのように太く、胴は樽のように大きい。細い目を凶悪に細めて笑う男は、スモウウォーリアがごとき体格を誇っていた。


「怯むな! 撃て、撃て!」


 マイルズの射撃を、男は無造作に腕を伸ばして受け止める。

 その手は黒い手甲に覆われていた。

 瞬く間に距離を詰めた男は、ガントレットでマイルズの腹を突き飛ばす。

 冗談のように吹き飛んだマイルズは三度バウンドし、後方側の壁にぶつかって膝をつく。

 鍛え抜かれた膂力で振るわれるガントレットは、鉄のハンマーを振り回されるに等しい。

 ひりつくような危機感が顎を伝い、マイルズは強張る顔で笑みを作る。


「無茶苦茶だな……!」

「なんですかあれ! 魔術ですか!?」


 マイルズの隣まで駆け戻ったニンジャが泣きそうな顔でうめく。いや、とマイルズは立ち上がりながら否定した。


「魔力の気配はない。あれは体術だ」

「まじすか!?」


 ニンジャが絶望的にうめく。

 スモウウォーリアとは、筋骨隆々の益荒男ますらおに脂肪というエネルギータンクを巻きつけた存在だ。列車のような狭隘きょうあいな場所で相手をするには分が悪い。

 スモウヤクザは雄たけびを上げて両腕を広げ、姿勢を低く突進してくる。ダンプカーが、いや壁が迫ってくる迫力。鋼鉄のラリアットは壮絶な破壊力があることだろう。


「ニンジャ、合わせろ!」

「えいくそ!」


 二人がかりの迎撃も、スモウヤクザはガントレットを交差させて受け切ってしまう。勢いは微塵も緩まず、足を狙う暇を与えてくれない。

 マイルズは舌打ちして、


「逃げろ!」


 ごとん、と筒を落として窓を撃ち、飛び込むようにして逃げる。

 ニンジャは筒を見て顔を青くした。ベルトを叩き、感触がないことを確かめる。

 泡を食って窓に駆け寄り、


「そんなん間に合うかぁああ――!」


 叫びとともに目と耳を覆って背中を曲げる。

 発火音は、異変を察したスモウヤクザが腕を下ろした瞬間に。

 車内を白い闇で埋め尽くして、閃光弾が炸裂した。

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